中上健次著『紀州 木の国・根の国物語』からの抜粋など

中上健次著『紀州 木の国・根の国物語』(http://www.amazon.co.jp/%E7%B4%80%E5%B7%9E-%E6%9C%A8%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%83%BB%E6%A0%B9%E3%81%AE%E5%9B%BD%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%AD%E4%B8%8A-%E5%81%A5%E6%AC%A1/dp/4041456118)から面白いなと思ったところを抜粋してツイッターで流したものをまとめました。 ほかにも関係する情報を追加していきます。
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KAZUHIRO ARAI @majuzub

承前) 尾鷲のこの製材所で挽かれる一本の材木を考え、解き明かすことは、『資本論』を私が書き上げる事と同じである。私はその自分の直感に、呻く。私には何一つ鮮明に視えない。レゲエはひびく。 (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 18:03:18
KAZUHIRO ARAI @majuzub

「そしてある日私は、その天王寺まで経巡り来った旅の意味を確かめようと、空に飛んでみた。伊丹から軽飛行機で紀伊半島一周をしたのである。天王寺をよろぼうていた自分が空にある。  (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:00:46
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 不思議な体験だった。三月から十二月まで、ちょうど十か月、紀伊半島の土地土地を這うように旅していたのが、三時間で周ってしまう」(中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:00:59
KAZUHIRO ARAI @majuzub

中上さんの写真の撮り方にみられるこだわりと、俯瞰的な視点を求めての飛行機搭乗はとてもおもしろいと思いました。いまでならばグーグルマップをみながらの回想をお書きになっていたかもしれませんね。

2012-12-15 23:05:21
KAZUHIRO ARAI @majuzub

「私はいま、彼方にいて、此岸を見ている。あたりまえの事だったが、改めて紀伊半島が山ばかりなのに驚く。その山ばかりの中に辛うじてついた蟻の穴ほどの道を、車でいま走っている私を、私は視る。空の青さも海の青さも今言いたくない。 (中上健次『紀州』)

2012-12-15 23:20:21
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 美しい景色を見ても美しさのよってきたる大本を見たいと目を凝らしたが、今もそうである。空から見る田辺近辺からの海岸線はやはり美しいが、それが人の住める自然環境ではない事ははっきり分かる。(中上健次『紀州』) 

2012-12-15 23:21:08
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 山々は海までせり出し、ほとんど崖っぷちだった。ほんのひとにぎりの平地は川に沿ってあり、そこに民家はたまっている。このルポルタージュは一回ごとにその土地へ行く道を記したが、空から見ると朝来も日置も周参見も、ポツンポツンと点のようにある。(中上健次『紀州』)

2012-12-15 23:22:02
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 天王寺、つまり都会のように面としてあるのではない。その土地にのびた道路は二、三本しかない。 (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:22:29
KAZUHIRO ARAI @majuzub

このあとも続く上空から視た紀伊半島の描写はおもしろいです。 そこで描写されているところを、グーグルマップの航空写真でたどりながら読むとさらに楽しめるかもしれませんよ。

2012-12-15 23:27:37
KAZUHIRO ARAI @majuzub

「人の内にある獣性、生き物としての力と、死の力は、この市民社会の社会規約の中で暮らす者には疎ましく恐ろしい。だが人は生き物としての力抜きには生きられないし、死の力を無視することは出来ぬ。・・。」 (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:43:15
KAZUHIRO ARAI @majuzub

「自然とはこの半島を廻る旅のいつでも私の頭を離れなかったことだった。三月の桜の花の季節から十二月の紅葉と物の立ち枯れた季節の中心に、自然なるものがある。自然は事物、事実に囚われた者の眼には実に厄介な難問だった。 (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:57:36
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 花を花として視る眼と、花がどこから成り立つのか解析する眼を共存させる者に、一本の草も一つの石くれも、草であって草を越えるもの、石くれであって石を越えるものとして映った。石くれであって石くれでないものとは、人に不快感を引きおこす。 (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:57:42
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 私は草を見つづけ、その自然が、「自然に返れ」とか、「緑を大切にしよう」というこの社会のオタメゴカシの「自然」復帰キャンペーンのものとは違い、手に負えぬものとしてそこにあるのを感じる。確かにその岩場が血管を浮き出させてむきだしになり、 (中上健次『紀州』)

2012-12-15 23:58:05
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) それの周りに輝きの濃い日をあびて緑がしたたるほど光っている、水が青々とある、その風景に、たとえばカメラをむけ、カメラという機会の装置を通せば、「美しい」となるかもしれないが、物を物として見、 (中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:58:18
KAZUHIRO ARAI @majuzub

(承前) 物を解析しその物の周りに集まる気分のようなものを感じ取る眼には、それは美ではなく、輝く事物の氾濫である。私に言葉はない。夏から秋にかけて、何度も山中で私は立ちすくんだ。(中上健次『紀州 木の国・根の国物語』)

2012-12-15 23:58:28
KAZUHIRO ARAI @majuzub

ほかにもたくさん感銘を受けた言葉や考察などがありましたが、以上で中上健次さん著『紀州 木の国・根の国物語』からの抜粋を終わりにします。 拝

2012-12-16 00:02:34
KAZUHIRO ARAI @majuzub

『紀州』に書かれている、中上さんによる、写真撮影の仕方にみられるミクロな「ほころび」を対象とした観察と、飛行機からの鳥瞰的な観察は、かなり面白かったな。当然、材木に注目した『資本論』うんぬんのところもよかったけど。せっかくだから、あとでつぶやきをまとめるか。

2012-12-17 21:16:43
KAZUHIRO ARAI @majuzub

中上健次さんの『紀州』のおかげもあり、航空写真で眺める新宮市がより魅力的にみえるのう。

2013-01-10 08:31:34
KAZUHIRO ARAI @majuzub

ここで熊野川がS字にまがっているんだよね。⇒http://t.co/DHOH5qFY それでその内側に杜がある。

2013-01-10 08:34:46
KAZUHIRO ARAI @majuzub

熊野川の新宮市のところでのいきなりのS字(http://t.co/UvCZEkVM)はなんなんだろうね。ほんとに。 

2013-01-10 08:53:57
KAZUHIRO ARAI @majuzub

S字(http://t.co/UvCZEkVM)の内側にはこれ⇒神倉神社ゴトビキ岩(概念デザイン研究所)http://t.co/BK49wQrK

2013-01-10 08:55:28
KAZUHIRO ARAI @majuzub

千穂ヶ峰 三本杉コース「竹林の北側の尾根に取り付くと上は平坦。大きな斜めの窪地があり何か祀られていた。ここに三本杉が生えていたのだろうか。」http://t.co/LJDY2zmH

2013-01-10 09:03:40
KAZUHIRO ARAI @majuzub

グーグルマップは海のなかもいいけど、川の上からの景色を、ストリートビューみたいに船でも泳いででもいいから撮ってきてほしいな。

2013-01-10 09:06:46
KAZUHIRO ARAI @majuzub

S字(http://t.co/UvCZEkVM )の外側を走る740号のストリートビューもないから外側から千穂ヶ峰がみえないんですよね。

2013-01-10 09:09:00