セラフィリアの庭園#4
(あらすじ:魔竜との交渉にセラフィリアの庭園を訪れた竜族の青年クルームと人間の娘リンサ。激しい戦いの末門番をしていた化け物を倒すという試練を打開した二人。とうとう、セラフィリアの居城へと侵入を開始する)
2014-05-10 16:37:37クルームとリンサは真っ直ぐセラフィリアの居城の内部を進んだ。城内は重力がめちゃくちゃになっており、壁や天井を歩いたりして進むことになった。進む当ては最初なかった。だが、城に入った所から、親切にも看板や張り紙で進行方向が指し示してあるのだ。罠かもしれないが。 90
2014-05-10 16:44:43城内は白亜の綺麗な岩でできており、化石や石がうっすらと見える。壁や床、天井自体が発光し蝋燭や電球等は見られなかった。そんなものがあったら重力のせいで壁や天井を歩いたとき踏みつぶしてしまうかもしれない。家具や調度品の一つも無い無味乾燥した場所だ。 91
2014-05-10 16:48:17やがて二人は真っ白な劇場へと辿りついた。段々になっている椅子も、絨毯の床も、のっぺりとした凹凸のない壁もすべて真っ白だ。舞台に降りたカーテンだけが薄い桃色をしていた。劇場への入り口は一つしかなく、ここが終着点に思える。「ここにセラフィリアがいるのか……?」 92
2014-05-10 16:55:55すると、ガタガタと機械の音がして桃色の幕がゆっくりと上がっていった。舞台の上には……椅子に縛り付けられた一人の青年がいた。舞台役者のような極彩色の服を着て、ぼーっと前を見たまま動かない。「アリケル!」 リンサは彼の名だろうか、男の名前を叫んで駆け出す。 93
2014-05-10 17:00:33「アリケル! ずっと会いたかった! セラフィリアが返してくれたんだね……ここまで旅をしてきてよかった! これからはずっと一緒だよ」 リンサは青年に抱きつき、頬ずりをする。彼女の眼には涙が溢れ、感極まった様子だ。青年もゆっくりと意識が戻ってきたのか目をぱちくりさせる。 94
2014-05-10 17:04:46「ああ、リンサ、会いたかった、会いたかったよ……」 青年はゆっくりと話し始めた。そしてリンサにキスを返す。青年を縛っていた縄が燃えて、灰になって消えていった。どこからかオーケストラのような音楽が流れてくる。クルームは辺りを見回した。劇場の音響設備のようだ。 95
2014-05-10 17:08:09クルームは奇妙な悪寒を感じていた。何かがおかしい。セラフィリアは何をしている……何をさせたいのだ。リンサ、そして青年の正体とは……そのとき、劇場の音響設備から柔らかな女性の声でナレーションが聞こえてきたのだ! 96
2014-05-10 17:16:47突然割れるような拍手が巻き起こった。舞台の袖から何人もの人たちが現れる。それらのひとたちは、みな道中で出会ったセラフィリアの人形たちだ。リンサと青年も、彼らに交じって拍手をしている。クルームは呆気にとられて何も出来ずに立ちつくすしかなかった。 98
2014-05-13 17:09:36「リンサ、どういうことだい。君は一体……」 答えはすぐに分かった。舞台のひとの壁が割れて、一人の女性が姿を現したからだ。真っ白い純白の鱗、人間のような顔、黄色い角、長く伸びた細い尻尾……。「セラフィリア……まさか、リンサも……冗談だろう」 クルームは理解した。 99
2014-05-13 17:15:33「いかがでしたか、私のシナリオは。恋人を探しに単身異郷の地を訪れ、試練をかいくぐり、見事に再会する……うふふ、私、こういうの大好きなのよね~」 セラフィリアはニコニコとしながらリンサの頭を撫でる。その声は柔らかく、先程聞いたナレーションと全く同じ声質だ。 100
2014-05-13 17:20:29そうだ、そういうことだったのだ。試練も、何もかも、セラフィリアの手の上だったのだ。しかしリンサが死にそうになったのも事実だ。セラフィリアは、人間たちを役者とも思っていない。ただの、人形……人形遊びの、道具に過ぎないと思っているのだ。クルームは戦慄した。 101
2014-05-13 17:25:07「使者さんも素晴らしいですねー。もしあそこで上手く戦ってくれなかったらつまらないので死んでもらう予定でしたが、やはりピンチを切り抜ける機転と勇気! 物語の醍醐味ですね~。ささ、契約を更新しましょうか? そのために来たんでしょう?」 セラフィリアが笑う。 102
2014-05-13 17:33:01クルームは表情を強張らせて背嚢から書類を出した。筒の中に巻いて入れてあり、それをセラフィリアに差し出す。セラフィリアは魔法でそれを引き寄せると、目の前の空中に制止させた。文面を確認し、魔法のインクでサインをする。「これでいいんでしょ? お疲れ様!」 103
2014-05-13 17:37:12そして書類は宙を舞い、クルームの手に戻った。クルームは丁寧にそれを巻き、筒の中に戻す。「では、これで」 そう言うのが精いっぱいだった。他には何も話すことができない。セラフィリアの存在に圧倒されて、ただよろよろと歩いて城を後にするほかなかった。 104
2014-05-13 17:47:14出口にはまだ化け物の死体が転がっていた。リンサも彼も、セラフィリアの道具でしか無い。邪悪な魔竜……こんな存在が、竜の国を越える力を持ち、野放しにされているのだ。「いつまで続くんだろう……誰が裁かれるのだろう。この舞台は……」 クルームは庭園の門をくぐり、そう思った。 105
2014-05-13 17:55:19クルームはもう一度最初来た村を訪れていた。村は当初の騒騒しさを完全に失い死んだように静まり返っていた。歓迎の幟や垂れ幕などはそのままだ。ただ、村人たちが……みな、動かないのだ。試練を終え帰ってきたクルームを迎える……その姿のまま動かなかった。 106
2014-05-13 18:10:32笑顔を張りつかせたまま、まるで蝋人形のようにみな立ちつくしている。それもそのはずだった。彼らもまた、セラフィリアの人形。セラフィリアの舞台の一部だったのだ。クルームは呆然とそれを見て、すこし目を伏せた後、踵を返して下山を開始した。この村にはもう用は無い。 107
2014-05-13 18:14:12セラフィリアの力は……セラフィリアの魔力は無尽蔵なのだろうか。魔人となったものは、自らの魔法によって永遠の若さと永遠に続く力を得ると言う。魔竜はどうなのだろうか。彼らはこのまま、好き勝手生きて、好きなようにひとを不幸にしていくのだろうか。それが永遠に続くのだろうか。 108
2014-05-13 18:26:30空気中には決して絶えることのない魔力が充満し、それは空気とともに尽きることは無い。かつて魔法を封印しようとした科学文明があった。だが、彼らのもくろみは失敗し結局は魔法の力が全てとなる文明が始まった。それが人類帝国であり、竜の王国たちでもある。それは避けられない力だ。 109
2014-05-13 18:33:03「そんなはずは無い……そんなはずは無いぞ。歪みはいつか正される……そのはずだ。だが、これは弱者の儚い夢に過ぎないのか……?」 どんなに正義を抱いても、結局は魔竜の前に頭を垂れて許しを乞うている……そんな歪んだ姿が、クルームには耐えられなかった。 110
2014-05-13 18:44:45