【twitter小説】イミルアの心臓#2【ファンタジー】
遺失物の館は赤褐色のレンガが白い漆喰で固められた古い様式の建物だった。玄関の扉は開いている。鍵を入れる場所も無いようだった。館の中は闇に包まれていたので、フィルは光源を浮遊させる。光源……光の玉が宙に浮かび辺りを照らした。 34
2013-08-05 19:14:16光源は帝都でよく売っている商品で、魔法が使えない市民のためのものである。魔力が封じ込まれたシリンダーを球体に差し込めば球体は発光し宙に浮かぶのだ。小さい石のような別の部品があり、それをポケットに入れておくと球体はそれを追従する。 35
2013-08-05 19:18:21館の中は確かにたくさんのがらくたで埋め尽くされていた。だが、それは奇妙なことに進路を塞ごうとはせず積み上がっている。がらくたは埃まみれで、あちこち蜘蛛の巣が張っていた。豪華なシャンデリアもいまは光を灯すことは無い。 36
2013-08-05 19:22:02「市長はなんであんなに観光客が憎いんだろうな」 「観光客に持ち帰ってほしくない忘れ物があるとか……?」 「なるほど、それを観光するまで帰れないな」 館の中は酷く静かだった。二人の靴の音だけが響く。 37
2013-08-05 19:26:34しかし本当にそんなものがあるのだろうか? がらくたはどれも日用品だとか、おもちゃだとか、古びた道具とかありふれたものばかりだった。しかしそれも、失くしたひとにとっては大切なものなのだろう。 38
2013-08-05 19:30:56「ここに俺達の失くした物も眠ってるのかな」 「あると思うけどね……おや?」 フィルは耳を澄ます。足音が二人以外にももう一つ聞こえるのだ。 「レッド、誰かいる。念のため隠れよう」 39
2013-08-05 19:35:50二人は光源をコートの下に隠し、がらくたの陰に身を寄せた。遠くに別の光源がちらつくのが見える。遠くながらも光源の主ははっきりとわかった。ボロボロのマントに色あせたターバン、カラールだ。 「あいつもこっそり忍びこんでいたのか」 40
2013-08-05 19:39:36追いかけようとするが、何故かどんどん遠くなっていく。声をかけても届いている様子は無い。二人は走ってみるが、距離は縮まらないどころか広がっていくのだ。 「なんだ、変だぞ。空間がおかしい」 とうとうカラールを見失ってしまう。 41
2013-08-05 19:44:10「おい、この館ってこんなに広かったっけ」 二人は気づけば巨大な立体迷路の中にいた。あちこちにがらくたが積み重なり、小さな光源だけでは照らしきれない巨大な闇が広がっていた。 42
2013-08-05 19:48:37「空間がねじ曲がっているな。この館自体が巨大な魔法装置なんだ」 不意に二人の前に人形が現れる。それは手に包丁を持った子供くらいのサイズの大きな人形で、顔には笑顔が描かれている。人形はゆっくりと歩み寄ってくる……。 43
2013-08-05 19:56:57「あ、どうもこんにちは」 挨拶するレッドに向かって人形が襲いかかる! レッドは器用に包丁を避けながら逃げる、逃げる! 「おいフィル、心霊現象だ! どうなってんだ」 ところがフィルにもがらくたの群れがにじり寄ってくるのだ。 44
2013-08-05 20:01:06レッドは人形の手から包丁を落とすべく手刀を繰り出す。だが、人形は綿が詰まっているようでふにゃりと折れ曲がるばかりだ。そもそも包丁は不思議な力で手に貼りついている。 「人間を捌いちゃいけないって学校で習わなかったのかよ!」 45
2013-08-05 20:07:40フィルは飛びかかる掃除機に行く手を阻まれレッドに加勢できない。掃除機はブルンブルンとホースを振り回し、さながらフレイルのようだ。フィルは緑のマフラーを解き、うまく両手で操って掃除機の攻撃を凌ぐ。 46
2013-08-05 20:13:15「どうしたんだこれは。まるでポルターガイストじゃないか」 フィルは緑のマフラーを掃除機に絡ませると、逆に掃除機を振り回した! 掃除機はぐるぐると振り回された後闇の向こうへ放り投げられる。 47
2013-08-05 20:17:50だが次なる障害がフィルを襲う。タンスがズシンズシンを歩きながら間を塞ごうとしてきたのだ! これではマフラーで対応できない。二人は延々邪魔をしてくるがらくたに次第に体力を消耗していった。 48
2013-08-05 20:22:30四方八方から家具や道具が飛びかかり、人形たちは歩いて二人を包囲する。周囲のがらくたが二人に牙をむき二人は逃げることしか出来ない。反撃して殴ったりしてみたものの、効いている様子は無かった。 「どうすんだ、このままじゃ……」 49
2013-08-05 20:33:03そのとき、甲高いホイッスルの鳴る音が聞こえた。がらくたたちは一瞬動きを止める。その隙に二人は包囲を突破することが出来た。 「こっちだよ! はやく、逃げて!」 ホイッスルを持ち物陰から手招きする人物が一人。 50
2013-08-05 20:39:01「助かる!」 フィルとレッドはその人物……一人の少女に導かれ館を走る。やがてがらくたの群れは3人を見失ったのか、追いかけてくることは無かった。 「危ないところだったね。私はシンクアイ」 51
2013-08-05 20:44:21少女はひらひらの服にレギンスを穿いたどこにでもいそうな娘だった。髪は長く後ろで結んでいる。フィルとレッドはシンクアイに自己紹介と挨拶をする。 「危ないところだったよ。あのままやられていたら忘れ物たちのしもべになっていたところだよ」 52
2013-08-05 20:50:18シンクアイは二人に話し続ける。 「観光客が途絶えてからというもの、忘れ物たちは自分を迎えに来るひとが来なくて気が立っているの。ああして実力行使に出て犠牲者に取り憑いて脱出しようとしてる。気をつけてね……」 53
2013-08-05 20:55:46「それもこれも市長が悪いの……」 シンクアイはこれまでのいきさつを話した。市長に就任の後、彼は記念に自分の忘れ物を探しにこの館を訪れたという。そこで、どうしても手に入れたいある忘れ物を見つけたというのだ。しかしそれは市長の忘れ物ではなかった。 54
2013-08-05 21:02:34その忘れ物は市長を拒絶した。空間はねじ曲がり、市長は館の外へ弾き飛ばされてしまった。市長は誰かによってその忘れ物が持ち去られるのを恐れた。そして、館は閉鎖され観光客は殺されるようになったというのだ。 55
2013-08-05 21:09:49「その凄い忘れ物というのは……」 「イミルア……という名の女性」 「なるほど、さぞかし美人なのだろうな」 シンクアイはそれを聞くと思いつめた表情で俯いた。 56
2013-08-05 21:15:50