高橋源一郎氏、サンデル教授の『正義』へ所感メモ

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高橋源一郎 @takagengen

「正義」21・比喩的にいうなら、あの瞬間、「孤人」の集まりであったぼくたちは、目の前に現れた「弱者」を見て、初めて「家族」という「共同体」になったのである。それは負荷ではなく、喜びを伴う「責務」を感じることでもあったのだ。では、共同体の、もっと上のレベルでは、何が起こるだろう。

2010-08-15 00:45:26
高橋源一郎 @takagengen

「正義」22・共同体の「上」のレベルとは国家だ。では、国家においては、どんな原理が「正義」といえるのだろうか。その一つの例として、サンデルは意外な人物をあげる。南北戦争時の南軍総司令官、ロバート・E・リー将軍である。彼の中に、サンデルは、共同体の「正義」の典型を見いだすのである。

2010-08-15 00:47:45
高橋源一郎 @takagengen

「正義」23・「愛国心」こそ美徳だと考える人たちがいる。逆に、それはショーヴィニズム(狂信的愛国心)を招くが故に、戦争の根源と考える人たちもいる。サンデルは何れにも与しない。そもそも北軍の士官であり、「南部連邦」の「大義」であった「連邦離脱」にも「奴隷制」に反対していたリー将軍が

2010-08-15 00:51:01
高橋源一郎 @takagengen

「正義」24・…「南軍」の総司令官の地位に就いたのはなぜだろう。大著『愛国の血糊』で南北戦争を分析したエドマンド・ウィルソンは、リー将軍は、その戦争が「大義のない戦争」であることも、「必ず負ける」戦いであることも熟知していた。それ故にこそ、彼は、司令官の地位を受けたのだ。

2010-08-15 00:52:52
高橋源一郎 @takagengen

「正義」25・誤てる祖国(故郷)は、全的敗北によってしか蘇らない。底の底まで敗れ尽くすためには、惨苦を舐め、現実に気づくためには、徹底的に戦うしかなかった。それができるのは、狂信的愛国心で目が眩んだ軍人ではなく、その戦争の無意味さを誰よりも知っている自分だ、とリーは考えたのだ。

2010-08-15 00:56:03
高橋源一郎 @takagengen

「正義」26・サンデルはリーの複雑な悩みの中に、共同体への「責務」の一つの理想を見る。そこには「おれのことは放っておいてくれ」という「道徳的個人主義」の傲慢さはない。同時に「自分の国だから守るべきだ」という単純な主張もない。「責務」に引き裂かれたまま耐える人間の姿があるばかりだ。

2010-08-15 00:58:01
高橋源一郎 @takagengen

「正義」27・もちろん、サンデルは、「戦争」を肯定しているのではない。ただ、「戦争」という最悪の状況、「愛国」という厳しい条件の下でも、「正気」でいることが可能である、と言いたいのだ。いや、あるいは、「正気」でい続けることが、「正義」の条件であると言いたいのかもしれない。

2010-08-15 01:00:10
高橋源一郎 @takagengen

「正義」28・さて、翻って、ぼくはどうだろう。ぼく自身は如何なる意味でも「愛国心」とは無縁だと感じてきた。だが、いまは、少し違う気がする。日本語と日本人の行為の集成としての歴史が、少しずつ好きになってきた。それは、おそらく、この国が「坂の下」に向かって下り始めたからだろう。

2010-08-15 01:02:43
高橋源一郎 @takagengen

「正義」29・少しずつ老い衰えてゆくこの国のことが好きになりつつあるよう気がするのである。ちょうど、リー将軍が「南部」諸州を眺めていた時のようにだ。だが、それは、「戦争の時代」だった「昭和」の子であるぼくの感想にすぎないとも思う。誰にも押しつけるべきではあるまい。

2010-08-15 01:04:37
高橋源一郎 @takagengen

「正義」30・共同体に対する心情は、一つの「時空間」を共有する者たちの間に生まれる感情だ。だとするなら、ぼくとは異なった「時空間」に所属する人びとが、どんな共同体への「責務」を感じるのか(あるいは何も感じないのか)は、いまのぼくにはわからないのである。

2010-08-15 01:06:11
高橋源一郎 @takagengen

「正義」31・おそらく、その個人にとって(もし必要な)共同体があるとするなら、それは「家族」しもしれないし、もっと大きな(でも国家とも違う)なにかかもしれない。だが、いずれにせよ、そこには他の誰とも異なる「発見」の物語があるだろう。「日本」という共同体さえ、実は一つではないのだ。

2010-08-15 01:08:05
高橋源一郎 @takagengen

いや、途中で、サンデル(やぼくも)批判した「道徳的個人主義」が「孤人主義」を貫き通すことによって、見つかる新しい原理だってあるのかもしれない。だが、それを論じるのは、この場ではない。

2010-08-15 01:09:19
高橋源一郎 @takagengen

「正義」33・最後に、さっきあげたエドマンド・ウィルソンの言葉を引用して8月15日の小説ラジオの終わりとしたい。アメリカ人ウィルソンは『愛国の血糊』で、祖国アメリカが仕掛けた数多くの戦争を厳しく批判した(広島・長崎への原爆投下への弾劾も凄まじい)。その上で次のように書いている。

2010-08-15 01:11:50
高橋源一郎 @takagengen

「正義」34・「今やわれわれが何をなしつつあるかを考える時である。なぜなら、いったん戦争が始まってしまうと、もはや敵を破壊すること以外に何かを考える人はほとんどいなくなるからだ……われわれは、わが国の最近のほとんどの戦争において……」

2010-08-15 01:13:40
高橋源一郎 @takagengen

「正義」35・「……分裂して甲論乙駁であった世論がどのようにして一夜のうちに全国民ほとんどひとつの意見に、すなわち、若者たちを破壊に導き、それを阻止しようとするいかなる努力も圧倒してしまうような従順なエネルギーの洪水に変えられてしまったかを見てきた……」

2010-08-15 01:15:46
高橋源一郎 @takagengen

「正義」36・「……戦争時に見られる人々の一致した行動は魚群のそれに似ていて、敵の影が現れると、何の指導もないのに、いっせいに方向転換する。あるいは、空を曇らせるバッタの群の飛翔に似て、これまた全部が一つの本能に駆られて舞い降りて来て作物を喰い滅ぼすのである」

2010-08-15 01:17:48
高橋源一郎 @takagengen

「正義」37・「戦争」に抗するには「自分の頭」で考えるしかない。だが、魚群のように人々が振る舞うのは「戦争」の時だけではないことを、ぼくたちは知っている。それに抗するのにも、「考える」しかないのである。「正義」とは、この社会にあって、「考え続ける」ことなのかもしれない。以上です。

2010-08-15 01:19:30
高橋源一郎 @takagengen

「正義」38・まとまりませんでしたが、頑張って考えてみました。ご静聴感謝します。

2010-08-15 01:20:01