自作小説第五章:S.N.2

自作小説第五章です。第四章→http://togetter.com/li/418312
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川口 慧太 @eulen_zoids

―S.N.2―《「牽制!牽制だ!敵は丸腰だ。接近させなければいい!」 来栖さんが似合わない命令形で叫んでいる。無線機&地声により、居並ぶ部下たちへ。 3階オフィスエリア接続通路の最奥、会議室。部屋には来栖さんと俺だけ。他は皆防衛に出払い、それぞれのバリケードの裏に。》

2012-12-18 21:20:01
川口 慧太 @eulen_zoids

《「敵に動きはない?…そう、止まったまま。良かった、まだしのげそう」 ひとり言のような囁き。無線機に向かって、疲労を感じさせるため息をつきながら。それを振り払うように素早くこちらを向いて。目に飛び込んでくる―また眉間に皺。 かわいそうだな、と他人事のように思う。》#S.N.2

2012-12-18 21:23:54
川口 慧太 @eulen_zoids

《「狭山君、桐原さんから連絡はない?」 「来栖教官の元にないのであれば自分のところにもありません」 淡々と答える。来栖さんの眉が跳ねる。知ってたさ。そう言う反応をされることは。 次の言葉を待つ。きっとそれは怒りに類するもの。教えてくれる。圧縮知識が。なにより自分が。》#S.N.2

2012-12-18 21:29:32
川口 慧太 @eulen_zoids

《「…そうだね。それもそうだ」 しかし予想に反し、来栖さんはそれしか言わなかった。また俺から顔をそむけ、敵がいるはずの通路の向こうへ。ここからじゃ見えやしないのに。 拍子抜けしたような気分。いやそれは、さっきからずっとそうだ。 大体本来なら俺は、一階にいたのだから。》#S.N.2

2012-12-18 21:33:49
川口 慧太 @eulen_zoids

《額や四肢の節々が痛む。包帯の下。一階で最初の自爆攻撃の時、うけたものだ。 そう、これも。今日は予期しないことが多すぎる。 上司の説教めいた世間話に付き合わされるとか。いきなり自爆テロに襲われるとか。そのせいで気絶するとか。その犯人が淫語が名前のふざけた組織だとか。》#S.N.2

2012-12-19 23:25:53
川口 慧太 @eulen_zoids

《勢い込んで上がってきたら「狭山君はこっちへ」の一言で連れてこられて、挙句銃撃戦とか。 無茶苦茶だ。 こんな事々が、俺に干渉してほしくない。 「動きがない…なんなの?武器がないのは確認している。そのくせ撤退もしない。そもそも、どうやって一階で止められずにここまで?」》#S.N.2

2012-12-20 00:16:08
川口 慧太 @eulen_zoids

《来栖さんの独白が聞こえる。 「殺られたんじゃないんですか」 横目で見られて、それはきっと睨まれたのだが、自分の言葉だったと気付いた。少し混乱した。まったく無意識の発言だった。 「どうしてそう思うの?」 質問される。並みの無い平坦さだ。まるでさっきの自分のような。》#S.N.2

2012-12-20 00:24:52
川口 慧太 @eulen_zoids

《「別働隊がいて、桐原たちはそいつらに殺られたのではないかと思ったんです。ここで我々の相手をしているあいつらは、我々が下へ行けないように釘付けにするためのおとりだったんですよ。だから一階にも地下にも無線が通じない。桐原たちからも連絡がない!」 一息。荒い声。》#S.N.2

2012-12-20 00:31:06
川口 慧太 @eulen_zoids

《呼吸も落ち着いていない。また混乱する。まるで平静ではない。 「その論理の正誤はともかくとして」 来栖さんの返答。今度は目も向けられていない。平坦さは相変わらずながら。 「なんでそんなに動揺しているの?狭山君らしくもない」 そのとおりだ。自分が自分に言っている。》#S.N.2

2012-12-21 01:34:42
川口 慧太 @eulen_zoids

《どうしたんだ、俺。 「桐原さんが心配?」 だしぬけの言葉に動作が停止した。 いつの間にか来栖さんはまたこちらを見ている。そして唐突に気付く。進行への反撃の銃火が止んで、通路が静寂に包まれていることに。 「心配、ですか」 オウム返し。阿呆のように。 「違うの」》#S.N.2

2012-12-21 01:39:31
川口 慧太 @eulen_zoids

《急に柔らかくなる来栖さんの表情。わずかだけれど、美しい、微笑み。 しんぱい。 そんなもの。 俺は。 「来栖主任ンッ!」 わめき散らす無線の侵入により、俺の思考と発言は阻害された。 「どうした!」 切り替わる来栖さんの声と顔。急速に厳しいものへ。 「敵、敵が…!」》#S.N.2

2012-12-21 01:45:49
川口 慧太 @eulen_zoids

《その声は最後まで聞こえることなく。 筆舌に尽くしがたい悲鳴で塗りつぶされた。 二人同時に通路奥を見る。最終防衛ラインとしての後列兵。少し前でバリケードの裏から援護射撃する中列兵。さらにその向こう―まさに目を向けた瞬間―跳ね上げられた味方の体。それが赤く染まった。》#S.N.2

