齢100歳超えの男は、この星基準でも充分すぎるほどにジジイだ。ジジイが奏でるギターはジジイの倍も年を取っている。ひどい音のブルースだ。……で、見ろ。何もない地平線の方向を。陽炎と、地面に対して垂直に下を向いた揚陸艇を背後に、こちらへ向かって歩いて来るのは「青ざめた馬」だ。
2014-10-17 22:48:13「青ざめた馬」は悪名高い連中だ。何しろ構成員の全員がサイコパスだ。一番ヤバいサイコパスは当然、頭領の男だよ。奴だけが刑期無し。まっさらだが、一番容赦がなく、アイサツがわりに相手を殺し、指を折り、敵地の畑に塩を埋める。どうしようもない悪党だ。他の連中は全員が死刑執行待ちだ。
2014-10-17 22:52:08俺は……俺はジジイの陰で、耳をそばだてている。こっちにくるなら、やるしかねえ。奴の目的は何だ?……ねえさんが?どうしたって?「緊張することはありませんよ」頭領の肩に乗る黒い半昆虫の化け物が囁く声を、俺は確かに聴いた。「皆でサポートしますから」「皆だ?」「テメエでやれ」「くたばれ」
2014-10-17 22:54:50曇天の下、地平めがけ幾重にも折り重なる丘の表面を絨毯のように覆う黒い麦の穂は、この穀物プランテーション惑星の主要な輸出物であり、双子王の富の源である。では、まっすぐに伸びる舗装道路の脇に等間隔で突き立てられている棒状の物は?柱?道路灯?アンテナであろうか?否。 1
2014-10-23 22:48:50近く寄って見れば、それがなにか、すぐにわかろう。樹木を削って作られた長い杭……串……礫……のようなものだ。天を指す等間隔のそれらには朽ちた骸骨が絡みつき、空っぽの眼窩を晒している。つまりそれらは、この星の所有者の権威の……恐怖の象徴である。 2
2014-10-23 22:52:08黒雲は空で渦を巻き、グルグル、ゴロゴロと重苦しい雷鳴の唸りを地上に投げかけていた。雲間に閃くのは紫の雷光である。まこと恐ろしい光景である。だがそれは無慈悲な双子王に属するものではない。自然の営為でもない。あるテクノロジーに関わる、先駆の現象だ。 3
2014-10-23 22:56:29ゆえに、この星を守る双子王の私兵は既に「予測地点」の割り出しを終えており、磔死体が列を為す舗装路に、ライフルや光の槍で武装した兵士達を配置、やや離れた丘陵に移動式の指向性アンテナ装置を向けて備えていた。KABOOM!稲妻が磔の一つに落ち、焼き焦がす。「見ろ」誰かが指差した。4
2014-10-23 23:03:37その瞬間、厚い雲の中から、柩じみた錐型の影が落下してきた。落ちながらそれは位相を合わせ、くすんだ金属の質感をあらわしながら、空中にぴたりと静止したのである。言わずと知れた星間航行船だ。「来ました」副官が隊長を振り仰いだ。隊長はいかめしく頷いた。「言わずともわかる」5
2014-10-23 23:08:16「表面に」副官はスコープゴーグルで覗き込んだ。「船名?風化した言語で……」隊長はスコープゴーグルをひったくった。「PALEHORSE?」水飛沫を思わせる独特のブリンク音が空気を震わせた。「備え!」副官が叫び、天に向かって青のスモーク弾を撃った。兵士達は一斉にライフルを向けた。6
2014-10-23 23:14:401つ、2つ、3つ。「PALEHORSE」の付近の地上の空間に波紋が生じ、砂嵐じみてザラついた。兵士達はみな引き金に指をかけ、上官の攻撃指示を待つ。光の槍が内なる輝きを放ち始める。波紋は全部で5つ。ブリンクアウトしてきた者も……5人。「……」隊長は唾を飲む。たったの5人? 7
2014-10-23 23:19:51「攻撃指示は……」副官は隊長の指示を仰いだ。隊長は留めた。わずか五人。密入国者の類いか?だが彼の背中はじっとりと汗ばんでいた。名状しがたい恐怖が彼を、副官を、否、兵士達全員を捉えていた。その者らの佇まいが自ずと放つ、極めて不穏な「暴」の気配に打たれたのだ。8
