ささささんのミッドナイトテラー「夜猫」

ささささん(@sasasa3396)が、昨日の未明につぶやいてた即興短編小説が素敵だったので、まとめてみました。 翌日の、真夜中の仕立屋のお話はこちら→http://togetter.com/li/385257
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

夜猫は、びろうどのような黒い毛皮と、金色の目を持った猫です。あまり大きくはありませんが、その身体は世界中の夜でできているのです。夜猫が小さな足であちこちの道を横切るたびに、夜はだんだん深く、静かになってゆきます。

2012-10-05 03:25:12
佐々木匙@やったー @sasasa3396

今までたくさんの人間が夜猫に赤い首輪やリボンをつけ、なんとか手なづけようと苦心してきましたが、上手くはいきませんでした。首輪は夜猫がとことこと歩く間にするりと抜けてしまいますし、檻に閉じ込めても柔らかい動きであっさりと逃げ出されてしまいます。

2012-10-05 03:28:51
佐々木匙@やったー @sasasa3396

街にきらきらと輝く星のような灯りをともしても、それは夜猫のうっとりするような毛並みの艶を引き立てるばかりでした。夜猫は夜の街の王様だったのです。さて、ある日困ったことが起きました。ふと夜猫が気まぐれを起こし、ある街の隅っこに居座ってしまったのです。

2012-10-05 03:33:50
佐々木匙@やったー @sasasa3396

夜猫が道を横切るたびに夜は更けてゆきますから、困ったことにその街ではいつまで経っても夜が明けません。空はずんずん、黒よりも暗くなり、星さえ見えないほどになりました。夜猫はしらんぷりで毛づくろいを続けています。街の人たちは大弱りです。お日様が恋しいようと泣いて過ごしました。

2012-10-05 03:37:39
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、ここに一匹の白い子猫がいました。何の不思議なこともない、小さくてふわふわで耳の先がほんのり桃色で、見た人が思わずにこにこと笑い出してしまうような、そんな猫でした。子猫はある家の中で、何も知らずにすくすくころころと育っていました。

2012-10-05 03:41:39
佐々木匙@やったー @sasasa3396

子猫はまだ小さいものですから、窓の外がずっと暗い夜でも、飼い主夫妻がしょんぼりとしていてもまったくお構いなしで、兄弟たちと一緒にお腹いっぱいごはんを食べては甘えて過ごしていました。白い毛皮は暗くてもほわほわと明るく浮かびますから、何もこわくなかったのです。

2012-10-05 03:45:26
佐々木匙@やったー @sasasa3396

ですから、飼い主夫妻が玄関の大きな重いドアを少しだけ開けたままにしてしまっていた時も、恐れずにえいや、と外へ飛び出していってしまいました。たちまち闇が子猫を呑み込みますが、やっぱりこわくはありません。街は子猫が生まれた時から夜でしたし、子猫には真っ白い毛皮がありましたから。

2012-10-05 03:47:59
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、あまりに暗く、電気の灯りもちかちかと頼りなげな通りを子猫が自信たっぷりに歩いていますと、どこからか声がしました。猫の声です。見渡すと、遠くに宝石のような金の光がふたつ。猫の瞳です。子猫は、目をうんと丸くして、そちらへ近づいていきました。

2012-10-05 03:51:45
佐々木匙@やったー @sasasa3396

お察しの通り、それは夜猫でした。夜猫が低く鳴くたびに、木々の影はざざ、ざざ、と揺れ動きます。でも、子猫はこわがりません。ぴんとしっぽを立て、全身の毛をふわふわに逆立てて、まるで弾丸のような勢いで夜猫のところへと走ってゆきました。

2012-10-05 03:55:23
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、そこでびっくり仰天したのは夜猫です。夜猫は不思議な生き物らしく、何も知らない魂には大変弱いものでした。好奇心で初めての外をひた走り、夜猫の元へとやってくる小さな毛玉にほんの少しだけ怯えてしまったのです。夜猫はしっぽを振りました。雲がさっと晴れ、月の光が降りました。

2012-10-05 03:59:35
佐々木匙@やったー @sasasa3396

初めて見る、白々とした明かりに、子猫はきょとんとして立ち止まります。夜猫の黒い毛皮が、銀の粉をまぶしたようにきらめきました。子猫は先ほどよりはおとなしく用心深く、それでも夜猫に近づいていきます。夜猫は後ずさります。子猫はふんふんと鼻を動かしながら歩み寄ります。

2012-10-05 04:03:07
佐々木匙@やったー @sasasa3396

じりじりとした二匹の猫の出会い。逃げ出したのは夜猫でした。夜の王様は、無鉄砲なまあるい瞳か、それとも白い毛皮の力か、どちらに屈したのかはわかりませんが、とにかく通りをうんと早い速度で駆けてゆきました。子猫にはとても追いつけない早さで、風のように。

2012-10-05 04:06:47
佐々木匙@やったー @sasasa3396

通りを横切るたびに、夜はさらに更けてゆきますが、しばらくすると空は少しずつ明るく、色が薄くなってゆきました。東の空は子猫の耳のような桃色に染まります。夜猫は街を去り、朝がやってきたのです。子猫は初めて見る空の様子にようやくこわがって、来た道を一目散に戻っていきました。

2012-10-05 04:10:24
佐々木匙@やったー @sasasa3396

あちらこちらの家から、人間たちが姿を現しました。喜びに声を上げて泣いている者もいましたが、子猫はあまり興味はありません。まぶしい光から逃げるように、あたたかい家に向かって小さな足で駆けてゆきました。大きな玄関の重いドアの前で立ち止まり、何度もにゃあにゃあと声を上げます。

2012-10-05 04:13:23
佐々木匙@やったー @sasasa3396

小さな声は家の中までは届きませんでしたが、やがて子猫の身体はひょいと持ち上げられました。飼い主の夫婦が外に出ていたのです。二人はとても嬉しそうな顔をしていましたが、子猫はあまり興味はありませんでした。ただあたたかい手の中でもぞもぞと動いておりました。

2012-10-05 04:17:06
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、夫婦はこの小さな猫が勇敢にも夜猫を追い払ったなどとは思いもよりませんでしたが、いたずらな家族が無事に帰ってきたことには大変喜びましたので、あたたかい子猫用のミルクと立派な名前をあげました。子猫は後者にはあまり興味を示しませんでしたが、ミルクは喜んでぴちゃぴちゃ飲みました。

2012-10-05 04:19:25
佐々木匙@やったー @sasasa3396

それ以来、この白い子猫の名前は朝といい、やがて大きくなって白い親猫となり、また自分によく似た小さな白い毛玉たちを産むようになっても、ずっとこの家でそう呼ばれ続けたのです。もっとも、猫はあまり名前に興味はありませんでしたから、気まぐれにしか返事はしませんでしたけれども。

2012-10-05 04:22:32