モータードリヴン・ブルース #1
「イヤーッ!」「グワーッ!」乱暴にアスファルト道路に放り出された彼は仰向けに倒され、呻き声をあげた。彼が着込むパワードスーツの自重は実際かなり重い。肺の空気が絞り出される。「何をする!お前、無礼者!」「安全な所までお連れしました。これにて契約完了です」ニンジャは無感情に告げた。1
2013-03-19 13:53:38「安全な場所?」彼は周囲を見渡す。裏ぶれた下町じみた区画だ。道路の端には異臭放つ排水溝があり、街灯はひび割れ、家屋のシャッターには「スラムダンク」と落書きされている。「ここが安全だと?」「そうだ」ニンジャの口調は冷たかった。「表通りをノコノコ歩けばどうなるか考えてみたらどうだ」2
2013-03-19 14:00:41「表通り?ナンデ」「いちいち質問するな。いいか」ニンジャはしゃがみ込み、彼の眉間に人差し指を突きつけた「その態度をあらためろ。私はお前の……正確にいえばお前ではなく会長の……契約下には既にない。お前は私にとって」繰り返し人差し指を突きつけ、「ただの!いけすかない!大人子供だ!」3
2013-03-19 14:08:16「アイエッ!?」彼は呻いた。彼はアルベルト会長以外の人間から怒られる事に慣れていない。小さな目を瞬かせた。ニンジャは立ち上がり、苛立たしげに言った。「先刻説明した通り、オムラは解体し、社屋はオナタカミの手に渡った。株券は紙屑だ。連中に見つかれば、お前は八つ裂きだ」「……」 4
2013-03-19 14:13:17「理解!した!か!」「アイエッ!」「忠告するが、そのふざけたスーツを一刻も早く外す事だ。ここらのヨタモノにとって、それはカネになるジャンクパーツの塊だ」「アイエエエ!?」「せいぜい身を隠せ。ほとぼりがさめればお前を誰何する奴はおるまい。所詮は何の力も持たぬ倒産企業の元社長だ」5
2013-03-19 14:30:21「倒産企業の、元、」彼は……モーティマー・オムラは呆然と呟き、身を起こした。キュウーン、パワードスーツが駆動音を発した。「僕はどうすれば?」「知らん」オメガは腕組み直立姿勢で冷たく言った。「お、お前はどうする?お前も無職だぞ」「あいにく私にはおよそ人生三回分の蓄えがある」6
2013-03-19 14:45:48「これからどうするんだ」「暖かい所にでも行くとするさ。バカンスにな」ニンジャは面白くもなさそうに言った。「では、サラバだ」「オメガ!待……」「イヤーッ!」ニンジャは高く垂直跳躍!「車検証手配」のネオン看板を蹴り、更に跳躍して、あっという間に見えなくなった。 7
2013-03-19 14:54:22「う……」モーティマーは狭い空を見上げた。そして叫んだ。「裏切り者ーッ!」裏切り者ーッ!彼の叫びはヤマビコじみて一度跳ね返った。答えるものはない。キュイイイーン……パワードスーツの駆動音もむなしい。「しかし、いったいどこだここは」モーティマーは呟く。「それくらい教えていけ」8
2013-03-19 14:58:58彼は仕方なく立ち上がった。当然、ノーアイデアである。伝説のウラシマ・ニンジャは亀の監禁を逃れ、妖精郷から地上へ戻った際、200年の時間ギャップに巻き込まれ、同様に孤独かつ不案内であった。だがウラシマ・タロの手には少なくとも妖精郷から奪ってきた玉手箱があった。 9
2013-03-19 15:06:32モーティマーはフラフラと歩き出し、目についた角を曲がった。路上に倒れた男の荷物を剥いでいる男達と目があった。全員がモヒカンを逆立て、裸のたくましい胸板に揃いの刺青で「馬鹿者」とある。 10
2013-03-19 15:10:23「何だ、お前達」モーティマーは言った。「こっちを見るんじゃない!」「ア?」モヒカンの一人が首を傾げた。全部で五人!一人が鉄パイプの先端にドリルをくくりつけた凶器を肩に背負った。「何それ、そのマブいオモチャ着てんの何?」モーティマーは後ずさった。だが後ろからも三人! 11
2013-03-19 15:15:09「何のつもりだ」モーティマーは声を荒げた。「逮捕だぞ」「逮捕!ププーッフ」モヒカンの一人が笑い出した。「マッポ呼んで見ろや、ア?」「金属イタダキーッ!」モヒカンの一人が釘バットで殴りかかる!「抜け駆けしやがって、エッ!?」「グワーッ!」パワードスーツパンチ!モヒカンは気絶! 12
2013-03-19 15:19:04「こいつヤル気だぜ!」BLAM!「グワーッ!?」パワードスーツガンが火を吹き、一人が肩を撃たれて倒れる!「みたか!お前らのようなくだらない社会のゴミにモーター科学は負けないんだよ!グワーッ!」モーティマーの後頭部を鉄パイプが一撃!「グワーッ!」角材が一撃! 13