2014-10-23 23:24:52隊長は副官を促した。副官は頷き、警告を開始した。「貴様らは事前の許可なく我らが星の大気圏内に侵入したゆえ……」唾を飲み、「これは光芒法の……」カシュッ。副官の眉間を矢が貫き、後頭部から血塗れの矢尻が飛び出した。「……続けろよォ?」モヒカン髪の男が笑いながらクロスボウを下ろした。9
2014-10-23 23:31:42「あ」副官はサイボーグ馬の背から仰け反り落ちた。「イヒ、イヒヒヒ、ヒヤハハハ」モヒカン男は禍々しい鋲打ち鎧を震わせ、哄笑した。「アハハハハハ!死ヒハハハ!」「撃」隊長の指示は降りなかった。その首が横に裂け、血が噴き出した。ナイフを持つ右手が横に浮かんでいる。手首から先だけが。10
2014-10-23 23:38:00「赤ァい」黒髪の女が囁くように言った。「この星の人、イイ」かざした右手は手首から先が失われている。失われている?否、たった今、数十メートル離れたところで隊長の首を切り裂いた奇怪な手の持ち主は、この女だ。極彩色のボロ布マントから左手を出すと、やはりそちらも手首から先が無い。11
2014-10-23 23:44:20指揮官を失った兵士達が恐慌に崩れ始める。「上……上だ」誰かが指さした頭上、サブマシンガンを持つ左手が浮かぶ。それは引き金を引きながら旋回する!「ヒイーッ!死……」BRATATATATA……「死!」「死ィ……!」「アーッ!」マズル光!血飛沫!何人かが宙に撃ち返す。無意味だ! 12
2014-10-23 23:47:43BOOM!BOOM!光の槍がエネルギーを放出する。モヒカンと女は左右に走り出す。エネルギーはコンマ数秒前に彼らの居た場所に着弾し、芳醇な栄養素を誇る穀物を土ごと爆散させる。「ヒャハア!」モヒカンは走りながらクロスボウを撃ち込み、殺してゆく。女の両手が逃げ惑う兵士を殺戮する。13
2014-10-23 23:52:33BOOM!BOOM!BOOM!掃射は残る三人にも及んだ。三人目……染みのようにわだかまるフード姿の男は包帯で覆われた腕をさらし、指先で奇怪な形を作る。フードの奥の闇に閃いた眼光だけを数秒その場に残し、消えた。四人目……3メートルを超す四角い巨体の持ち主は、無造作に歩き出した。14
2014-10-23 23:57:38エネルギー弾は男の脇腹を溶かしながら貫通したが、彼はまるで無頓着だ。傷口から不気味な金属の長虫が無数に這い出し、繊維のように織り合わさって、塞いでしまった。男は笑顔に似た表情を作る。眉毛も頭髪も生えておらず、空虚な右目の上には風化した言語で「BOZO」と刺青されている。15
2014-10-24 00:03:34そして五人目……平均的人類であればおそらく14,5歳頃の少年は、襟を立てた、いやに不似合いな禍々しいコートを着ていた。己に向けられた光の槍に目を見開き、守るように咄嗟に手をかざした。焦茶の目には死への恐怖が隠しようもなく滲んでいたが、気づいた者は無かっただろう。 16
2014-10-24 00:09:45少年は立ち尽くしたように見えた。だが、焼かれて死ぬことはなかった。黒い甲虫めいた小さな影が羽ばたき、エネルギーの軌道に割って入った。BOOOM……爆発が散る。甲虫めいた存在はその場でホバリングしながら両手を拡げている。少年は無事だ。ガラスのようなカーテンが煌めき、消えた。 17
2014-10-24 00:13:07「無論、問題ありません」甲虫は少年を振り返り、起伏のない声を発した。少年は緊張した面持ちで頷いた。甲虫は頷き返した。「気をしっかり。大将らしくなさい。キャプテン・デス」甲虫の発した名は、どうやら風化した言語だった。それは極めて不吉な響きだった。キャプテン・デスは再度頷いた。18
2014-10-24 00:19:02「アッハッハッハアー!」涎を散らして笑いながら、モヒカン男はクロスボウを腰に戻し、かわりに手斧を取り出した。「ウアアーッ!」BRAKKABRAKKA……叫びながらモヒカン男にライフル掃射をかける兵士の足元へ滑るように走りこみ、足首を切り裂く。「死ィーヒヒヒ!」そして跳ぶ! 19
2014-10-24 00:22:23