アンダー・ザ・ブラック・サン #2
やがて彼らは断崖の風穴洞で休息をとった。ユカノはニンジャ・ピルを小袋から取り出し、三人に手渡した。「平安時代のニンジャはこうした携行食を日常的に用いていたものです」「多少重荷になっても、スシ・ベントーがよかったんだがな……」エーリアスは不服げに口に含み、目を見張った。美味だ!44
2014-06-14 23:21:04蜂蜜めいた甘さと滋味がエーリアスの身体を慰め、腹の底から心地よい熱が広がっていった。「もっとくれ」「ダメです」ユカノは苦笑した。「それ一粒で昼食には十分なのです。お腹が破裂します。これは比喩ではありませんよ!」「嘘をついてるよな」エーリアスは双子を見た。「やめとくけどさ」45
2014-06-14 23:29:18洞窟の中央に獣除けの香を焚き、彼らはアグラ・メディテーション姿勢を取った。「退屈しのぎにでも聞いてください」目を閉じたまま、ユカノは言った。「ニンジャソウルのディセンションについてです。今回の旅と無縁の問題ではありません。むしろ、非常に密接に関係している」 46
2014-06-14 23:40:37まるで呼応するかのように遠雷が轟き、一瞬の光が洞窟を照らした。「ニンジャソウルのいわゆるディセンション現象は、電子戦争をきっかけに激化しました。複数の文献がそれを裏付けています。ディセンションとはなにか。貴方がたをニンジャたらしめたものはなにか。それはキンカク・テンプルです」47
2014-06-14 23:52:25「キンカク・テンプルは開闢以来、この世とは別の位置に在り続けました。ニンジャ大戦において我らハトリの軍勢に敗れたカツ・ワンソーは、その魂をキンカク・テンプルに逃しました。我らは敵の大将を真の意味で滅ぼすことはかなわなかった。我々は、徐々にその事実を認めねばなりませんでした」48
2014-06-15 00:04:28「平安時代において、我々は澱のような不安を抱えていた。それはカツ・ワンソーの帰還についての懸念です。我々は協議を重ねました。私、即ちドラゴン・ニンジャも、当然その協議の中に居た。あまりにも遠い昔の事です。世界を巡った今でも、その記憶をつぶさに思い出すことはできませんが……」49
2014-06-15 00:17:37「キンカク・テンプルはニンジャ・ソウルの保管庫なんだろ?でも、カツ・ワンソー……」エーリアスが口を挟んだ。ユカノは答えた。「もとはカツ・ワンソーのもの……いえ、それすら定かではない。我々には憶測ができるのみです。ともあれ、ニンジャ達がソウルをキンカクに納めたのは、後世の事」50
2014-06-15 00:27:01ユカノは話を戻した。「我々はカツ・ワンソーを滅ぼす……それが不可能ならば、せめて、永くそれをキンカクに封じ、決して現世へ再び降りて来られぬようにする手段を求めました。途方も無いクエストです。任を受け、旅に出たのはヤマト・ニンジャ。ドラゴン・ニンジャと同様、六騎士の一人です」 51
2014-06-15 00:34:14「ヤマト・ニンジャはかつてナラク・ニンジャを討伐した真の勇者」ナラク、と口に出すユカノの舌はぎこちなかった。「彼はひどく傷つき、人里離れた地に隠れるように暮らしていました。しかし我々は彼を再び見出し……白羽の矢を立てた。争いや権力を好まぬ彼に、全てを押し付けるかのようにして」52
2014-06-15 00:42:21「カツ・ワンソーを、キンカクに封じる手段を探せと?」ディプロマットが尋ねた。「いいえ」ユカノは否定した。「我々は永年の研究と占いの結果、その鍵となるであろう超常物の答えを出すに至った」ユカノは言葉を切った。深く息を吸い、吐いた。そして言った。「黄金の林檎です」53
2014-06-15 00:47:24「神話じみてきたな」とアンバサダー。だが、おお、今まさにユカノが語っているのは、神話そのものなのだ。三人はあらためて畏怖に打たれる。「目を閉じてください」とユカノ。思わず目を開いた彼らの動きを感じ取り、注意した。アグラ・メディテーションを正しく行い、体力を回復する必要がある。54
