ほしおさなえさんの140字小説1

ほしおさなえ(@hoshio_s)さんの140字小説をまとめました。 その1~その19です。 ユリイカに掲載された詩へのリンクもアップしました。 (まとめ1)http://togetter.com/li/371906 ←いまここ 続きを読む
17
ほしおさなえ @hoshio_s

海のなかの町に行った。海沿いにあるさびれた遊園地の裏の狭いガードを抜けると、水中に商店街が続いている。古いボタン屋に貝のボタンが並んでいた。全部この海で取れた貝ですよ、と店のおばあさんが言った。ボタンを三つ買って地上に戻った。どこかから海の匂いがして、まだ海のなかにいる気がした。

2012-08-29 09:52:32
ほしおさなえ @hoshio_s

路地裏の小さなバーにはいった。店主はクジライさんという名前で、先祖は鯨だったんですよ、と笑った。酒を呑むと豆電球のような光が無数にきらめき、水の渦に巻かれたみたいにめまいがした。ドアの鈴が鳴って、客がはいってくる。さっきのは鯨に呑み込まれるプランクトンの光だったんだ、と思った。

2012-08-30 17:32:52
ほしおさなえ @hoshio_s

茂って来たので、庭の草を刈ることにした。ばっさばっさと刈っていると自分がすごい勢いで老いていくような気がした。大昔からここでいろんな人が生き、死んでいったのだ。自分もまたいつか消えてなくなるのだろう。空が赤く染まる。さっぱりした庭を眺めながら麦茶を飲んだ。明日も晴れるだろうか。

2012-08-31 10:21:04
ほしおさなえ @hoshio_s

村にさしかかったとき、美しい歌声が聞こえた。村の老人が、天使です、と言った。村にはときどき天使と呼ばれる人が生まれるらしい。人とは思えない美声だが、歌うだけで喋れない。だから考えていることもわからない。彼らはこの世に生まれてしあわせなのか、と言った。遠く歌声が響き、虹のようだ。

2012-09-02 09:53:50
ほしおさなえ @hoshio_s

ひっそりした公園の池に行くと、いつもはたくさんいる亀が一匹もいない。池の隅に、竜宮へ行きます、という書き置きがあった。水面に泡がのぼってくる。わき水だと聞いていたが、海につながっていたのだ。そういえば夜ここを通ったとき、にぎやかな楽器の音が響いていた。あれは竜宮のものだったのか。

2012-09-03 09:21:39
ほしおさなえ @hoshio_s

プールバックをかかえた小学生たちが坂を歩いている。自分の影を見ながらひとりで歩いていた女の子に、泳ぎに行くの、と聞くと、うん、と言って走って行った。うしろで結んだ髪が揺れる。子どものころわたしもあんな髪だった。こんな夏の日、こんな坂道で、同じことを聞かれたことがあった気がした。

2012-09-03 09:22:03
ほしおさなえ @hoshio_s

夜、廊下から林檎が転がって来る。拾ってみると甘い匂いがした。目を閉じる。目の前に森が広がって、いくつも林檎が落ちて来る。かさかさと木の葉を踏む音がする。ああ、自由だ、と思った。この林檎の森をのなかをどこまでも歩いて行きたい、と思う。目を開けると林檎はない。匂いだけが残っている。

2012-09-03 09:23:06
ほしおさなえ @hoshio_s

線路を歩いている。だれもいない場所で道に迷い、線路をたどれば町に出ると思って歩き始めた。だが、いつまでたってもどこにも着かない。電車も来ない。海岸に出る。波打ち際の、植物もない土地。風の音がした。線路は海に潜っていっている。そうか、と思った。わたしたちはみんな海から来たのだ。

2012-09-04 16:05:48
ほしおさなえ @hoshio_s

夕方、コンビニの外に出たら、駐車場に大きな生きものの影がよぎっていった。ふつうでは考えられない大きさで、怪獣か妖怪かもしれないと思った。本体の姿はない。なぜかなつかしい気がした。わたしはほんとはああいうものがいる世界に生きていて、いま目の前にあるのが夢の世界なのかもしれない。

2012-09-04 16:06:18
ほしおさなえ @hoshio_s

眠くて眠くて仕方がない。季節の変わり目は決まってこんなふうに眠くなる。青い空に大きな雲が流れている。ざああっと雨が降って、空の向こうから晴れて来る。海の匂いがする。水のめぐる星の上に住んでいるのだと思う。雲が星のまわりを回る。眠いのは、季節が身体のなかを通り抜けていくせいなのか。

