「ユーレイ・ダンシング・オン・コンクリート・ハカバ」#1・再放送Ver(実況なし)
サラリマンは不機嫌そうに振り向く。ゴメスは軽い挨拶とばかりに、野太い右腕でサラリマンの顔面めがけてパンチをくり出した。サイバー調サングラスの液晶面には、まるでこの瞬間を待っていたかのように、偶然にも「ナムアミダブツ」の七文字が光る。 21
2012-04-20 23:07:48ゴメスの考えによれば、サラリマンは地面に這いつくばり、そのままゴメスに尻を蹴られてトリイの外に放り出されるはずだった。だが、ゴメスの放ったパンチは空を切り、それどころか、サラリマンがくり出した真のカラテ・パンチによって、彼のサイバー調サングラスは粉々に砕かれてしまったのだ。 22
2012-04-20 23:10:13「イヤーッ!」そのサラリマンはトレンチコートを威勢よく脱ぎ捨て、ねずみ色の背広をあらわにして、空中に三発ほどパンチと手刀を叩き込む勇ましいカラテの型を見せた。その背広の腰の辺りには、年季の入ったブラックベルトが巻かれており、この男が真のカラテ使いであることを暗示していた。 23
2012-04-20 23:13:23「さて、こんな事をしてしまっては、もう後戻りできんなあ」ひととおりカラテの型を終えると、サラリマンは地面に這いつくばるゴメスの巨体を見下ろしながら、悲壮感に満ちた調子で溜息をつく。「だが何としても、俺はイチタロウを連れて帰るぞお。鼻に輪を括り付けてでも連れ帰ってやる」 24
2012-04-20 23:16:36その頃、ロイヤルペガサス・ネオサイタマの一室では、フジキドが今なお過去の亡霊と戦っていた。「俺がもし、あの時、ああしていたら……!」フジキドが苦しげに寝返りを打つと、彼の体を包んでいた赤黒いニンジャ装束は一瞬のうちに灰に変わって消え去り、傷だらけの肉体があらわになった。 26
2012-04-20 23:19:43ズンズンズンズズ、ズンズンズンズズ、ズンズンズンズズ、ズンズンズンズズ。サイバーテクノの重低音に合わせ、姿の見えないDJがネンブツめいたMCを繰り返し唱えながら、終末的パイプオルガンを弾きならす。「ナムサン、ナムサン、ナムアミダブツ、ナムサン、ナムサン、ナムアミダブツ」と。 28
2012-04-20 23:23:51数百名を収容するジンジャ・クラブ「ヤバイ・オオキイ」のホール内は、ピンク、ターコイズ、オレンジなどのけばけばしいライトに目まぐるしく照らし出され、ホールの四方を取り巻く長大なショウジ戸には、ユーレイ・ゴスたちの影絵が刻み付けられていた。 29
2012-04-20 23:26:08無数のローソクが立てられた大燭台が六つ吊られ、鎖を軋ませながら沈没寸前の難破船のように揺れて、炎の軌跡を描いていた。かつて大仏が鎮座していた北の壁にはスクリーンが置かれ、釜茹でにされるキリストや、逆さ写しのネンブツといった軽薄で悪魔的な映像が洪水のように映し出されていた。 30
2012-04-20 23:29:13ユーレイ・ゴスの服装は実に特徴的だ。男は病的なまでの細身といかり肩を強調したゴシック調のジャケットか、引き締まった筋肉をアピールする黒い網目のロングTシャツを着込んでいることが多い。 31
2012-04-20 23:33:25一方で、女はオイランじみた魅惑的な和服か、古城に佇む吸血鬼を髣髴とさせる純白か漆黒のドレスに身を包み、コルセットを巻き、桃のような胸元を強調していた。誰も彼も、最新の流行から外れない最新のユーレイ・ゴス・モードである。 32
2012-04-20 23:36:33また、ユーレイ・ゴスたちは皆、顔にオシロイを塗りたくり、死体のように目の周りを縁取りしている。また、男も女も紫や黒の口紅を塗り、ハカバの香りの香水を身に纏っている。さらに印象的なのは、皆頭にフンドシの紐を巻きつけ、その死体じみた顔を真っ白い布で覆っていることだ。 33
