桐島騎也氏による、日米開戦経緯を巡るツイート
- tetteikaikyou
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いわゆる「ハル・ノート」は合衆国側が、到底日本側が呑めない条件を突きつけてきたというツイートがありますが、実態は逆です。 日本側対米交渉案であった甲案・乙案の方こそが、合衆国側にとっては話にならないほど酷い提案だったんですよ。
2013-05-18 03:06:59当時の日本の最優先事項は、「対米戦回避」ではなく、「国内的な対立の先送り」なんですよ。 そもそも対米交渉の切り札だった乙案にしてからが、陸軍参謀本部と外務省の妥協の産物に過ぎないんですよ。
2013-05-18 03:11:47日本は国策遂行要領で「12月1日(11月30日24時)までに(甲案・乙案により)交渉が妥結しなければ開戦する」と国内的な取り決めがなされていたわけですから、いわゆる「ハル・ノート」が来なくても開戦していたでしょう。
2013-05-18 03:24:36「公文書に見る日米交渉 昭和16年(1941年)11月1日 第66回大本営政府連絡会議(議題:国策遂行要領再決定、対米交渉要領決定) 」(http://t.co/fLa9Evip8N)
2013-05-18 03:26:13それと、いわゆる「ハル・ノート」の性質としては、日本側交渉案である乙案に対する拒否であると同時に、ハル国務長官による試案でした(前段に「厳秘、一時的にして拘束力なし」とあります)。
2013-05-18 03:31:29「公文書に見る日米交渉 昭和16年(1941年)11月27日 野村・来栖両大使、ハル米国務長官と会談、ハルは「乙案」を拒否し所謂「ハル・ノート」を手交」(http://t.co/4Mit6hC9gt)
2013-05-18 03:33:03未だに「ハル・ノート」悪玉論は根強くあるようですが、ゆう氏のサイト(http://t.co/9ub1rB5dtB)が、悪玉論に対するカウンターとしては、よくまとまっていますね。
2013-05-18 03:41:25「コミンテルン陰謀説(1) 「ハル・ノート」はソ連製?」(http://t.co/hOVmOkZKwj) 「コミンテルン陰謀説(2) 元KGB工作員パブロフの証言」(http://t.co/txsRHrgffe)
2013-05-18 03:47:44日米開戦経緯については、ゆう氏のサイト「南京事件-日中戦争 小さな資料集」(http://t.co/9ub1rB5dtB) をお薦めします。
2013-05-18 03:51:47東郷外相や野村駐米大使が戦争回避に向けて懸命に努力していたのも事実です。 東條首相に同情したくなる気持ちもあります。 でも、「ハル・ノート」悪玉論は間違っていますよ。
2013-05-18 04:13:14「「日米開戦」まで1ヵ月(3) 「ハル・ノート」は「天佑」」(http://t.co/l7qCNIRyOd) を久し振りに読みましたが、やはり、日本側(陸海軍)には合衆国に対する根強い不信感があったということですね。
2013-05-18 06:15:55まあ、合衆国側にも日本(人)に対する人種偏見や(それに基づく)過小評価や(日本の意図や能力に対する)読み間違いがありましたから、ある意味ではお互い様ではあります。
2013-05-18 06:17:44といっても、あくまでも国内的なものとはいえ、(開戦決定には)日本には日本なりの合理性があったとはいえると思います(当時の政策決定者が狂っていたとかではなく)。
2013-05-18 06:21:13