緋色の珈琲#3
イスルは恐ろしくて微動だにできなかった。夕陽のパイを食べようとしただけであのような酷い魔法にかけられたのだ。この珈琲を飲んだら自分の身に何が起こるか分からない。きっと酷い目に合うだろう。だが、イスルの身体はその思いとは裏腹にゆっくりと動き出した。 85
2014-06-02 17:32:56珈琲からは信じられないほど香ばしい匂いが立ち上り、甘いような落ちつく香りと混ざってとろけそうだった。その匂いを嗅ぐだけで、腕が勝手にカップの置かれた所に自然と伸びていく。脳内ではサイレンのように危険信号が鳴り響いているというのに。 86
2014-06-02 17:42:11ああ、この珈琲を飲んだら自分はもう終わりだろう。そうイスルは思ったが、同時に終わってもいいとさえ思った。魔法仕掛けのこの世のものとは思えない料理、それを味わえるならこれが最後でもかまわないとまで。 87
2014-06-02 17:49:20イスルはゆっくりとカップを手に取った。レミウェはその様子をにやりと笑ったまま見ているだけだ。あくまでイスルの欲求に任せている。それほどまでに自信があるのだろう。悔しいことに、イスルは完全に珈琲に魅了されていた。 88
2014-06-02 17:56:29珈琲を手に取ると、手のひらにじんわりとした温かみが伝わってきた。これほど激しく炎が燃えているというのに、まるで懐炉のような優しい温かさだ。香りをかぐとほろ苦く陶酔しそうな甘さが鼻腔に広がった。身体中から力が抜け、脊髄が痺れそうなほど心地よい。 89
2014-06-02 18:00:36そしてゆっくりと珈琲を口に含む。炎は湯気のように顔を撫でたが火傷をすることはなかった。レミウェが目を見開きその光景を眺めていた。口の中に真っ赤な珈琲が流れ込む。すると舌の上に苦く、痺れそうなほど甘い味が広がった。 90
2014-06-02 18:03:45その甘みは炎のように激しく、身体中を駆け廻った。電気ショックのような衝撃が神経を貫き、イスルは網膜に火花が散るのを感じた。恐ろしい味だ。今までも、そしてこれからも二度と味わうことなど無いだろう。イスルの身体中から陽炎のように炎が噴き出した。 91
2014-06-02 18:13:51ああ、焼けてしまう。イスルは自分の身体が灰になっていくのを感じる。そしてレミウェはホホホと笑っていた。闇の中を疾走する機械はバラバラになり、花火のようにはじけて火花を散らした。そして……。 92
2014-06-02 18:18:10