『嘘つき曲馬団』。

黒実操の幻想創作小説『嘘つき曲馬団』です。
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クロミミ跡地 @kuromimigen

キャット兄弟も顔を見合わせ頷いた。お巻だけが何か言いたげに唇を動かしたが、結局声には出せず仕舞い。馬夫人が、その震える肩を堅く抱く。 キャット兄弟は二人を挟むように立ち尽くし、三ツ首は無言でニヤニヤ。団長がゆっくりとお千代の身体を抱き上げて、何処へか運んで行った。(第一話 了)

2010-09-06 00:39:45
クロミミ跡地 @kuromimigen

失礼して自主トレ投下します。『嘘つき曲馬団』 第弐話 プリンス滋比古 曲馬と出会う (9分割) #tknk

2010-09-09 00:17:29
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p「……というお話でね」。ジェントル曲馬は両手を開いた。白手袋。対峙するは少年。せいぜい十四、五歳といったところか、滑らかな頬だが、どこか人を食ったような顔をしている。乗り出してくる団長を上目で見遣り、甘いコクテルを舐めている。

2010-09-09 00:18:15
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p「ずいぶんと自分のことを気取って話したもんだ。何処かへと運んで行った、なんてさ」。鼻で笑う。「おやおや、大人に向かってなんて口の利き方でしょう。さすがこの街一番の名士、鏑木(かぶらぎ)海運のご嫡男であらせられる」。ジェントル曲馬のマナコが細くなった。

2010-11-04 23:42:00
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p「判ってるなら、お前こそ口の利き方には気を付けろ」。剣呑な空気を鼻息で吹き飛ばし、少年は顎を上げる。「オヤジのお蔭で、小屋を張ってるんだってこと忘れるな」。「それはもう。だからこそ、お坊ちゃまにこのお話を持ってきたんじゃないですか。コクテルのお替りは如何?」

2010-09-09 00:19:28
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p「紙巻き煙草もだ」。女給が去ってから、団長は少年の耳に唇を寄せた。「私はね、お坊ちゃまにお千代がなぜ死んだのか、その謎を解いていただきたいのですよ」。「ふん」。団長の申し出は予想されていたものだったのだろう。少年は迂闊にも、したり顔を曝す。そして団長も、したり顔。

2010-09-09 00:20:04
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p金の巻き毛が、桜色の耳で潰れた。「お坊ちゃまの卓越した脳髄と大人顔負けの度胸で、どうかお千代が死んだ訳を解いてやってくれませんかねぇ」。ふうぅっと息がかかった耳たぶを反射的に抑え、少年が身を引いた。「そ、そんなこと言ってるが、知ってるぞ!」。狼狽を誤魔化そうと声を張る。

2010-09-09 00:20:43
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p「ジェントル曲馬、お前のことは皆『ゼニトル曲馬』って呼んでるぞ。欲張り! ケチンボ! このボクを使って犯人を捜して、それをお千代の家族に売りつけるんだろう。え、そうだろう!」。「……お千代の家族は私らさぁ。お坊ちゃまが引き受けてくださるなら、私らはお礼をしますがね」。

2010-09-09 00:21:26
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_pジェントル曲馬が発する動物電気に中(あ)てられたか、さすがの少年も一瞬黙り、そして、「約束するか」と虚勢を張った。「血判をご所望ならばそれも」。「引き受けよう。ボクのことは滋比古(しげひこ)様と呼べ。子ども扱いはするな」。紙巻き煙草を灰皿に押し付け、滋比古は席を立つ。

2010-11-04 23:43:06
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p「お前の話に出てきた団員共が怪しいんだな?」「それはもう。滋比古様のお見立てのままに。彼らには正直に話し、協力するよう言いつけてありますよ。そうだ、もう一度お話ししましょうか?」「あの程度の話、一度聞けば十分だ」。団長を残し、逃げるように少年はカフエエを出る。

2010-09-09 00:22:35
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p残されたジェントル曲馬が呟いた「ゼニトル曲馬ねぇ。うっふっふ。あなたはプリンス滋比古って嗤われてることはご存じなんですかねぇ」。楽しそうにカイゼル髭を撫でつける。「うっふっふ。怪しい、か。私らは家族だと申しましたに(第弐話了)

2010-09-09 00:24:23
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 失礼して自主トレ投下します。『嘘つき曲馬団』第参話 馬上豊かな馬夫人、夫を尻に敷く。(10分割) 。 #tknk

2010-09-13 00:19:04
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p カフエエを飛び出した少年を、暮色が包む。お千代が死んでニ日。さすがに小屋は閉まっている。滋比古は、団員たちが寝泊まりしている簡易宿泊所に、足を向けた。テント小屋よりも少し奥まったところにある、本来なら滋比古など生涯立ち入ることはないはずの一角。

