シャドー・コン #1
「コロセー!コロセー!」過剰な熱狂の叫びが渦を巻き、金網は興奮した観衆によってガシャガシャと打ち鳴らされる。。「コロセー!コロセー!」白砂が敷かれた八角形のバトルフィールドはさほど広くない。これを金網が囲む。金網の向こう、客は立ち見で、客のフロアは縦に何層にも重ねられている。 1
2011-12-25 11:21:27大蛇めいた配管パイプが剥き出しの天井付近には使い古された錆鋼の電子看板があり、「残り時間」「倒す」「ワザアリ」といったインジケーター表示の赤いLEDが明滅している。そして金網のあちらこちらに、ランダムに配置される広告看板類。「居酒屋」「代行です」「ぬか漬け」。2
2011-12-25 11:40:17「コロセー!コロセー!」観衆はみな、バリキやシャカリキ、高価なデザイナーズドラッグ等、アッパー系薬物で異常興奮状態にあり、山賊系タトゥーやゴス、ヘッドマウントディスプレイ、サイバネ身体改造に及んでいる者……気の弱いものであればこのアトモスフィアに触れるだけで失禁するケオスだ。 3
2011-12-25 11:56:09血と汗と叫び、このバトルフィールドの存在をガイオン地表のチョジャ達が知れば、さぞ眉を顰めるであろう……と思いきや、それが違う。桟敷めいた特別のブロックがあり、ここにはバウンサーの厳重な警備下、仮面を着けた上流階級の者達が倦んだような表情を浮かべ、オイランの胸を揉んでいるのだ。 4
2011-12-25 12:05:46「コロセー!コロセー!」「コロセー!コロセー!」「コロセ!」「コ!ロ!セ!」興奮した観衆の叫びが、次第に同一の不気味なチャントに統合されてゆく。「コ!ロ!セ!コ!ロ!セ!」乱れた白砂の上では、ニンジャがニンジャを隅に追い詰め、一方的に殴りつけている。ニンジャが、ニンジャを! 5
2011-12-25 12:11:43「グオオオ!グオオオッ!やれッ!すげぇ!やれっ!」セコンドブースでは額に大きな古傷のある初老の男が泡を吹くほど興奮して、この一方的試合展開に両腕を振り回している。「やれ!なんてこった!ブッダだ!お前はブッダウォーリアだ!やれーッ!」6
2011-12-25 12:19:27反対側のセコンドブースでは、その薄汚い老人とは対象的な近代的スタッフ達が狼狽して金網にしがみつき、身振り手振りで指示を繰り返していた。だが、隅に追い詰められて一方的に殴られ続けるニンジャの耳に、その空しい指示は届かない。「ファランクス=サン!嘘だ、こんな!こんなバカな事が!」 7
2011-12-25 12:22:28「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」黒灰色のニンジャは、さらに殴る!殴る!殴る!古代ローマカラテ意匠を取り入れた装束の相手ニンジャは既に意識朦朧!だがストップはかからない。なぜならこれはオスモウでもボクシングでも無い……暗黒地下格闘トーナメント、シャドー・コンなのだ! 8
2011-12-25 12:38:13「アラ、すごい!あの方、すっごいのォ!」露出度の高いドレスを着た中年チョジャ女性が興奮して金網にしがみつき、身体をくねらせた。「こらこら、そんなにはしたない真似をしたら恥ずかしいぞ、はしたない!ムフフフ!」夫とおぼしき太ったカチグミ男性がオイランの胸を揉みながらたしなめる。 9
2011-12-25 12:41:50「とんだ番狂わせですね!」その後方、桟敷ルームの壁際で、別のカチグミ男性が耳打ちした相手は、バーガンディ色の装束を着た、大柄で風格あるニンジャである。装束には銀糸でこのニンジャの名に由来する神話の獣の、ジゴクめいた刺繍が施されている……火に棲む龍、サラマンダーの刺繍が。 10
2011-12-25 13:01:19「なかなか面白い。ファランクス=サンは実際強いニンジャだ。そして、よく仕上がっていた。それをあの新参者……実に、今宵の宴にピリリとした興を添えてくれたものです」サラマンダーは腕組みして言った。カチグミは笑った。「全くです!サケも進みます」「楽しんでください」 11
