ライク・アズ・ドラゴン#3

格闘物語定番・vs師匠、奥義伝授の儀
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劉度 @arther456

満月を背に、二人の影が交差した。地上から見上げる提督には、奥義の結果がわからない。だから、最初に熊野が地面に降り立った時に、その目を零れ落ちんばかりに見開いた。「……え?」熊野のたすきが切られ、はらりと風に舞った。負ける要素はなかったのに、どうして。 22

2014-07-21 21:45:37
劉度 @arther456

ズン、と一拍遅れて火熊が地面に降り立った。「強くなったな、麗」振り返った彼の顔には笑みと、そして僅かな哀愁が漂っていた。「お父様……真の飛翔白麗、しっかりとこの目に焼き付けましたわ」熊野が背筋を伸ばす。「あれ、勝ちなの?」「ええ、オヤジが奥義を出しましたから」 23

2014-07-21 21:48:59
劉度 @arther456

神戸水鳥拳の真髄は、奥義・飛翔白麗に集約される。その奥義を引き出せるだけの力を持った弟子が、師匠から実戦で奥義を受けることがすなわち伝授であり、継承者としての地位を伝承することを意味していた。「しかし真似で奥義を出そうとするとはなあ、おとーちゃんもびっくりだぞ」 24

2014-07-21 21:52:16
劉度 @arther456

語る火熊は気さくに笑う。ついさっきまでの獣じみたオーラも、ヤクザのオヤブンとしての威圧感もない。憑き物が落ちた、父親の顔だ。「子供の頃に見たお父様の奥義が、私の憧れでしたから」「好きだったよなあ、格闘。俺様は反対だったんだが……ここまでやられちゃしょうがねえ」 25

2014-07-21 21:55:31
劉度 @arther456

「おい鍋島!酒だ酒!祝い酒持ってこい!」「オヤジ、これから飲むんですか?」「当たり前だ!麗がこんだけ立派になったんだぞ、飲まないでどうするってんだ!」「……分かりましたよ」鍋島が立ち上がる。その後ろで、障子が乱暴に開かれた。「オヤジ、大変です!大内の兄さんが……!」 26

2014-07-21 21:58:46
劉度 @arther456

無残な遺体だった。ベアフィールド・ヤクザクラン元若衆元締である大内の体は背中から切り裂かれ、更に胸には刀が突き刺されていた。刀には、黒い十字架が巻きつけられている。誰がやったかは一目瞭然だ。「大内の兄さんは、去年組を抜けたんだぞ……!」「奴ら、カタギでもお構いなしか!」 28

2014-07-21 22:02:29
劉度 @arther456

深夜だというのに、火熊の家にはかなりの組員が集まっている。「オヤジ、もう我慢できません」一人の幹部ヤクザが火熊の前に進み出た。「奴らの首を獲りに行かせて下さい。これ以上メンツを潰される訳にはいきません。このままだと、カタギもヤクザも嬲り者にされるだけです!」 29

2014-07-21 22:05:43
劉度 @arther456

幹部ヤクザの言う事ももっともだ。しかし、相手が悪い。「……いいかお前ら。黙ってて悪いが、ベルグースのバックには実は海軍が……」「その話は若頭から聞きました!」「おうっ!?」振り返ると、鍋島がバツの悪そうな顔をしていた。「鍋島ァ……」「すみません、オヤジ」 30

2014-07-21 22:09:01
劉度 @arther456

「要は奴らが出てくる前にケリをつければいいんでしょう?この一ヶ月の間に奴らの拠点は全部調べ尽くしました!オヤジが号令をかければ、一晩で奴らを全滅できます!」組員たちがそれぞれの獲物を取り出す。中には貴重な銃を持っている者もいる。戦闘準備は整っていた。 31

2014-07-21 22:12:13
劉度 @arther456

「軍が相手だってことは分かってます。それでも俺たち皆、今まで世話になったオヤジの恩に報いたいんです!」「大内のオヤジだって、そう思ってカチコミに行ったはずですよ!」集まったヤクザたちの瞳には、任侠の炎が灯っていた。遠い昔、火熊が消してしまったはずの炎だ。 32

2014-07-21 22:15:33
劉度 @arther456

現実で組を、そして麗を守るためには、仁義など忘れて動くしかなかった。部下にも非情に徹し、利益だけを求めるよう言い聞かせてきたはずだ。それがどうしてこうなった?火熊は思い返し、そしてフッと笑った。決まっている。自分が一番、そうしたいと思っていたからだ。 33

