ささささんのミッドナイトテイラー(真夜中の仕立屋)

ささささん(@sasasa3396)が明け方に投稿されてた即興短編小説。こちらも素敵だったので、まとめてみました。 前日の、夜猫のお話はこちら→http://togetter.com/li/385256
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

ミッドナイトテイラー→真夜中の仕立屋

2012-10-06 03:46:25
佐々木匙@やったー @sasasa3396

じゃあ真夜中の仕立屋で即興一本、ただしすごいねむいので途中で終わるかも

2012-10-06 03:55:32
佐々木匙@やったー @sasasa3396

その土地ではきちんとした仕立屋を開くのには免許とお金が必要でしたから、青年は法制度にのっとり、昼間はよそで働き、真夜中にだけお店を開くことにしていました。店舗はありません。大家さんに許可をもらって借りた部屋の入り口に看板を据え付けただけの小さな仕立屋です。

2012-10-06 03:58:01
佐々木匙@やったー @sasasa3396

真夜中にだけ開くお店ですから、夜でも見えやすいようにとキラキラ光る銀の絵の具でハサミを描いた看板が自慢です。本式の仕立屋ではありませんから、一からの仕立ての注文はほとんどなく、繕いだとか、仕立て直しだとか、たまには洗濯屋のようなことまで、青年はなんでもこなしました。

2012-10-06 04:01:34
佐々木匙@やったー @sasasa3396

客足は、もちろん真夜中ですからそれほど多くはありませんが、つつましやかな商いに合った数の注文が時々舞い込んできました。祖母の形見の洋服を今風にしてほしいだとか、明日のお出かけで着るはずだったワンピースにほころびが見つかったとか、そういったお客がふらりと訪れる店でした。

2012-10-06 04:05:13
佐々木匙@やったー @sasasa3396

青年は眠気と戦いながらも誠実に昼間の仕事と仕立屋を続けていましたが、ある頃からなんだか首をひねりたくなるようことが増えました。頼まれた仕事が、どうも妙だ。いや、そもそもお客が妙なのかもしれません。近所では見かけないような人の来店が続き、その人たちが置いていったものときたら。

2012-10-06 04:09:26
佐々木匙@やったー @sasasa3396

たとえば、上品なご婦人が、娘のために仕立て直してほしいと持ってきたドレスには、袖が四つありました。繕い直しの依頼の初老の男性のズボンには、お尻のところに穴が空いていて、ここはそのままで頼むよ、と念を押されました。首のところがやたらと長いデザインのシャツを仕立てたこともありました。

2012-10-06 04:14:04
佐々木匙@やったー @sasasa3396

そういったおかしなお客は、口を揃え、この店は真夜中にもちゃんと開いているからとてもいいね、と嬉しそうにしていました。不思議な人たちでしたし、時々正体に見当がついてしまうようなこともありましたが、何しろ喜んでもらえるのは素敵なことです。青年は誠実に仕事をこなしていきました。

2012-10-06 04:16:57
佐々木匙@やったー @sasasa3396

そろそろ街に吹く風も冷たくなり、夜のストーブ代も馬鹿にならなくなってきた頃のことです。その日は頼まれものもありませんでしたから、青年はあたたかい紅茶を淹れて、ひざ掛けが欲しいなあ、などと考えながらうつらうつらとしていました。すると、とんとん、とノッカーが遠慮がちに音を立てました。

2012-10-06 04:21:46
佐々木匙@やったー @sasasa3396

青年は少しばかり立て付けの悪いドアを、慣れた手つきでさっと開きました。すると、街灯に照らされた外には、小さな女の子が立っていたのです。女の子はぎゅっと口を結び、手に持っていた包みを青年に向けて差し出します。そして言いました。「これで、ワンピースを作ってください」

2012-10-06 04:24:39
佐々木匙@やったー @sasasa3396

青年は驚きましたが、こんな真夜中に子供がおつかいに来るはずがない、きっとこの子もあのおかしなお客のひとりだろうと思い、彼女を中に入れました。そして、渡された包みを開きます。中には、とても軽い、すてきな淡い青い色の生地が入っていました。きっと春物でしょう。

2012-10-06 04:27:40
佐々木匙@やったー @sasasa3396

夢みたいに柔らかい手触りの生地で、少しちらちらと光るようでした。あまりべたべたと触っていると、光が手に移ってしまうような気もして、青年はややためらいました。「素敵な布でしょう? 春に着たいの。ワンピースを作ってください」女の子はもう一度言いました。

