『炎上急行』#4
(前回までのあらすじ:列車での旅を続けるメルヴィたち。謎の魔法使いロドル。そして謎の貴婦人ミルギルィ。列車のハイジャックと共に、異形の怪物と化したロドルから逃げる途中テレポートが失敗し、コリキスが死亡してしまう)
2014-10-10 20:12:38それからミルギルィはしばらく黙ったままメルヴィを見下ろしていた。膝をつきコリキスの遺体に手を乗せて、祈りを続けるメルヴィ。コリキスの魂が安らぐよう、冥府への旅が守られるように。「コリキス、どうして……」 行き場の無い声がメルヴィの口から洩れる。静かに響く。 108
2014-10-10 20:19:51「列車に乗らなければ……こんなことには……」 メルヴィの中に激しい後悔の念が生まれる。「未来が見えていたのに……どうしてコリキスは死んでしまったのですか」 メルヴィは恨みのこもった声でミルギルィに告げる。だが、彼女は黙ったまま首を横に振った。 109
2014-10-10 20:24:12「ごめんなさい。私が甘く見過ぎていました。私を、恨みなさい。でも、私の使命はあなたの旅を続けさせることなのです。列車に乗らなかったらあなたの旅は終わりです」 メルヴィは黙ったまま顔を伏せていた。実際コリキスの死はミルギルィにも予知できないアクシデントだった。 110
2014-10-10 20:28:37「別れを言いたい?」 ミルギルィはそっと近づき、右手を差し伸べた。その手首から覗くのは三つ目の意匠の時計。神の信仰の証。神の信者は、死んだ魂を救済することができるのだ。それは永遠の別離を意味する。「魂の痕跡がまだ残ってる。少しくらいは話せる」 ミルギルィは言う。 111
2014-10-10 20:32:46ミルギルィはメルヴィの隣に膝をつき、コリキスの額に手をかざした。銀色のオーラが彼の身体から立ち上り、もう一体のコリキスの像を結ぶ。だがそれは風で吹かれれば消えそうな、頼りない半透明の虚像だった。「ああ、僕は死んだのか」 コリキスは洞窟に響くような声で囁く。 112
2014-10-10 20:37:29「僕はテレポートから取り残されて、脱線の衝撃で動けなくなっていた。ロドルがやってきて、傷ついて動けないひとや逃げ遅れたひとを襲っていった。僕は運が無かったな」 「コリキス、私はどうすればいいの? あなたが死んだら……」 メルヴィは悲痛な叫び声を上げる。 113
2014-10-10 20:42:45「旅を続けるんだ」 コリキスは消えそうな声で言う。「メルヴィ、君は絶対あきらめちゃいけないんだ。大きな存在が君のことを笑っている。君が諦めるのを待っているんだ。今ならそれが分かる。運命を捻じ曲げて、君の進むレールを分断しようとする」 コリキスの四肢に糸が絡みつく。 114
2014-10-10 20:47:11「冥界が呼んでいる。死の神が僕を誘っている」 糸の先は冥界の使者だ。半透明のチャリオットが、コリキスの傍にいつの間にかやってきて、台車から糸を手繰り寄せている。下半身のない冥界の馬がいななく。「もう時間がない……僕は行かなくてはならない」 コリキスはメルヴィに手を伸ばす。 115
2014-10-10 20:54:55「旅を続けなくちゃいけないんだ、約束しただろう、どんな悪意が君を襲おうとも、君は決して歩みを止めないんだ」 メルヴィは必死に言葉を返す。「嫌だよ、コリキス。いつも一緒って、最後まで一緒に行くって決めたじゃないか、こんなのやだよ」 コリキスはメルヴィの頬に手を差し伸べる。 116
2014-10-10 21:04:57「もう僕は終わりだ。でも、君はまだ歩ける。頼む、先へ……ああ、時間が……」 冥界の馬がいななき、戦車が発進する。コリキスは四肢の糸によって、戦車の台車に引き上げられる。そして、闇の向こう側へ消えてしまった。後に残されたのは、コリキスの冷たい亡骸だけだった。 117
2014-10-10 21:13:13しばらくメルヴィはその場を動かなかった。やがてカトールやエルベレラ、ギムリィがこの捩じれた車両へとやってきた。彼らは意識を取り戻した後、他の乗客から化け物――ロドルのことを聞いた。他の乗客たちはロドルを恐れ近づけなかったのだ。メルヴィたちの行方もそのとき知った。 118