2012-12-21 01:51:38
川口 慧太 @eulen_zoids

《「なっ…」 来栖さんが洩らす声が聞こえる。いや、俺の声だったかもしれない。わからない。どちらどもよいだろう。きっと二人とも同じ気持ちなのだから。 その間にも。バリケード用の机が。味方の体が。彼らの叫ぶ悲鳴が。絶え間なく跳ね上がる。それらを彩る、鮮血。》#S.N.2

2012-12-24 20:10:25
川口 慧太 @eulen_zoids

《津波のような勢いと速度で、死がこちらに向かって来ていた。 どんどん近づいて来る。その元凶が見えてくる。赤い霧の中を割って。 壁を破壊し。味方を跳ね上げ。その血肉を粉砕していたのは。 素手の。 たった、たった数人の、人間だった。 修行僧のようないでたち。》#S.N.2

2012-12-24 20:21:25
川口 慧太 @eulen_zoids

《顔は隠していない。全員が年輩だ。 そこに表情はない。目を覆いたくなるような殺戮を冒しているというのに。なにも。 そして脚が動いていた。 喉からは叫びが発せられていた気がする。うわああああとかそんなやつ。 「さやまく」 来栖さんの声がした気もする。 わからないけど。》#S.N.2

2012-12-24 20:28:34
川口 慧太 @eulen_zoids

《とにかく俺はいつの間にか取り出していた、自分の武器たる超伝導素材性電撃鞭を携えて。 そいつらが起こしたのと同じ種類の死を与えるため、いまだ手刀と蹴りのみで無数の人間と構造物を弾き飛ばし続けている敵に向かって突進していった。 敵は既に最終防衛ライン近くにまでいて。》#S.N.2

2012-12-24 20:34:35
川口 慧太 @eulen_zoids

《最後の味方に腕を振り上げていた一人、そいつに向かって俺は稲妻を叩き付けた。 奔る雷光は一直線に敵の身体を切り裂き、そいつの体を両断して赤い噴水とした。 自分の顔に温かい液体がついたのを感じる。無言で撤退する味方。無言で後ろに送る俺。 そして、無言で後退する他の敵。》#S.N.2

2012-12-26 01:07:02
川口 慧太 @eulen_zoids

《並んでいく。俺により肉塊にされた味方を飛び越えて。道の反対側、俺の真向かいへ。対峙する。 向かい合うことで人数が分かる。6人だ。俺が一人減らしたから、本来は7人だったのだろう。 構える。戦いのために。 「なに逃げてんだよ」 ついこぼれる言葉。》#S.N.2

2012-12-26 01:19:33
川口 慧太 @eulen_zoids

《「逃げてなどいない」 そこに重々しい声が響く。どこからか。 踏み込みかけていた俺の足は止まる。 少し探し、察する。後ろから、俺たちには見えなかったところ。多分階段ロータリーの辺り。 そこからさらにもう一つの人影が上がってきていた。 他の敵と同じような修行僧的格好。》#S.N.2

2012-12-26 01:31:39
川口 慧太 @eulen_zoids

《違うのはその色だ。他の敵が地味な灰色である中、そいつだけは漆黒と言っていいような真っ黒な衣服だった。 進み出てくる。そのおかげで顔が見えてくる。 こいつも老人だ。濃い髭。谷のような皺が多く刻み込まれている。ふいに来栖さんの眉間のものを思い出す。》#S.N.2

2012-12-26 01:40:12
川口 慧太 @eulen_zoids

《それに続くように耳に入ってくる駆け足の音と。 硬質な金属音が起こる。構えられた拳銃だ。来栖さんによって。俺の横で。 「援護する。狭山君、先行しすぎないで」 簡潔な指示に無言でうなずき了承を示す。そのときちらと見た来栖さんの背には、棺桶のような巨大な箱があった。》#S.N.2

2012-12-26 22:33:36
川口 慧太 @eulen_zoids

《場違いだ。自然に起こる疑問がある。いつの間に、何のためにこんなものを持ってきたのか。 「やめておけ」 俺の思考は黒髭の言葉に妨げられた。 「この階より下は我々の同志が掌握した。そしてこの階より上は我々がこれより掌握する」 「そんなことをさせるわけには、いかない」》#S.N.2

2012-12-26 22:37:47
川口 慧太 @eulen_zoids

《返答したのは来栖さんだ。美しい顔と声に、にじみ出る緊張。 「わたしたちが止める。あなたたちこそ、こんな武力行使はやめなさい」 「断る。貴様らに我々を止めることはできない」 二人の会話が続く。不意に、さらに連想されるものが脳内に。 この黒髭老人はあの人に似ている。 》#S.N.2

2012-12-26 22:47:30
川口 慧太 @eulen_zoids

《櫛灘尚志教官に。 少し混乱を感じる。急だ。なぜこんなことを?格好?戦闘服の色が同じだから? 「断言するの?実験段階とはいえ、自衛隊の最新鋭兵器で武装した、三個中隊の規模を持つわたしたちに、勝てると」 「ああ、しよう」 即答だ。同時に黒髭の手が動く。身構える俺たち。》#S.N.2

2012-12-26 22:51:43
川口 慧太 @eulen_zoids

《しかしその手は武器を取り出すことも俺たちの方に向けられることもなく。 合唱のかたちにあわされた。 空気を切って音が響く。ぱん、と。 「だがそうする前に、君の手で屠られた我々の同志に弔いをする」 続いて一斉に、同種の音が鳴る。他の敵が鳴らした。多分黒髭の部下なのだ。》#S.N.2

2012-12-27 22:07:22