緋色の珈琲#3

旅人のイスルは、緋色の珈琲という不思議な飲み物を探してはるばる旅をしてきました。しかし見つけた店は少し変わっていて……。小説アカウント @decay_world で公開したファンタジー小説です。この話は#4まで続きます
減衰世界
rikumo 648view 1コメント
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  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:14:43
    (前回までのあらすじ:緋色の珈琲という名物を求めてミス市の旧市街地を訪れた旅人のイスル。彼は新装開店したというレミウェの店を見つける。緋色の珈琲ができるまでパイを味わうことにするイスル。だが、そこから不思議な世界へと誘われる)
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:17:31
     珈琲を淹れる、そうレミウェは確かに言った。この機械は珈琲を淹れるための機械なのだろうか。そういえばどこか蒸気式のエスプレッソマシンにも見える。ゴウンゴウンと機械は唸り声を上げ、振動もどんどん強くなっていく。 63
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:20:26
     ボォーッと大きく汽笛が鳴った。機械はゆっくりとレールの上を再び進み始めた。イスルは窓の外の遠ざかっていく一本のアカシアの木を眺めていた。視線を前へ戻すと、機械は夕陽の沈む場所に向かって一直線に走っていく。 64
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:28:10
     夕陽の中に街が見えた。まるで夕陽が丸窓のようになっており、夕陽に照らされた街が向こうに見えるのだ。高層建築が立ち並ぶ都会だ。イスルの視界はどんどん望遠のように遠くを映していく。硝子張りの摩天楼で、夕食を作っている人影が見えた。 65
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:31:10
     イスルは気付いてしまった。その人影が……よく知った女性であること。昔別れた娘の成長した姿であることを。彼女は幸せそうに鍋いっぱいの夕食を作っていた。彼女はあの後成功の道を歩んでいるのだ。こうして摩天楼に居を構えるまでに。 66
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:33:56
     このような大都市で暮らすにはかなりの資産が必要だ。彼女はあの後都会に進学して、高給の出る仕事につき、成功を納めたのだろう。イスルとは違いすぎる世界の住人になってしまった。 67
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:37:50
     ああ、行かないでくれ……イスルは恐ろしくなって椅子の上で身をかがめた。今のボロボロの旅人の服を着た自分を見たら、彼女は酷く失望してしまうだろう。イスルは彼女にあわす顔がなかった。もう彼女は、ずっと届かない場所にいるのだ……。 68
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:43:31
    「辛いでしょう、苦しいでしょう。人生は苦みの中にあります。苦しみから逃れて、甘露を味わいましょう。だからこそ、緋色の珈琲は生まれるのです」 レミウェの声が木霊した。今機械は夕陽の中に突入し、業火の中を進んでいた。レミウェの姿は見えない。 69
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:46:30
     渦巻く炎の中で、小屋はバラバラになりテーブルは吹き飛んでしまった。イスルは必死になって床に這いつくばる。機械はどんどん蒸気を吹きだし、ガシャンガシャンと動作を狂ったように繰り返した。 70
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:51:03
    「あらあら、素敵な苦しみのようね。身を焦がすような苦しみの炎。この炎が無ければ、緋色の珈琲は淹れることができません。苦しみこそ、最大の甘みの元になるのです」 幾重にもレミウェの声が木霊する。イスルはなすすべなく炎に炙られ、必死に壁の跡にしがみついた。 71
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-30 17:55:53
     やがて炎は消え去り、その後には静かな暗黒が訪れたのだった。 72
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 17:43:45
     闇の中を静かに機械は疾走していた。イスルはようやく炎の責め苦から解放されて、ゆっくりと立ち上がった。小屋は完全に吹き飛び、機械のパイプだけが骨格のように壁の跡に立っていた。焦げくさい匂いはあっという間に消え去り、冷たい、冬のような澄んだ空気が流れてくる。 73
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 17:46:00
     レミウェはどこへ消えたのだろうか。いまイスルはひとりぼっちで闇の中突っ立っている。あれだけ騒がしかった機械は動くのをやめて死んだように静まり返っている。ただ、僅かな振動と空気の流れで機械がいまだレールの上を走っていることだけが分かった。 74
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 17:52:46
     まるで夕陽が沈み夜になったかのような世界の変わりようだ。イスルはこの暗黒に居心地の良さを見つけた。そうだ、自分は夕陽を思いつつも、夕陽の熱に耐えきれずこの冷たい闇の中をずっと生きているのだ。それは安寧の世界だった。 75
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 17:56:59
     緋色の珈琲とは何だったのだろうか。あの灼熱こそがその正体だったのだろうか。自分はたちのわるい魔法使いに騙されてしまったな。そう思ってイスルは一人笑った。心に隙間があるものに奴らは入り込んでくる。そしてめちゃくちゃにしてしまうんだ。 76
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 18:02:38
     ともかくこのままずっと機械の上で闇の中彷徨っているわけにもいかない。どうにかして脱出せねば。夕陽の幻想から解放されたイスルはようやく平静を取り戻しつつあった。だが、小屋の跡から飛び下りれば無事では済まないだろう。 77
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 18:10:23
     行きつく先はこの機械に任せるしかない。そう思って辺りを見回したイスルは、ぎょっとした。床の上に、テーブルが用意されているのだ。先程吹き飛ばされたはずの小さな丸テーブルに赤いチェックのテーブルクロスがかけられている。 78
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 18:16:56
     そして赤いクッションの装飾過多な椅子が一つ、テーブルに用意されていた。あの魔法使い……レミウェはまだ何か企んでいるらしい。だが、一般市民が魔法使いに抵抗する術は無い。彼女の術中に乗るしかない。イスルはテーブルに座り、片肘をついた。 79
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 18:23:07
     彼は覚悟を決めた。自分の心の弱さに取りいられても、その弱さとずっと戦ってきたのは自分なのだ。正面からレミウェの魔法に立ち向かおう。やがて機械はゆっくりと振動を始め、深く深呼吸をするように蒸気を吐きだし始めた。 80
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 18:26:09
     闇の中、足場のない空間に一つの赤い灯が生まれた。それは機械の脇の空間から鬼火のようにめらめらと燃え始めた。その明かりはゆっくりと機械の外周を回ってこちらに近づいてくる。イスルはそれに気付き、身構えた。灯りを運ぶ人影が見える。そう……。 81
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-31 18:30:33
     レミウェが暗黒の空間をふわりと浮遊して歩いているのだ。あのナイフで裂いたような笑顔。手には……燃える炎を持ちながら。 82
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-02 17:23:47
     レミウェはゆっくりと床に降り立ち、イスルのいる方へ歩いてきた。手に持っているのはソーサーに乗ったコーヒーカップだ。コーヒーカップの中からめらめらと炎が立ち上っている。それは血よりも、夕陽よりも赤い緋色だった。 83
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-02 17:27:04
    「準備はすべて終わりました。これが緋色の珈琲ですよ。ふふ、冷めないうちにおあがりください」 レミウェはそう言ってイスルの横を通り過ぎテーブルの上にカップを置いた。カップからは炎が衰えることなく立ち上っている。これを飲めというのか。 84

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