2012-04-20 23:41:03これは日本の伝統的な死装束であり、ニルヴァーナにおいてホトケと一体化するためにカンオケに入る死体だけにしか許されていない、神聖で厳粛な装いである。古き善き時代には、子供がちょっとでもこのような悪戯をしようものなら、祖先を侮辱するということで親に殴られたものだ。 34
2012-04-20 23:42:14だが、すべてのモラルと伝統的文化が商業主義によって破壊され蹂躙されたマッポーの世において、若者達は誰にも咎められることなく、死装束すらも何食わぬ顔で身に纏うのであった。ナムアミダブツ! なんたる背徳か! 35
2012-04-20 23:45:23しかし、もはや自分達には何一つ誇るべき美徳は無いのだという事実を、若者達も少なからず自覚している。自分達がユーレイにも等しい無価値で虚無的な存在であることを皮肉るように、ユーレイ・ゴスたちは非人間的なビートに乗って、今夜もだらしなく踊るのだった。オーボンの夜の亡霊のように。 36
2012-04-20 23:48:30一方で、表面的なクールさにもこだわるユーレイ・ゴスたちは、すべてにおいて不吉なことを好む。このため、ジンジャ・カテドラル内で最も不吉な方角であるとされる北東の一段高くなったテーブル席「キモン」には、最も高いランクに属する客しか座ることを許されないのだ。 37
2012-04-20 23:51:36キモンに座るエリート・ユーレイの若い男6人は、ホールの中央で踊り狂う男女を見ながら、今夜の相手を物色していた。 38
2012-04-20 23:53:44「僕はあのオレンジ色の髪の男の子がかなりカワイイだと思うね。君はどうするんだい、カーディナル・ダークソード?」と、全身をレザーボンテージで包んだマーシレス・エンジェルが問う。…もちろん、これらは一般的な日本人の名前ではない。彼らは皆本名を隠し、IRCネームで呼び合うのだ。 39
2012-04-20 23:56:56「そうだね、僕は……」漆黒のマニキュアを塗った華奢な指先を、そっと紫色の口元に押し当てながら、カーディナル・ダークソードと呼ばれた若者は気だるそうに返事をする「ウシミツ・アワーに、ブラッディ・アゲハって女の子と待ち合わせをしているんだ。そろそろ来るんじゃないかな」 40
2012-04-21 00:00:03奇しくも時刻はウシミツ・アワー。ジンジャ・カテドラルの鐘が突き鳴らされ、不吉な音を奏でる。カーディナル・ダークソードとマーシレス・エンジェルがそろって目をやると、果たしてホールの南にあるショウジ度が開き、電子太鼓が打ち鳴らされ、新しい客がホールに姿を現した。 41
2012-04-21 00:02:56だが、そこに現れたのは刺激的な服装に身を包んだユーレイ・ゴスガールではない。それは、ねずみ色の背広に身を包み、ブラックベルトを巻いた、明らかに異質な、酒に酔った薄汚いサラリマンであった。周囲のユーレイ・ゴスたちがサラリマンから離れ、彼は極彩色の海に浮かぶ岩のように孤立した。 42
2012-04-21 00:05:35マーシレス・エンジェルは、電子ジャーの中に入ったゴキブリを見るかのように嫌悪感をあらわにし、吐き捨てる「おいおい、ゴメスは何をやってるんだ。あの小汚い害虫をつまみ出させろ。急いでセキュリティを呼ばないと」 43
2012-04-21 00:08:15その横で、カーディナル・ダークソードは顔を青ざめさせていた。フンドシで自分の顔が隠され、表情が読めないことを、これほど幸運に思ったことはない。何しろ、ヤバイ・オオキイに突如現れた闖入者は、他ならぬ自分の父親だったのだから。 44
2012-04-21 00:11:42ショウジがあちこちで開き、厳しいメキシコ人のセキュリティ・チームが数名現れて、一斉に侵入者のほうへと向かう。荒事に巻き込まれたくないユーレイ・ゴスたちは、モッシュピットを作るように距離を取りながらサラリマンを囲み、そこへセキュリティたちを導いた。 45
2012-04-21 00:14:50