2010-09-13 00:20:32
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 親子が割れた窓硝子を気にもせず、蝋燭の下、夕餉を囲んでいる。何が煮えているか判らない濁った鍋からよそう、茶碗一杯のそれだけを掻き込んで、それでも楽しくてたまらない様子。滋比古は、ふと亡き母のことを思い出した。美しくはないが暖かだった、お母様。

2010-09-13 00:21:12
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@ts_p 母が死んだ日、家に美しいが悪い女が入り込んだ。父はアレを母と呼べと強要した。「誰があんな踊り子上がり」。空唾を吐く。ふた月後、義弟が生まれた。滋比古は父も義母も避けるようになり、そして、こうなった。入り組んだ角を何度も曲がり、簡易宿泊所に差し掛かると、カッと蹄の音。

2010-09-13 00:22:06
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「プリンス様がもう来たのかい」。頭上から女の声。「誰だ」。睨み付ける滋比古。「アタシはジェントル曲馬団の馬術芸者、馬夫人さ」。大女だった。青毛の太った馬に横座り。胸下には前結びした帯のような、莫迦げた大きさのリボン。足首まで覆う長いスカアトは、丸く膨らんでいる。

2010-09-13 00:22:51
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「曲馬に聞いたぞ。お前はお千代の死骸を見たろ」。滋比古は人差し指を突きつける。馬夫人は視線を外し、「こいつァ、アタシの亭主のロッポンさ。六本脚だからロッポン」。言いながら、鞍の下に敷いてある地べたを這う飾り布を、ちらと摘まんだ。鐙の真下に、もう一対の蹄が見えた。

2010-09-13 00:23:26
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「そんな子供騙しに乗るか。薄暗い中で布越しに」。滋比古は、張りぼての脚だと断じた。馬夫人は布を離し、膨れる。「亭主に挨拶しとくれよ」。「やだね。馬にぞ」。 「いいのかい。そんな口利いてさ」。「ふん。無駄口叩く暇があったら、お千代の死骸がどうだったか教えろ」。

2010-09-13 00:24:03
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 馬夫人は益々膨れたが、「まぁいい」。と折れた。「団長の命令だからね。教えるよ。お千代は仰向けに倒れてた。口から血がいっぱい溢れてて、泡も噴いてた」。「笑ってたって訊いた」。「団長が言うなら、そうだろ」。「お前に訊いてるんだ」。「お千代はね、半年前に家族になった」。

2010-09-13 00:25:14
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「まだ小娘でなにも出来ないから、お巻の的をやらせたんだ。目隠ししたナイフ投げの的で、笑えると思うかい? あの子が笑ってるのなんて、団長が教えてくれるまで、只の一度もアタシは見たことはないよ」。馬夫人は青毛の首を愛しげに撫でる。

2010-09-13 00:25:55
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「まだ十二歳。長いおさげが内緒の自慢だったけど、お巻がやっちまってね。ワザとじゃないんだよ。うっかりナイフが反れて、右のおさげを切っちまった。お千代が死んだのは、次の日さ。お巻は眠れないほど悔やんでいるさ」。馬夫人はロッポンに軽く鞭を入れた。

2010-09-13 00:26:39
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 後頭部高く一つに結ばれたその髪が翻り、夫の尻尾と同じ動きをする。「アタシの話はこれだけさ。夫はあいにく無口でね」。「待て、まだ話は」。「終わったよ。アタシは早く帰って休むんだ。もう臨月なんでね」。唖然とする滋比古。馬夫人とロッポンは悠々と去って行った。(第参話了)

2010-09-13 00:27:38
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 失礼して自主トレ投下します。『嘘つき曲馬団』 第肆(し)話。三ツ首並んで姦しムスメ。【その1】 (8分割) 。 #tknk

2010-09-20 01:01:50
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p薄暗い電灯の下、滋比古は、掌に走る幾本もの黒い筋を指でなぞる。無意識の仕草だ。焼け火箸の痕。あの女がつけた。「母様と呼べ」と迫り、拒むと掌を焼いた。 そして「この子は火遊びの悪い癖が」と父親に泣きついた。その度ごとに、父は滋比古を殴った。

2010-09-20 01:02:40
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p義母は情(じょう)から母と呼ばせたがったのではない。滋比古の胸の内に生きる母を、殺す意味での所業。言われなくとも伝わっていた。小さな掌に隙間が無くなりかけたある日、滋比古は屈した。「母様」と呼んだ。義母の薄い唇が、勝利の形に吊り上がる

2010-09-20 01:03:31
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