2013-03-19 15:22:22モーティマーは地面に打ち倒された。それをモヒカン達は素早く取り囲み、打擲!「グワーッ!」ケリ!「グワーッ!」打擲!「グワーッ!」それを見下ろす薄汚れたカラスの群れがギャアギャアと喚く!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」 14
2013-03-19 15:25:26モヒカンはバール状の棒で、パワードスーツをこじ開けにかかる!「やめろ、グワーッ!」メキメキと鉄板が歪み、蒸気とオイルが漏れ出した。「自警団ヒーロー気取りか!舐めやがって!」モヒカンが叫んだ「やっちまえ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」 15
2013-03-19 15:29:04アナヤ!もはやパワードスーツは剥ぎ取られ、そこにいるのはワイシャツとスラックス姿の単なる大柄な男!振り下ろされる鈍器!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」 16
2013-03-19 15:44:07「アイエエエ!」モーティマーは悲鳴をあげた。「なぜ僕がこんな!何も悪い事はしていないぞ!」「甘えるな!」「アイエッ!」モーティマーは叱責の主を見上げる。ナ、ナムアミダブツ!彼の周囲にはモヒカンが折り重なって倒れている。死体だ!「サービスのサービスだ、愚か者!」オメガが罵った!17
2013-03-19 15:48:23「本当にこれで手切れだ。身にしみてわかったろう。ストリートの掟が!」オメガは言った。「今の働きをツケにしたいところだが、お前にそんな甲斐性などあるはずなし。請求も面倒ゆえ無しにしてやる」「オメガ!待って……」「二度と会う事もあるまい。イヤーッ!」……今度こそ彼は去って行った。18
2013-03-19 15:51:52……実際、オメガが戻ってくることは無かった。何時間が経過しただろう?モーティマーは顔を腫らし、ズボンの膝も破け、情けない有り様で路地裏を彷徨った。顔の傷は、別のヨタモノにしこたま殴られた時のものである。「畜生」モーティマーは呟いた。「こんなのおかしいぞ……」 19
2013-03-19 15:59:19グルグルと音が鳴った。モーティマーは顔をしかめた。腹の音だ。「腹が減った」彼は呟いた。「何か無いのか」周囲を見渡す。どうやって料理を持ってくるのだろう。彼はポケットに手をやった。財布も無い。道の隅でオニギリを食べる浮浪者が彼を見上げる。モーティマーは指さした。「売れ!それ!」20
2013-03-19 16:07:38「……」浮浪者はオニギリをそのまま食べ終えた。モーティマーは歯噛みした。浮浪者はモーティマーを凝視しながら、懐に手を入れ、もう一個のオニギリを取り出した。「それ!それッ!」モーティマーが叫んだ。「カネならあるんだ!きっと……」浮浪者はそのオニギリも食べ、「バカか?」と呟いた。21
2013-03-19 16:13:33……さらに時間が経過した。肩を落として歩くモーティマーは全身が泥と血で汚れ、情けない有り様だ。彼は繁華街のネオンの下を歩いていた。「実際安い」「力だめし」「安心店のみ」。それらの明かりはモーティマーのためのものではない。道ゆく人々は彼を一瞥すらしない。ありふれているからだ。22
2013-03-19 16:18:03「ヤング!ヤング!ヤングパワー!」激しい宣伝サウンドを撒き散らしながらトラックが走り来て、モーティマーに泥を跳ねながら走り去る。「ヤング!ヤング!ヤングフューチャー!」無慈悲なドップラー効果。モーティマーには罵声を飛ばす気力も無い。彼は座り込み、意識を失った。 23
2013-03-19 16:21:39……すぐ近くの激しい音に目を開くと、空は明け方、彼が埋れていたゴミの山を収集業者が手際良く収集車に投げ込んでゆく。フルフェイス防毒ヘルメットを被った業者の男がモーティマーに気づいた。「生きてんのかよ!紛らわしいんだよカスが!どけ!」「アイエッ!」モーティマーは蹴り出された。24
2013-03-19 16:25:08彼は今やパンツ一枚だった。彼は困惑し、切れ切れの記憶を再生した。ハイエナじみた浮浪者がモーティマーの衣類を剥ぎ取っていったような気がする。「おおお」モーティマーは両膝をつき、うなだれた。「邪魔!」業者がモーティマーの尻を蹴飛ばした。「グワーッ!」モーティマーは退散! 25
2013-03-19 16:28:44