即興小説”深夜特急”「第二種永久機関」

立夏🕊獣の仕業/D.C.Inhighs @ritsu1125

こんばんは。まもなくTwitter即興小説「深夜特急」三発目が発車します。そういえば明日は月曜日でしたね。皆様あまり夜更かしなされませんようお気をつけください。途中乗車途中下車大歓迎です。 #深夜特急24

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そして今回はお題を貰いました。藤長由佳さん@folofolof「永久機関」、伊織夏生さん@iori_natsuo「誰か死ぬ！」、水川美波さん@mimo_imo「餃子」、年代果林さん@KarinNendy「拓かれなかったニュータウン(あるいはそこから来た誰か)」 #深夜特急24

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即興小説深夜特急「第二種永久機関」 #深夜特急24

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永久機関1◆＜実際私達の身体のある部分は毎日新たに入れ替わっています＞ ツカサがひとりで暮らすようになってから三年経ったらしい。母は中学の同窓会で十年振りに故郷の東京に帰りトミツと言う男と出会って意気投合した。それきり帰って来ない。元々母は京都が好きではなかった。 #深夜特急24

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永久機関2◆月に一度母からツカサに電話が掛かって来た。母から電話が来る時、母は決まって泣いているそうだった。泣きながら「私にはツカサしかいない」、「帰る。今からラクセイ帰る」と言う。電話の向こうからは大抵男の怒鳴り声が聞こえて来る。ツカサはトミツと面識がなかった。 #深夜特急24

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永久機関3◆電話の翌日からツカサは学校に来なくなる。家から出なかった。母が家の鍵を持っていなかったからだ。ツカサは学校を休んでいる間、一日に一度ベランダに立つ。マンションの8階からはツカサが住んでいる町並みが見える。二本先の通りにはバス停が建っている。 #深夜特急24

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永久機関4◆ラクセイの街に徒歩で行ける駅はない。駅からはバスで20分だ。建設直後には「暫くすればここにも地下鉄が来る」と噂され、だから母はここに住むことを決めたのだが、いつまで経っても線路は延びてこなかった。近くに大学があったがそれも二年前移転してしまった。 #深夜特急24

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永久機関5◆ツカサが学校を休み続ける間連絡を取る同級生はいなかった。ツカサには友達がいない。挨拶程度の知り合いが何人か居たようだが両親の仕事の都合で皆転校してしまった。残った子供達の親も、今年の子供の卒業をきっかけに都心へ引っ越す計画を立てている世帯が多かった。 #深夜特急24

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永久機関6◆＜第一種永久機関とは入力なしに出力を続ける事が可能な装置のことです。しかしこれはエネルギー等価法則に反するため18世紀には実現が不可能な事が証明されています。法則に反する事無く内部にエネルギーを保持する仕組みを持つのが「第二種永久機関」です。＞ #深夜特急24

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永久機関7◆最後の電話から六日ぐらいでまた電話が掛かってくる。電話の男はトミツと名乗る。「お母さん、もう少し東京にいることにしたって。ごめんねって言っておいてって」それから更に一日待つと母から口座に纏まったお金が振込まれている。ツカサはその入金で生活をしていた。 #深夜特急24

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永久機関8◆＜私達の身体のある部分は毎日新たに入れ替わっています。ある部分は何ヶ月かで替わり、ある部分は何年もかかります。そして数年ごとに私達は全く新しい肉体に生まれ変わっているのです＞ この街はあと二十年で停止するだろうとツカサは私に言った。 #深夜特急24

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永久機関9◆二十年。それがツカサの担当であった私が、最後にツカサに確認したラクセイの寿命だ。 #深夜特急24

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永久機関10◆母からの入金を確認するとツカサは再び登校を始めた。それがほぼ毎月の頻度で繰り返された。 ツカサは学校では非常に素行のいい生徒だったそうだ。友人を作らない事を除けば気になる点はなく、成績も良く、教師に逆らう事もなかった。 #深夜特急24

