ニセコイ二次創作「テンコウ」

「転校しても、私たちずっと友達だからね」「るりちゃんのこと、ずっと忘れないから」 扉の向こうから聞こえてくる友人たちの声――。私は涙を堪えて震えながらぎゅっと唇を噛み締めていた。
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架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

私は転がるようにして自室に入り鍵を掛けた。駄目だ駄目だ駄目だもう狙われている次は私の番だ次は私が狙われるんだ。トン、トン、トン……。誰かが階段を上ってくる音が聞こえる。「だ、だれ……?」#テンコウ

2013-01-14 18:24:20
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「私よ、お母さんよ。るり、どうしたの? 早退? 体調でも悪いの?」 ママの声を聞いて、私の動揺は一瞬静まった。……考えすぎかも、考え過ぎかもしれない。集は今まで黙ってただけで転校はずっと前から決まっていたのかも。野球部はたまたまこの辺に空き地でも見つけたのかもしれない。#テンコウ

2013-01-14 18:26:56
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

そうだ、考えてみれば私らしくなかった。闇雲に恐れる前にまずは確認すべきだ。舞子の家に電話をすれば集が転校したかどうかなんてすぐ分かるじゃないか。慌てるのはその後でもいい。私がそう思い直していると扉の向こうでママが言った。「とにかく、体は大切にね。あなたももうすぐ……」 #テンコウ

2013-01-14 18:31:10
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「転校するんだから……」 ママ……ママ……何を、何を言ってるの……。「や、やだ。私、転校しない。転校なんてしない……」「どうしたの、るり? わがままばかりいって、ほら」 ドシドシと、階段を登ってくる足音が聞こえる。一人二人じゃない、何人も……何十人もいる……! #テンコウ

2013-01-14 18:34:01
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ほら、お友達もみんな見送りにきてるわよ」嫌ぁああ!!! 「この子ったら、鍵なんてかけて」 鍵の掛かったドアノブが凄まじい力で右へ左へと回転している。まさか……まさか破れないよね。鍵が掛かってるんだから……とは思うものの、今更この小さな鍵が何の役に立つのかとも思う。#テンコウ

2013-01-14 18:37:06
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「転校しても、私たちずっと友達だからね」「るりちゃんのこと、ずっと忘れないから」 扉の向こうから聞こえてくる友人たちの声――。私は涙を堪えて震えながらぎゅっと唇を噛み締めていた。怖い、怖いよ、集……。助けて、怖いよ、集……。#テンコウ

2013-01-14 18:40:06
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

もうダメ……扉が、もう、持たない。力任せに捻られ続けたドアノブはガタガタと音を立て始めている。どれほどの力で捻ればこんなことになるの……。アイツラに捕まったら、私は、どうなるの。転校って何なの……。お願い、集、助けて……集……。ああ、指が、扉のあいだから、指が、指が。#テンコウ

2013-01-14 18:43:03
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

わなわなと震える指の間から黒い日記帳が滑り落ちた。るりちゃんが……るりちゃんがどうして。転校、転校って何……。私は狼狽しつつも、部屋のドアを慌てて閉めた! ああ、壊れてる、ドアノブが壊されてる! 本当だ、この日記に書いてあることは全部ホントウなんだ。#テンコウ

2013-01-14 18:47:11
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

私は汗みどろになりながら本棚をドアの前まで引きずった。ちょっとしたバリケード。これで少しは時間が稼げる……? トン、トン……と、扉の外から階段を登る音が聞こえてくる。おばさんが登ってきた? いや、違う。足音が複数。二人や三人じゃない。もっとたくさん、もっとたくさんいる。#テンコウ

2013-01-14 18:50:33
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「小咲ちゃん、お友達、みんな来てるわよ」 扉の外からおばさんの声が聞こえる。複数の人が扉を押し開けようとしている。「や、やめて……やめて……」 私はか細く嘆願した。すると、扉の外から「よう、小野寺。ここにいるのか?」 この声は……一条君だ! #テンコウ

