【魔法少女まどか☆マギカSS】 ラブアフェアー・アンド・ニンジャ 【ほむさや】
- sizuoka074
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美樹さやか・十六歳。推薦で進学校に行った友人・仁美と恭介が別れたと聞く。少し心苦しく思ったが、時間の問題だとは理解していた。恭介が愛しているのは楽器であって、生身の女性は単なる嗜好だ。それを理解するまでに、さやかは十年の月日が要った。
2014-04-19 15:29:17上条恭介は芸術家だった。繊細で、傷ついた時に奏でる音色は普段の百倍も雄弁だ。落ち込んだ様子の恭介と、さやかは話をするようにした。しかし、それが間違いだと気付くまでには二ヶ月ばかりの時間を要し、気付いた頃にはもう遅かった。
2014-04-19 15:32:03「いつも傍にいてくれてありがとう」そう微笑む彼の視線は、恐らく恋をしていただろう。かつて思いを寄せていた幼馴染みだ。嬉しくないとは思わなかったが、幸福だとも思えなかった。さやかにはすでに恋人がいて、傍にいたいと考えていた。鈍い振りをしてその場を交わし、さやかは一人、思い悩んだ。
2014-04-19 15:34:56「別の人の事を考えてるのね」すぐ隣で悪魔が嗤った。艶めかしく広がる黒髪は、まるでさやかを縛る鎖のようだ。胸に這わせてきたその指先に、かつてあった指輪はない。手を握るとくすりと笑い、首筋に鼻を寄せてくる。こそばゆく、それこそがさやかの幸福だった。
2014-04-19 15:38:49「恭介に惚れられてるらしくってさ」「あなたも相当罪な女ね」「茶化さないで。割と困ってる」「一度寝てみればいいじゃない。男とヤった魔法少女、きっとみんなの話題になるわ」「ひっどい女」慰めの言葉を掛けられるなど、端から期待はしていない。枕元の煙草に手を伸ばし、ほむらがそれを絡め取る。
2014-04-19 15:42:25「彼のこと、どうするつもり?」口を塞がれ、答えられない。だが、どう答えるべきだっただろう。さやかという名前にありながら、今のさやかは清らかではない。身の回りにある不正や悪と、折り合いを付けながら生きている。
2014-04-19 15:49:19恭介についても同様だった。仁美に振られたそのすぐ後で、かつて振った女に想いを寄せる。二年前のさやかなら、彼に怒りを覚えただろうが、今は彼に同情し、自分の愚かさに失望していた。恋破れた人に情けを掛ければ、しばしばそういう間違いになる。さやかの体に触れる女が、まさしく事実を象っていた
2014-04-19 15:53:57「ケリはつけるよ」「あなたにできる?」「できるよ。きっと、辛いだろうけど」ほむらを抱きしめ、さやかは言った。明日は見回りだったが祭日だ。彼女を朝まで愛することに、なんの問題も感じなかった。
2014-04-19 15:58:00「では美樹さんと桑原さんはこの地区をお願いします」「わかりました」「どうもよろしく」翌日、首筋にいくつかの絆創膏を貼り、さやかは仕事先に向かった。場所は見滝原と風見野の境、山の麓に掛かった場所だ。見滝原の発展によって影が差し、ほぼ無人となった町だった。
2014-04-19 16:02:21「どうも美樹さやかです」「どうも桑原です」始めて会った新人と、さやかは互いにお辞儀を交わした。挨拶は大事だ。制服姿のままジェムを持ち、魔獣を探索しに市内へ向かう。楽な仕事のはずだった。かねてより見回りの少女達から目撃情報がいくつもあり、発生場所も特定していた。
2014-04-19 16:05:19「今日は一緒に頑張りましょう」「はい。美樹さんと見回りできるなんて夢みたいです!」十三歳の桑原ユキは、眩しいほどに新人らしい。昔の自分もこうだったのかとなんとはなしに思ったが、たかだか二年前の話だ。大した成長もしていないので、桑原の視線はやや窮屈だった。
2014-04-19 16:11:14廃墟と化したビルを見つけた。高さはざっと六階建てで、『オムラ・モーター』の看板がある。安普請で捨てられたのか、コンクリートはいくらか剥げ落ち、『KEEP OUT』のロープによって入り口は封鎖されていた。