2014-10-10 21:18:50「コリキスは死んだか……彼を弔ってあげなくちゃ」 カトールはメルヴィに行動を促す。辛いのは彼も同じだ。だが、彼は少しだけ冷静だった。メルヴィはしばらく動けないでいた。他の乗客も安全だと分かって近寄ってくる。彼らにも、安否を確認したいひとたちがいる。 119
2014-10-10 21:22:47乗客たちはそれぞれ、愛する、または見知ったひとたちの死を知り、嘆き悲しんだ。悲しみは連鎖し、人々が集まってくる。「合同で埋葬しよう。野ざらしにするには忍びない」 誰かが言った。誰もそれに異論をはさまなかった。穴を掘り、土葬することに決まった。コリキスの遺体も共に。 120
2014-10-10 21:26:57生き残った乗客には幾人か魔法使いもいた。彼らは魔法が安定して使える時間を待ち、魔法で地面を掘削した。埋葬が完了したときには、辺りは暗くなりつつあった。見張りを立てて、乗客たちはそこで一晩を過ごした。 121
2014-10-10 21:31:39ロドルはその晩乗客たちの集団を襲うことは無かった。十分に栄養を手に入れていたのかもしれない。そもそも興味も無かったのかもしれない。ロドルの去った跡と思われる、何かが這った跡。それは線路から西に延びていた。線路に沿って北に行けば給水所跡がある。馬も手に入る。 122
2014-10-12 19:30:01静かな朝が訪れた。乗客たちは皆寄り添って眠っていた。帯刀しているものは交代で夜通し見張りに立った。カトールもその一人だ。魔法使いはすぐ起きることができるようにして寝た。野盗に襲われたら役に立つだろう。猛獣が夜中に何度も集団に近づいたが、遠巻きに眺めるだけだった。 123
2014-10-12 19:39:10「さぁ、皆、起きるんだ。給水所跡まで移動しよう。あそこには泉があって、馬がよく休みに寄るんだ。隊商に助けてもらおう。自警団もいる」 乗客の一人、オーロロルが集団を仕切った。彼は土地勘もあり、この辺りの自治体に顔もきく流れの傭兵だ。乗客たちは特に異論も無く彼に従った。 124
2014-10-12 19:42:46オーロロルは鍛え上げられた身体をした壮年男性だった。長年の傭兵経験によって落ちつきのある寡黙な性格をしていた。剃った頭、濃い口髭。鎧はあちこち傷がついていたが、完全に補修されている。怪我人には肩を貸し、先頭が急ぎ過ぎたら休ませた。メルヴィたちも彼に従い道を進んだ。 125
2014-10-12 19:47:40カトールやギムリィは怪我も無く、体力も余っていたためたくさんの荷物を背負って移動した。線路の脇には赤茶けた道がどこまでも続いており、時折濃い緑色をした砂漠の植物が僅かに生えていた。四方を見渡しても、地平線の向こうまで乾いた礫砂漠が続いていた。汗も大量に流れる。 126
2014-10-12 19:52:36「喉渇いてない? 足がふらふらしているよ」 メルヴィはギムリィのことを気遣ってレモン水の瓶を差し出してあげた。ギムリィは黙ってレモン水を受け取り、ひと口だけ飲むと、栓をしてメルヴィに返した。「助かる」 そう短く礼を言った。その彼の背中の荷物を持ち上げる男。 127
2014-10-12 19:56:13「少年、男なら、身体を鍛えなくてはだめだぞ」 オーロロルだ。白い歯を光らせて彼は笑った。荷物を片腕で抱えて、後ろの方へ歩いていこうとする。「もうすぐ給水所跡が見えるはずだ。ひと辛抱だぞ」 激しい日光に照らされて、体力の少ないものが遅れ始める。列が長くなる。 128
2014-10-12 20:00:50野盗は、そういった集団に目をつけて襲う。先を遅らせ、後方を助けて、なるべく密集して移動しなければならない。野盗は馬で移動し、掠奪を繰り返している。黙って歩いていたミルギルィは、突然しゃがみこみ大地に耳をつける。「オーロロルさん、蹄の音がします」 129
2014-10-12 20:04:18