2014-07-21 22:18:52
劉度 @arther456

「テメエら」居並ぶヤクザたちの顔を見回す。「もし軍とやりあったら、死ぬぞ?」「喜んでッ!」返事は一固まりだった。「よおし、車を出せ!今夜一晩で……ベルグースとブラッククルス、両方まとめてこの神戸から叩き出すッ!」 34

2014-07-21 22:22:14
劉度 @arther456

「バカ野郎!」決起したベアフィールド・ヤクザクランの隣の部屋で、提督は頭を抱えてのたうち回っていた。一晩で勝負をつけるなど甘すぎる。死体を送ったのはあからさまな挑発だ。恐らくこの挑発で動くことを見越して、敵の海軍は今すぐにでも動ける場所に待機しているだろう。 36

2014-07-21 22:25:40
劉度 @arther456

スーツのポケットから、軽快なメロディが鳴る。鎮守府からの着信だ。不知火に頼んだ仕事が終わったか。「もしもしらぬい!?」『ヘーイ、提督ゥー!』気まずい沈黙が流れる。『……提督、今のボケは』「忘れて」『あの』「忘れなさい!何の用、金剛!?」 37

2014-07-21 22:28:59
劉度 @arther456

『不知火ちゃんのお仕事でご連絡ネー。神戸鎮守府のplanは、横須賀第58地区が主導してるヨー』「あそこか……」気に食わない鎮守府の名前が出て、提督は頭を掻いた。『でも予算が多過ぎるって反発があって、ちょっと揉めてるみたいネー』それでこの騒動を起こしたようだ。 38

2014-07-21 22:32:19
劉度 @arther456

「で、不知火に頼んだ仕事の方は?」『今mailしたヨー。Check it out!』「OK, thank you!」電話を切ると同時に、メールが届いた。今度はちゃんと不知火からだ。画像ファイルを開くと、ブラッククルスとの会合写真に映る兵士のプロフィールが集まっていた。 39

2014-07-21 22:35:37
劉度 @arther456

あの写真に写っていた兵士は、どれも横須賀第58地区の陸戦隊。ヤクザとつるんで神戸を支配しようとしているのは明らかだ。証拠は揃った。だが、このままでは告発する前に相手が神戸に雪崩れ込んできてしまう。告発には時間がかかる。既成事実を固められてからでは遅い。「どうする……?」 40

2014-07-21 22:38:52
劉度 @arther456

「提督、こちらにいらっしゃいましたか」部屋に熊野が入ってきた。「どうした」「その、申し上げにくいのですが、これを……」差し出された封筒には、達筆で『辞表』と書かれていた。「……おいおいおいおい、なんだってこんな時にこんなものを」「お父様と共に、戦うためです」 41

2014-07-21 22:42:49
劉度 @arther456

「提督にはただのヤクザにしか見えないでしょうが、彼らは、このベアフィールド・ヤクザクランは私の家です。私も彼らと共にこの街を守りたいのです。ですから、提督には迷惑をかけないよう、艦娘を辞め、火熊隆信の娘として戦いに臨みます」「そんなこと言ったって……どうする気よ」 42

2014-07-21 22:46:04
劉度 @arther456

「神戸最大の波止場に通じる3番大橋。敵が神戸を抑えるなら、必ずここを通ります。ここで待ち構え、ブラッククルス・ヤクザクランとその背後の海軍を討ちます」「その後は?」熊野が口を噤む。「ヤクザが国に手を出すことになる。そこで仕留めても、次は本気の軍隊が攻めてくるぞ」 43

2014-07-21 22:49:22
劉度 @arther456

「……それでも、構いません」決断的に熊野が宣言する。「こうして権力にいたぶられながらぐずぐずになって生きるより、彼らと共に潔く散ります」膝の上で握られた手は、震えていた。それを見て、提督は溜息を付く。「……ダメだ。勝ち目が無いのに送り出すわけにはいかない」 44

2014-07-21 22:52:35
劉度 @arther456

「提督ッ!」何か言おうとした熊野の眼前に、提督は人差し指を突きつけた。「勝算は?」「え?」「お前一人で、敵の本隊を相手に回した時の、勝算は?」「馬鹿になさらないで。神戸水鳥拳は無敵ですわ」「よし」提督は、満足気に頷いた。「なら、それに賭ける。勝ち目を用意しよう」 45

2014-07-21 22:56:17