【twitter小説】イミルアの心臓#4【ファンタジー】
市長はゆっくりとこちらに歩いてくる。そのひび割れた鎧の隙間からは赤く錆びた砂が零れおちて血痕のように地面に赤い花を咲かせていた。 「イルミア……オオ……イルミア」 彼の現れた入口からは次々とがらくたが現れ市長に取り込まれていった。 91
2013-08-13 18:58:30錆びたミシン、陶器の人形、本や機械……様々ながらくたが狭い入り口を押し開けるようにあふれ出しては市長の鎧に纏わりついていく。まるで別の生き物のように脈動し、セラミックタイルの床に触れてガチャガチャと騒がしい音を立てた。 92
2013-08-13 19:04:45「オオオオオ……オオオ……」 もはや市長には意思のようなものは感じられなかった。イミルアを渇望する意思だけが彼を突き動かしているように見えた。しかしイミルアに近づこうとするものの、がらくたが手足に纏わりついて足を引きずるようにしか進めない。 93
2013-08-13 19:11:31「市長、虚像に囚われすぎてその身までも虚像になってしまったか」 フィルは自分の着ている青いコートを脱ぐと、それを静かに横たわるイルミアに被せる。 「心臓の無いものは虚構だよ、それに囚われてはいけない」 そしてコートを取り払う! 94
2013-08-13 19:18:35カラールは驚いた。いままでイミルアが横たわっていた水の無い湯船から、彼女の姿が跡形も無く消えていたのだから。 「ウオオオオ!! イルミア……」 狂ったように咆哮する市長。その身からはまるで血しぶきのように赤く錆びた砂が噴き出す! 95
2013-08-13 19:56:24そのままフィルはその青いコートを右手に巻きつけると、助走をつけて市長に飛びかかった! 「残念なもんだよ、こんなに近くにいるのに気付かないほど視界を失っていたんだ!」 右手が市長の鎧を貫く! 96
2013-08-13 20:05:57フィルは何かを市長の鎧から引きずり出すと、それを青いコートで優しく包んだ。そう、彼女は……シンクアイだ。彼女は赤く錆びた砂まみれで着ている服もぼろぼろだった。意識も無いようで目をつむったまま動かない。 97
2013-08-13 20:20:38カラールははっと何かに気付きシンクアイに駆け寄る。 「僕にはわかる……君は僕の失くしたものだって」 彼は優しく彼女を抱き寄せると優しく顔についた錆をぬぐった。優しく……とても優しく。 98
2013-08-13 20:25:08市長の虚像は、叫び声をあげながらがらくたたちを身に纏い、セラミックプレートの壁を粉砕して外へ駆けだしていった。あんなに地下深く潜っていたはずなのに、壁の向こうは地上の庭だった。穴から見える街並みはもう朝を迎えようとしている。 99
2013-08-13 20:30:01シンクアイは赤い砂まみれで気を失っていたが、ゆっくりと目を開けた。 「カラール……こんなところまで、追いかけてきたんだね」 彼女の面影は、どこかイミルアの虚像に似ていた。 100
2013-08-13 20:35:04だが幼いころの美貌は無くなり、大人びて普通の女性に成長していたのだ。 「私は変わってしまった……この埃と蜘蛛の巣だらけの館で眠るうちに……美しさを失ってしまった」 そう泣きそうな声で言うシンクアイをカラールは強く抱きしめた。 101
2013-08-13 20:42:06「過去を手にいれたいんじゃない、僕は君と歩く未来を手にいれたいんだ」 カラールはそう言ってシンクアイの目を見つめる。 「昔のことなんか忘れよう。その方が、君はきっともっと美しくなれるさ」 102
2013-08-13 20:48:45レッドは照れながら、フィルに向かって囁いた。 「一件落着かな」 「ああ。今日もいい観光が出来たな」 そして二人は笑い合った。それを見たカラール達は逆に恥ずかしくなったようだ。 103
2013-08-13 20:57:09フィルは市長が走っていった後に残された落し物をひとつ見つけた。それは付箋がたくさん貼ってあるよれよれのくたびれた観光ガイドブックだった。手帳サイズで携帯しやすいものだ。 104
2013-08-13 21:02:02「市長さんどこまで行っちゃったんだろうなー」 「恐らく自分が今まで溜めこませた忘れ物をそれぞれ皆に届けるまで走り続けるんじゃないか?」 フィルは観光ガイドブックをぺらぺらとめくる。そしてにやりと笑った。 105
2013-08-13 21:09:13「さ、街のみんなが気付く前に脱出しようぜ!」 カラールとシンクアイ、そしてフィルとレッドは急いで館を脱出した。残った痕跡は市長の機械巨人の残骸だけだ。 106
2013-08-13 21:13:49昼下がり、忘却の街のカフェテリアでフィルとレッドは紅茶を飲んでいた。街は市長がいなくなり騒がしくなっている。しかし人々の顔は晴れ渡り笑顔が溢れていた。フィルはくたびれたガイドブックをめくってはニヤニヤと笑っている。 108
2013-08-13 21:28:02街のひとは急いで街を飾りつけ、埃を被った屋台を引っ張りだしている。 「この街もすぐ観光客が訪れるようになるんだろうなぁ」 「喜ばしいことだ」 レッドはガイドブックを読んでばっかりのフィルを見るが視線が合わない。 109
2013-08-13 21:31:34彼はガイドブックを取り上げ、フィルを睨んでいった。 「もう次の観光を考えてるのか、もっとこの街を楽しもうぜ」 「あはは、ごめんよ」 フィルは笑って紅茶を飲む。 110
2013-08-13 21:35:21「しかし次の観光地は凄いとこだぜ」 フィルはガイドブックを指差す。言われてレッドはガイドブックに目を通す。 「モスルートの黒い聖櫃か……そんなの……ん!? えっ、マジかよ」 フィルはその反応を楽しんでいるようだ。 111
2013-08-13 21:39:26「こうしちゃいられない、フィル、さっさと行くぞ!」 「まぁ、ゆっくり行こうぜ」 フィルは後になって思う。この遺失物の館は決して過去を取り戻すだけのものではない。 112
2013-08-13 21:42:41