• vikingjpn
    非常勤の日は、どうしても「研究」と「教育」の関係に考察が及んでしまう。
  • yuzutacca
    @vikingjpn 非常勤だからでしょうね、私も実験的な授業や新しい教材や展開を比較対照させてはいろいろ悩んでいました。今も考えますね。だから授業実践の振り返り論文は必ず学生への謝辞を書きます。
  • vikingjpn
    何度でも書くけど、原理主義的には「大学が学生に教授すべき学問体系」以外の専門分野の教員を、大学が抱え養う理由はない。なのに、「バイオ系バブル」に乗っかってポスドク一万人計画のもと(大学教員以外になれない)博士を増やしてしまった。そりゃあ博士が余って当然だ。
  • vikingjpn
    @yuzutacca なるほど、参考になります。
  • vikingjpn
    なので、今現在余っている博士というかポスドクを片付けるには、「廃業」か「教員になる」努力をさせるかのいずれかの選択肢を選ばせるのが手っ取り早い気がする。
  • vikingjpn
    現実問題として、公募要領の要件のところに「研究」の文字が全く見当たらない大学教員公募は最近特に多い。大学体制そのものへの「教育の品質保証」を求める圧力が強まっているから、というのもあるのだろうが。
  • vikingjpn
    それにしても、JABEEやら何やらで「卒業生の品質保証」が要求される現在の大学に、未だに各教員の裁量に左右される卒論や修論の制度が残ってるのは何故だろう。博論は研究者になるための資格試験みたいなものだからあっても良いと思うけど、卒論と修論の現代における存在意義がわからない。
  • vikingjpn
    勿論、僕も研究者なのでラボ配属になった学生に研究に取り組んでもらい、それをまとめるという作業にそれなりの意義があることは理解してるつもりだ。でも、現代の大学の在り方を鑑みるに、互いにベクトルの全く異なるものを共存させているかのような違和感を覚える。
  • vikingyome
    それは卒論や修論が学生のためのものではなく、教員のためのものだから。 RT @vikingjpn それにしても、JABEEやら何やらで「卒業生の品質保証」が要求される現在の大学に、未だに各教員の裁量に左右される卒論や修論の制度が残ってるのは何故だろう。
  • vikingjpn
    結局、大学を「教育」を重視する勢力と「研究」を重視する勢力のせめぎ合いの場とし続ける限り、大学制度の歪みは拡大し続けるだけだろう。その顕れの一つがポスドク問題だと僕の目には映る。
  • vikingyome
    そろそろいい加減に教員も「大学は例外なく研究機関ではない」という意識を持たないと、学生との溝は埋まらない。果たして大学に入学する学生のうちの何人が、入学時から真剣に研究者になりたいと考えていることか。大半は「いい会社に就職したい」としか考えていないのが現実。
  • vikingyome
    いっそ「研究員養成課程」とか作って、他と差別化したらいいんじゃないだろうか。
  • vikingjpn
    まぁ端的に言えばそういうことだよね。RT @vikingyome それは卒論や修論が学生のためのものではなく、教員のためのものだから。
  • vikingjpn
    完璧な正論。でも教員や研究者がそれを口にするとこっぴどく怒られるのが大学という空間。RT @vikingyome いい加減に教員も「大学は例外なく研究機関ではない」という意識を持たないと、学生との溝は埋まらない…大半は「いい会社に就職したい」としか考えていないのが現実
  • vikingyome
    @vikingjpn 真に卒論やら修論の「研究の練習」が学生自身のためのものであるなら、「ピペド」という発想はあり得ないと思う。「やらされている」と思うからこそ「奴隷」と思ってしまうわけで。
  • vikingjpn
    それは正しいと思う。RT @vikingyome 真に卒論やら修論の「研究の練習」が学生自身のためのものであるなら、「ピペド」という発想はあり得ないと思う。「やらされている」と思うからこそ「奴隷」と思ってしまうわけで。
  • vikingjpn
    そんなわけで、今後基礎科学研究体制を維持していくためには、理研や産総研のような旧国研に一定数の主任研究員と大量のテクを配置しておいて、研究したい大学教員はそれらとの共同研究という形でのみ研究し、大学では研究は行わない。。。という体制にするのも一案だと思う。
  • vikingjpn
    いい加減、真剣に「教育」と「研究」の住み分けをどうすべきか、大学人と研究者は議論し、意思決定すべきだと思う。さもなくば、その両者のせめぎ合いの中でさらに高等教育体制はねじ曲がり、存在意義を失っていくだろう。
  • takeshisakurai
    @vikingjpn 教育専門の教員が居てもいいとは思うけど、研究や臨床にどっぷりつかっている人からじゃないと聞けない話もあるし、そういう人でないとできない教育もありますからね。
  • vikingjpn
    どうも高等教育局はそういうところまで頭が回らないらしいので、これは当事者たる大学人と研究者が考えて行動するべき話だと思っている。
  • vikingjpn
    それもその通りなんですが、これは大学外の研究者が客員で教育すれば良いことかもしれません。RT @takeshisakurai 教育専門の教員が居てもいいとは思うけど、研究や臨床にどっぷりつかっている人からじゃないと聞けない話もあるし、そういう人でないとできない教育もあります
  • Nolly1230
    @vikingjpn 一大学教員として「卒業生の品質確認」として卒論や修論を捉えていますが,vikingjpnさんは現在の卒論と修論の存在意義をどう思ってます?というか,もっと有効な「品質保証」の手段とは?「卒業試験」ということになるのでしょうか…。
  • vikingjpn
    @Nolly1230 卒業試験も一案かと。例えば医学部や薬学部(歯学部もか)は卒業した後にさらに国家試験があるという事情もあり、結果として教育の均質化が成っていると聞きます。
  • Nolly1230
    @vikingjpn 一大学教員として「研究者」がより研究しやすくなるような制度変更は必要と思っています。いまの大学は授業と会議などが多すぎますし。
  • vikingjpn
    現在の「教育」「研究」どっちつかずの状態の大学制度は変えるべきだと、僕も同意です。RT @Nolly1230 一大学教員として「研究者」がより研究しやすくなるような制度変更は必要と思っています。いまの大学は授業と会議などが多すぎますし。
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