2013-01-14 18:53:26
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「い、一条君。た、助け、助けて……」「助ける? 何言ってんだよ小野寺。助けるって誰からだよ。とにかくここから出てこいよ」 扉の外から抑揚のない声が聞こえてくる。確かに一条君の声だけど、でも、でも……。おばさんの抑揚のない声と、石膏のような目をどうしても思い出してしまう。#テンコウ

2013-01-14 18:55:27
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「やめて、一条君、助けて……私……私、転校したくない……」「転校……?」 しばしの沈黙の後、扉の向こうからくすくすと笑い声が聞こえてきた。「転校? 小野寺が? 小野寺は転校しないよ」。一条君の声だ。#テンコウ

2013-01-14 18:58:47
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「小野寺を転校させるなんて言うヤツがいたら、俺が許さねえよ」 抑揚のない声で一条君が言う。怖いけど、怖いけど……でも、ちょっと嬉しかった。「そうよ、小咲さんは大丈夫」。千棘ちゃんの声。「転校するのは、悪い子の舞子や、悪い子のるりちゃんだけだからね……」えっ……。#テンコウ

2013-01-14 19:04:08
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「小野寺がいないと、俺たちが困るんだ」「そうよ、小咲さんがいないとね、みんな困っちゃうの」「舞子やるりちゃんがいなくても困らないけれど」「小咲さんがいないと困るの」「だから……小野寺は絶対に転校なんてしない」「絶対にしない」 私は後ずさりしながら扉から離れた。#テンコウ

2013-01-14 19:06:38
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

窓だ。もう逃げ道は窓しかない。ここは二階だけど、他に手がないんだから仕方がない。バリケードが機能しているうちに早く! 私は窓枠から身を乗り出した。思った以上に高さがあって、私の足は竦んだけれど、それでも勇気を振り絞って窓枠を乗り越えようとした。しかし、その時―― #テンコウ

2013-01-14 19:09:56
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

ヒュンーーと、音を立て飛来した何かが私の側頭部に命中し、私は部屋の中へと倒れ込んだ。急速に薄れゆく意識の中で、私の視界をかすめたものは……、これは……野球ボール?? 同時に扉のバリケードは破られ、続々と人が部屋の中へと入ってくる。集団の先頭に見えるのは、一条…君…。#テンコウ

2013-01-14 19:13:04
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

次に気がついた時、私はベッドの上で白い清潔なシーツにくるまれていた。上体を起こそうとすると側頭部に激痛が走り、私は小さな呻き声を上げた。すると、「小野寺、気が付いたのか!」 ベッドの側で一条君が明るい声を上げた。「小野寺、無理するな。15針も縫ったんだからな」 #テンコウ

2013-01-14 19:16:47
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「私、えっと、どうして……」「野球部のファールが頭に当たったんだよ。運が悪かったよな」 一条君が即答する。すると、病室のドアがパーッと開いて、「あ!」千棘ちゃんが顔を出し、うるうると涙を浮かべながらこちらにやってくる。「良かった、気がついたんだね!」 #テンコウ

2013-01-14 19:18:36
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「一条君と、千棘ちゃんが、ずっと付いててくれたの……?」「え、あ、うん。まあな……」一条君は気恥かしそうにそっぽを向いて言った。一条君、やっぱり優しい……。「千棘ちゃんも、本当にありがとう」「そんなのいいから。今は傷を治そうね」 私は思わず涙が出てきた。#テンコウ

2013-01-14 19:20:18
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「一条君、私、よく覚えてないんだけど、とても怖い夢を見ていた気がする」「そうか。でも、もう大丈夫だからな。俺たちが付いてる」「うん……」 一条君……。「ところで小野寺」。一条君が私に言った。#テンコウ

2013-01-14 19:21:42
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「るりちゃんは、転校したよな?」「うん」私は頷いた。「駅まで見送りに行ったし、みんなで色紙も書いたよ」。私は、抑揚のない声で、そう応えていた。 <完>#テンコウ

2013-01-14 19:49:13