2014-04-19 16:17:36「ここで待ってて。あたしが中を確認するから」「一緒に行かないでいいんですか?」「見回りだって初めてなんでしょ。少しずつ慣れなきゃいけないからね」物言いたげな桑原を置き、さやかはビルの中へと入った。魔獣の気配を確かに感じる。変身を遂げ、剣を手にする。精神はほど良く緊張していた。
2014-04-19 16:20:36黴臭い屋内を一見無造作に歩くさやかは、いつでも反撃が出来る姿勢だ。その気になれば一秒かからず、襲撃者を切り伏せられる。故に、さやかの頭上から音も立てずに迫った刃も、間一髪で回避が間に合う。風切り音が首筋を撫で、髪の毛が一房宙に舞う。驚嘆するべき早さを持つ、まさに致命の一撃だった。
2014-04-19 16:25:20『◆◆◆◆◆◆』さやかは三回側転して姿勢を正し、魔獣の姿をそこで目にし、そして我が目を疑った。敵は忍者だ。柿色の装束を着て、顔には鋼鉄製の面頬。薄い金属の折り重なった手甲を付け、腰には巾着をぶら下げている。
2014-04-19 16:29:43『◆◆◆◆◆◆』魔獣は三回後転すると、その勢いでお辞儀した。魔獣の発する声なのだろうか、ノイズめいた音が発され、魔獣がゆっくりと体を起こす。戸惑うさやかが眉をしかめ、次どうするべきかを考えたとき、魔獣は三回転しながら鋭くジャンプし、何かをさやかに投げつけてきた。……手裏剣!
2014-04-19 16:33:34『◆◆◆◆◆◆!!』驚愕する間は少しもなかった。耳をつんざくノイズと共に魔獣は部屋中を飛び回る。壁を蹴る。天井を蹴る。蜘蛛めいた三次元的動きで跳躍し、嵐の如く手裏剣を打つ。決断的に繰り出される猛攻は、まさに達人の技前だ。
2014-04-19 16:39:11『◆◆◆◆◆◆』「ッ!」すんでの所で手裏剣を避け、直感で構えた剣に衝撃。手甲による拳撃だった。さやかとて並の実力者ではない。およそ早さ比べにおいて、この見滝原でさやかを上回ることが出来る魔法少女は片手で数えきれるだろう。魔獣の早さは生中ではない。
2014-04-19 16:46:19『◆◆◆◆◆◆!!』ついに手裏剣が足に突き立ち、さやかはたまらず膝を突く。破れかぶれで剣を放つが、かすりもせずに壁に刺さる。もはやこれまで。覚悟を決めるさやかだったが、迫り来る魔獣の体に、なにかが横合いから激突し、壁を打ち破って外へと押し出す。
2014-04-19 16:50:04「み、美樹先輩!大丈夫ですか!?」外で待っていたはずの桑原だった。手には巨大な金槌を持ち、震える足で立っている。「ご、ごめんなさい……じっとしてられなくて……」「……いや、助かったよ。危ないとこでさ」足に刺さった手裏剣を抜くと、さやかは桑原の肩を借り、桑原の抜いた壁に近付く。
2014-04-19 16:53:20「忍者の、魔獣?」「そんなの聞いたこともないです……」呆然と呟き、五階の壁際から中庭を見下ろす。簡単な仕事のはずだったが、空には暗雲が立ち込めている。「敵は忍者……か」さやかは血の滲む頬を押さえ、中庭の奇妙な物体を見た。雑草の生い茂る正方形をした空間、そこには青い鳥居があった。
2014-04-19 16:59:20「平安時代、あの辺りには藤原氏を分家とする豪族の屋敷があったそうよ」その夜、髪を梳かすさやかの後ろでほむらは書類を整理していた。揃いのシャンプーが香る彼女は、ベッドの上に足を投げ出し、赤いフレームの眼鏡の下で、せわしなく視線を動かしている。
2014-04-19 17:08:10「あの青い鳥居にも伝説がある」「聞かせて。あれがどういうものか」さやかも書類を手に取った。並んでいる字は、ほとんど人名。家系図というものだった。日本史に縁の薄いさやかでさえ知っている名前がいくつか見えるが、ほむらの語ったその豪族は、まるで聞き覚えのないものだ。
2014-04-19 17:12:07政敵によって謀反の濡れ衣を着せられた藤木戸は、朝廷ととある取引をした。家督を守る長女を差し出すことで、追求を逃れようとしたのだ。「だけど藤木戸乃矢本には想いを寄せる男性がいた。名も無き武官の一人だそうよ」
2014-04-19 17:21:17