- Motoko_titech
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怠惰な生活なので、友だちもいなかった。友達がいたら、起業したと思う。物書きになろうと思ったけど、なり方がわからなかった。 #津田大介NJ論
2012-10-05 13:55:09高校時代から読んでいて、別冊宝島がある。ルポルタージュ。奥付のジャーナリストはいい大学をでて、出版社・新聞社を経てフリーにと書いてあった。王道はこれだと思った。出版への就活は、書類は全部通ったが、面接で前落ちし、人格を否定された気分になった #津田大介NJ論
2012-10-05 13:55:431997年 ライター1年目、週2のアルバイト。月4万の収入だし。やることがなんにもない。領収書の整理くらい。仕事があまりにも暇なので、仕事を作ろうと思う。 #津田大介NJ論
2012-10-05 13:56:48そのころパソコン雑誌がブームだった。今の数倍点数があった。たぶん、書き手が足りていないと思ったので、売り込みをすれば良いと思った #津田大介NJ論
2012-10-05 13:57:41書き手が足りてないから売り込みをすればいいんじゃないかと思って、 図書館・大書店に行き当時出ていたパソコン・インターネットの雑誌や書籍の版元の連絡先をメモする #ネットジャーナリズム論
2012-10-05 13:58:18確かに、97年くらいはパソコン雑誌が多かったね。その時代はネットの速度も早くなく、フリーウェアなりシェアウェアなりがCD-ROMの付録で配布されていた時代。 #ネットジャーナリズム論
2012-10-05 13:58:19そこで何をやったかというと、図書館と大書店に行き、当時出ていたパソコン・インターネットの雑誌や書籍の版元の連絡先をメモした。メールの時代ではなかったので、はがきを出そうとした。トータル150枚くらい。ライターさんの名前で仕事の売り込みのはがきを出す #津田大介NJ論
2012-10-05 13:59:13一割当たれば、コンタクト15件、半分がお仕事に決まれば、新規で7~8個決まるだろうと、思った。新規で7~8個決まれば、私にも仕事が決まってくるだろうと思った。実際にシミュレーションどおり、実際の仕事になった。 #津田大介NJ論
2012-10-05 14:00:27一回書くと、次も決まっていく。おこぼれの執筆仕事が自分に回ってきた。はがき150枚で仕事を作ることができた。今でもそういうジャンルはあると思う。足りないところに、自分を売り込めばいいだろう。はがき送るだけだったのでラッキーだった #津田大介NJ論
2012-10-05 14:01:41