2012-10-06 04:31:36
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「わかりました。じゃあ採寸をしないとね。君くらいなら大きめに取った方が長く着られるかな」青年が言いますと、女の子は首を振るのです。「春になったらこの大きさじゃ間に合わないわ。あなたの頭の中にに年頃の女の子を思い浮かべて、その子のために作ってくれないかしら」

2012-10-06 04:37:25
佐々木匙@やったー @sasasa3396

青年は今度こそ本当にびっくりしました。そんな注文は初めてです。生地を見て、少し考え込んで、もう一度女の子に何か言おうとしましたら、そこにはもう誰もおらず、クレヨンで描かれたワンピースの図と、紙に包まれたなかなかの額のお金(本物でした)だけが残っていました。

2012-10-06 04:41:24
佐々木匙@やったー @sasasa3396

青年はその日からうんと口数が少なくなりました。昼間の仕事の仲間たちは心配して声をかけますが、首を振って笑うばかりです。そして、寝ても覚めてもあの女の子の注文のことばかり考えていました。道を行く女性に、頭の中であの生地を重ねます。肌の色、背筋の形、なかなか似合いそうな人はいません。

2012-10-06 04:46:17
佐々木匙@やったー @sasasa3396

あるいは、あの小さな女の子が成長したらどんな風だろう、と考えてみました。これも上手くはいきません。考えれば考えるほど面影は薄れるばかりです。時間はどんどん過ぎてゆき、青年は途方に暮れるばかりでした。そんな時、遠い故郷から手紙が届いたのです。

2012-10-06 04:49:35
佐々木匙@やったー @sasasa3396

それはシンプルな便箋に記され、花の柄の切手が貼られたどうということのない近況報告でした。気もそぞろになっていた青年は、さっと読んで重大な知らせがないことに安堵し、そのまま引き出しにしまってしまおうとしたのですが、その時ふと昔のいくつかの出来事をが思い出されてきました。

2012-10-06 04:52:46
佐々木匙@やったー @sasasa3396

年頃の女の子、という言葉が心に引っかかっていたからかもしれません。青年がまだ小さかった頃、よく面倒を見てくれていた、近くに住む優しい人の思い出でした。17歳かそこらで、肩より少し長いくらいの黒髪が笑うたびに揺れていたことを覚えています。本の読み聞かせが好きな女の子でした。

2012-10-06 04:57:27
佐々木匙@やったー @sasasa3396

あの人のために作ってみてはどうだろうか。記憶の中の彼女には、青いワンピースがよく似合いました。思い立つやいなや、青年はさっと型紙の用意に入りました。もうあまり時間はないのです。真夜中の仕立屋の看板に「臨時休業」の札を下げ、さっさと作業を続けました。

2012-10-06 05:00:06
佐々木匙@やったー @sasasa3396

女の子がまた仕立屋を訪ねてきたのは、ワンピースが完成した次の日でした。トルソーに飾られた、彼女にはずいぶん大きな服に歓声を上げ、にこにことして、「ねえ、春になったらこの服を着て、あなたに見せに来るわ。きっとよ」紙で包まれた服をぎゅっと抱きしめながらそう言いました。

2012-10-06 05:03:53
佐々木匙@やったー @sasasa3396

冬が厳しくなりました。青年は相変わらず昼間の仕事と真夜中の仕立屋を続け、ただし無口はほんの少し残ったまま続きました。いろいろなことを考えていたのです。懐かしい子供の頃の風景。電車を乗り継いで来たこの街。初めてのお客。それから、うんと早くこの世からいなくなってしまったあの人。

2012-10-06 05:06:44
佐々木匙@やったー @sasasa3396

ある日青年が目覚めると、外はなんだかずいぶん明るくなっていました。昨日までの重い雲は去り、風もやんでいます。春です。彼は着替えて外に出ました。まだ外套は必要ですが、季節がいつの間にか移り変わっていたことは明らかです。青年は鞄を抱え、仕事に向かいました。

2012-10-06 05:11:44
佐々木匙@やったー @sasasa3396

家々の合間の道端に、早咲きの名前も知らない白い花がありました。そして、その花にまとわりつくようにしてひらひらと飛んでいる小さな蝶。こちらは名前を知っています。ルリシジミと呼ばれていたはずです。懸命にばたつかせるその薄い翅は、あのワンピースと同じ、きれいな淡い青色をしていました。

2012-10-06 05:15:50
佐々木匙@やったー @sasasa3396

安房直子インスパイアじゃねえか!(ちゃぶ台をぶん投げる)

2012-10-06 05:16:46