2011-12-25 13:06:42サラマンダーは目を細めた。カチグミは気づかなかったが、このニンジャの目は笑っていなかった。しかし、気づくだけの感受性が無かったことは、カチグミにとって幸せである。それに気づけば失禁、いや、ショックで死んだかもしれない。このグランドマスター位階のザイバツ・ニンジャを前にして。12
2011-12-25 13:11:38「奴は誰だったか」カチグミが去ると、サラマンダーは配下のヤクザに尋ねた。「は。アイアンリング=サンです」ヤクザは答えたが、サラマンダーは遮った。「違う!選手はわかっておる。セコンドだ」「え」「セコンドのニンジャだ。憶えがある。名前が思い出せん」「すぐに情報を揃えます」 13
2011-12-25 13:51:03ヤクザがそそくさとエレベーターから退出する。キャバァーン!イヨォー!完全ノックアウトを告げる電子音が鳴り響き、狂ったような歓声が上がった。騒ぎに混じり、「サヨナラ!」という叫びと爆発四散の音が聴こえてきた。「ヤッター!」「爆発しちゃったァー!」ジャンキー達の叫び。 14
2011-12-25 13:55:01「今日の皆様は実際幸運だ」サラマンダーはカチグミ達に向かって両手を広げてみせた。「ニンジャ同士のバトルカードは成立しにくいのです」応える歓声。「まだまだ続きます、楽しんでください。次はライオンとニンジャが戦います」「そりゃすごい!」若いベンチャー社長が唸った「来て良かった!」15
2011-12-25 13:59:51「そうでしょう」サラマンダーは頷いた。「しっかり賭けて、あなたの男を上げてください」「勿論です!ブッダだって買ってやる!」「その意気です」サラマンダーはにこやかに頷き、エレベーターに乗り込んだ。 16
2011-12-25 14:02:52「アイアンリング……」上昇するエレベーター内、サラマンダーは一人呟く。やがて彼は笑い出した。 17
2011-12-25 14:30:32「ヒートリ、コマキタネー」「ミスージノ、イトニー」「アカチャン!ドンドンネ!」けたたましい広告マイコ音声、感傷的なシンセ音。地下多層都市アンダーガイオン、アッパーエリア……中央部は数層にわたって隔壁が存在しない吹き抜け構造であり、サーチライトで照らされる地下ビルが密集する。 20
2011-12-25 15:00:26「ロマンチックー、ロマンチックー」安い電子ポップのコーラス・パート、無気力な歌声が街頭スピーカーから繰り返し流れ、地下都市に適した小型車が猛スピードでカーブを次々に曲がってゆく。「ロマンチックすぎて終わってー。……ロマンチックー、ロマンチックー」歌は再びコーラスを繰り返す。 21
2011-12-25 15:39:53ウオン!……ウオン!風を切る走行音とヘッドライトの光が路地裏の入り口を定期的に照らす。そこに影法師となって、暴力の光景が断片的に映る。それはどの繁華街においても馴染みの光景、すなわち、一人の男がなにかヘマをやらかし、ヨタモノ達に囲んで警棒で叩かれているというわけだ。22
2011-12-25 15:43:26「ヤメテ……」「ザッケンナコラー!」血のついた角材を投げ捨て、チョンマゲのヨタモノが威圧的に叫んだ。「スッゾコラー!」「おい、死んじまう、やめろ」相棒らしき男がその肩をつかむが、慣れた者であればこれが「良い警官・悪い警官」メソッドに則った茶番である事がわかる。 23
2011-12-25 15:47:59一方が相手を威圧し、一方が相手の味方であるかのようになだめすかす。北風と太陽。だが結局のところ、彼らの根底の目的は同じであり、相手はこれによって催眠めいてほだされ、されるがままになってしまうのである。「アッコラー?」「やり過ぎだって。なあ、おじさん?悪いなァ」「アイエ……」 24
2011-12-25 15:53:21