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永久機関11◆それが原因かは分からないが、信じられない事にツカサの母親が京都に居ない事をクラスメイトも教師も全く気がつかなかった。ツカサの中学校は成績の悪い生徒や素行の良い生徒には厚い対応をしたが、できのいい生徒に関心を払うタイプの教育機関ではなかったのだ。 #深夜特急24

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永久機関12◆だから私に連絡をして来たのは教師でもクラスメイトでもましてやツカサ自身でもなかった。ツカサは自分の生活を他者に変えて貰いたいとは思っていなかった。私がツカサの事を知るのはある中華料理チェーンに勤めるパートタイムの主婦からの電話だった。 #深夜特急24

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永久機関13◆自分が働いている時に良く持ち帰りされる子がいる。夜に来るだけなら気にならなかったが連日昼過ぎに来る事もある。あの子はちゃんと学校に通っているのだろうかとパートの皆で心配している言う旨の電話であった。 #深夜特急24

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永久機関14◆ラクセイニュータウンが作られたのは昭和五十年頃だ。私もツカサもまだ産まれていない。ツカサの母がツカサの父親と京都に来たのは十年前、まだツカサは幼かった。母は東京の女だったがツカサは東京を知らない。 #深夜特急24

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永久機関15◆ラクセイは商店街や商業施設が集まるエントランス、戸建の家が建並ぶ中央、そしてニュータウン外周─団地の遠景に京都の山並みが見えるこの街の大部分にあたる地区─の三つに分けられる。 外周地区の団地はベージュ色の等しい形で通りにそびえ立つ。#深夜特急24

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永久機関16◆中央は都内の住宅街と変わりないがここらは外側に行くほど道幅が広くなっていく。四車線の真っ直ぐに続く桜並木を暫く進むとこの街唯一の総合病院が遠くに見え始め、その脇の団地の8階にツカサは住んでいた。長く歩き体温が上がっていた。桜はまもなく散るだろう。 #深夜特急24

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永久機関17◆縦長の茶色いチャイムを押すとリンロン・と懐かしいような音色がする。幾ばくか待っても応答がないので更に十秒待ってからもう一度押すと今度はすぐに扉が開いた。5cm程開いた扉の隙間からは何の声もしない。 #深夜特急24

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永久機関18◆＜否定的な思考やストレスは、身体や脳の機能を、大幅に低下させる事が分かっています＞その5cmの隙間に向かって、私は自分の役職と名前を名乗った。そして「もし良かったらお母さんと話をさせて欲しいんだ」と伝えた。 #深夜特急24

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永久機関19◆五秒程の沈黙があってから「ジソウの人？」と聞こえたので、私は自分のできる限りの優しい声色でそれを肯定した。すると、扉がしっかりと開かれた。「入って下さい」とジャージ姿のツカサは言った。核家族向けの2DKだった。それぞれの部屋はこじんまりとしている。 #深夜特急24

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永久機関20◆「すみません。」ツカサが床にある幾つかの縛られたビニール袋をキッチンのゴミ箱に押し込んだ。「人が来ると思っていなかったので」床には、パートの主婦が働いている店の見慣れたロゴが描かれた袋が何袋も置きっ放しになっている。 #深夜特急24

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永久機関21◆部屋の中心には炬燵が出たままで、ツカサが買い込んだであろう使った餃子のタレの袋や割箸やクーポンもそのままになっていた。そのせいか部屋一帯に薄い酢醤油のような匂いがする。ツカサはクーポンを手に取り私に差出してきた。私が炬燵の上を見つめていたからだろう。 #深夜特急24

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永久機関22◆いや・と否定しかけるとツカサがそのクーポンを切り取ってビール200円の部分だけを私にまた差し出してきた。「飲みますか、お兄さんは」私は苦笑いをしてそれを受け取る。「餃子は、母が良く作ってくれたんです」ツカサが窓の方を見ながら呟いた。 #深夜特急24