2012-09-04 16:06:53
ほしおさなえ @hoshio_s

部屋でひとりでスイカを食べている。食卓の上に電球が揺れている。椅子に座り、足をぶらぶらさせている。畳の部屋で低い机を囲み、みんなでスイカを食べたことを思い出した。あのときは妹がいた。スイカを食べてると自分がカブトムシになった気がする、と笑っていた。皿の上に種が並んで、光っている。

2012-09-05 09:52:00
ほしおさなえ @hoshio_s

その人の部屋には鳥籠がかかっていた。鳥はいない。鳥が逃げてしまってから、鳥よりも鳥籠が好きだと気づいたと言う。隙間から鳥籠の中を見る。鳥籠が裏返り、鳥籠の中が世界で、わたしたちが裏返った鳥籠の中にいるような気がして来る。鳥のさえずりが聞こえ、鳥籠は世界を仕切る柵なんだと思った。

2012-09-05 09:52:42
ほしおさなえ @hoshio_s

ピンクのアサガオで色水を作った。白い紙につけてみる。淡くて色はほとんど見えない。むかしだれかとどこかの湖を訪ね、夕暮れにこんな色になったのを思い出した。またいつか行こうと約束したまま忘れていた。あれはどこだったのか。湖のほとりに大きな木が立っていた。あの木はまだあるのだろうか。

2012-09-05 09:53:24
ほしおさなえ @hoshio_s

象に乗って広大な平原を歩いている。日が暮れて、いちばん星ですよ、と象が鼻で指す。東の空に星が光っている。そうだね、と答え、もうずいぶん長いこと象とふたりきりで歩いて来た、と思う。雲が動いていく。どこまで行くんだろう。ふたりで水筒の水を飲む。いつのまにか星がたくさん瞬きだしている。

2012-09-06 20:31:32
ほしおさなえ @hoshio_s

となりの一画の家たちが取り壊されるらしい。少し前から空き家になっていっていた。家々の窓がきらめき、その奥に空っぽの部屋が透ける。ベランダで揺れていた洗濯物を思い出す。ベランダで煙草を吸っていた人と何度か目が合った。髭の生えた人だったが、どこかで偶然会っても思い出せないと思う。

2012-09-07 16:23:01
ほしおさなえ @hoshio_s

廃校の廊下に砂が降り積もっている。試験管は曇り、地球儀には蜘蛛の巣が張っていた。自分がこの星を訪れた異星人で、終わってしまった文明を眺めているような気持ちになる。校庭でブランコをこいでいると、自分の記憶も、もう戻れない過去ばかりで出来ている、と気づいた。心は廃墟でできている。

2012-09-10 20:24:43
ほしおさなえ @hoshio_s

魔法瓶の工場に案内された。祖母の家にあったような花柄のポットがコンベアーを流れて行く。最後に係の人がなでると、中から人の形の煙が出て来た。魔法のランプみたいに魔人が出て来る、だから魔法瓶だったのか。どこで買えるのかきくと、秘密です、と言われた。残念だが、自分で探すしかないらしい。

2012-09-11 17:58:32
ほしおさなえ @hoshio_s

温泉に子どもがはいってきて、湯船にいたおばあさんに話しかける。帝王切開の傷のことをきいている。おばあさんは笑って、子どもに傷をさわらせる。しわしわでやわらかそうな皮膚だ。ふたりでぽっかりとお湯のなかに身体をのばす。さざなみがたつ。湯気のなかに時間がゆっくりたゆたっているようだ。

2012-09-12 08:39:28
ほしおさなえ @hoshio_s

古い一軒家の前にサボテンの鉢がたくさん置かれている。同じ種類のものばかり百個近くある。表札はなく空き家のようだが、世話はだれがしているのか。サボテンは砂漠の植物だから水はやらなくてもいいと聞いた。家のなかに大きなサボテンが住んでいて、自分から出た芽を鉢に植えているのかもしれない。

2012-09-12 17:56:43

番外編

ほしおさなえ @hoshio_s

少し前に「ユリイカ」に掲載していただいた詩、ブログでもアップしました!けっこう長いんですが、よければご覧ください〜→ http://t.co/27erhO1O

2012-08-29 11:45:47