2014-06-15 00:52:39「ヤマトはそれを発見できたのか?」エーリアスが尋ねた。「定かではない」とユカノ。「ドラゴン・ニンジャは結果を知っている筈です。しかし今の私には古代文献と不完全な記憶を通して不確かな推論を導き出すしか方法がない……確かなのは、それがヤマト・ニンジャの最後の探索行となった事」55
2014-06-15 00:57:26「彼が不可解に姿を消したその時には……ハガネ・ニンジャの治世もとうの昔に終わりを告げていた。ヤマトの探索行はあまりに長く、彼自身が報われることはありませんでした。しかしその痕跡を元に、おそらくドラゴン・ニンジャらは、キンカク・テンプルを用いたソウル保管の方法を発見したのです」56
2014-06-15 01:08:07「黄金の林檎がカツ・ワンソーの心臓、あるいは致命の毒、そうした類のものであったならば、それはカツ・ワンソーが籠もるキンカク・テンプルに対する何らかの手段であった筈。林檎そのもの、あるいはそれにまつわるものが、キンカク・テンプルの秘密の一端に、ドラゴン・ニンジャらを導いた……」57
2014-06-15 01:27:47雷鳴が轟いた。「江戸戦争の終結とハラキリ・リチュアル。ニンジャ達はキンカク・テンプルにソウルを逃し、時を待った。ドラゴン・ニンジャは何を成そうとしていたのでしょう。恐らくそれは正しく実行されなかった。そうでなくば現代における過剰なディセンション現象の加速は……こんな事は……」58
2014-06-15 01:38:32ユカノの息は荒い。彼女は内なる何かと戦い、苛まれていた。「なあ、個人的な興味で訊くんだが!」エーリアスが遮った。ユカノは我に返った。二者は見つめ合った。ユカノは息を吐き、苦笑した。「私が目を開けてしまいました」「いいんだ」エーリアスは気遣わしげに頷いた。「質問いいか」「ええ」59
2014-06-15 01:41:25「アンタにとってドラゴン・ニンジャとは?アンタ自身か?自分自身のように話す時もあるが、その、過去の人間として名を呼ぶ時もある、そういう状態ってのは、その……どっちなのかな。ユカノ=サン。それとも、ドラゴン・ニンジャ=サン……」エーリアスはおずおずと訊いた。ユカノは答えた。 60
2014-06-15 01:45:25「私は、ユカノです」「……」エーリアスは頷いた。「なんか安心したよ」「そうですか」ユカノは微笑んだ。「誇りあるクランの最後の末裔として、私は使命を果たし、責任を取りたいのです。ドラゴン・ニンジャの記憶と自我は、砕けた鏡のごとく在る。私はそれらの影を繋ぎあわせ、解き明かしたい」61
2014-06-15 01:54:17「世界を回ったのも?」「途上です」ユカノは頷いた。「カツ・ワンソーの陣営の者ら。あるいはハトリの騎士。更には、ソガ・ニンジャ以降の歴史。私を語る言葉は語り手の視点に左右され、互いに矛盾が生ずる。堕落と災厄をもたらす龍?あるいは支配者?あるいは英雄?真実とは矛盾の継ぎ接ぎです」62
2014-06-15 02:03:50「難儀だな」「難儀です。結局、私自身が史跡を巡り、私なりの答えを見つけるしかありませんね。無数の私の影を拾って」「その結果がユカノ=サンってわけだな」エーリアスはアグラを崩した。ユカノは頷く。「私自身が私を決めます」「それだ」エーリアスは指差した。「俺も俺を決めるんだ」63
2014-06-15 02:11:37「そう、決めに行きましょう」ユカノは洞窟の外を見やった。激しい雨は去り、雲の切れ目から光が差し始めた。「ドージョーに何者かの手が入ったと気づいた時、私は不安でした」ユカノは懐に手をやった。「でも、それもまた、私が過去に為した事を掴む機会にできるやも。そう考えるようにします」 64
2014-06-15 02:17:47「そうだな」「過去の私の行いが現代に齟齬を生んでいるならば、それは正さねばなりません」二人は双子を見た。非常に感受性の強い彼らは、メディテーションを更に深めていた。二人は双子を妨げなかった。彼らはこの深い集中を通して、登攀の為の力を引き出すだろう。65
2014-06-15 02:28:37「なんにせよ、俺をキョート城まで運んでくれりゃ、あとはどうにかするさ」エーリアスは呟き、洞窟の出口に立った。「さあ、すっかり晴れた!」 66
2014-06-15 02:33:05