同居する森と月と森山由孝の昼寝
「あ」 昼休み、学食で財布を出そうとして部屋に忘れたことに気づいた。多分昨日の夜いらないレシートを捨てるためにバッグから財布出して、そのまま机の上に置きっぱなしだ。注文する前でよかった。 「伊月どしたん?」 今日のA定食待ちでトレイを持って並んだ葉山が声をかけてくる。
2014-10-16 12:05:35「部屋に忘れ物したから取りに帰るよ」 大学からアパートまでは早歩きなら10分もかからない。 ついでに、どうせだから部屋で昼ごはんも作って食べちゃうか。 季節は数日ですっかり秋めいてきた。夏休みに森山さんとよく散歩した公園も、木々が葉の色を変え始めている。
2014-10-16 12:15:39ここ二週間くらい、ずっと考えてる、森山さんのこと。 葉山に言われるまでもなく、オレ、森山さんに対しては「好き」って、確かによく口にしていたと思う。オレはそう言う類の感情をあまり口にするタイプじゃないって自覚してるからなおさら妙だっただろう。
2014-10-16 12:25:34森山さんがフラれてばかりで不憫だから、たとえ女性に振り向いてもらえなくても、オレは森山さんが好きですよって、自信を持って欲しくて口にしてた、のだろうか。 勿論それもある。けどそれだけじゃない。 葉山は、「伊月の『好き』はいろいろはみ出してる」って言った。
2014-10-16 12:35:34「あれ?」 部屋の鍵は開いている。 そのまま部屋に入る。リビングに人の気配。森山さんがテーブルで、レポート用紙を広げた上に突っ伏していた。うたた寝しているみたいだ。 そういえば大学が後期に入って、森山さんも取る授業のコマ数が減ったって言ってたっけ。
2014-10-16 12:40:55好きだな。 平和そうな寝顔を見て、しみじみ感じる。 そういう感情を認識したのは、驚くくらい普通の流れからだった。 離れている人なら、久しぶりに顔を見て、気持ちが溢れて「好き!」なんていうドラマティックな展開にもなるのだろうが、オレと森山さんは一日の半分は同じ空間にいる。
2014-10-16 12:45:31特別な感情も、日常の延長線上にあるのかもしれない。オレ森山さんの気に入ってるパンツの柄とかも知ってるし。 寝ている森山さんを素通りして部屋に入り、目的の財布をバッグに入れる。 「あ、また靴下片方落ちてる」 森山さんの、時計・眼鏡置き忘れ率と靴下片方無くし率は非常に高い。
2014-10-16 12:55:32何かのはずみで「好き!」ってなって、そんでまた何かのはずみで「やっぱり勘違い!」ってことになるのが嫌だったので、慎重に、冷静に考えたのだ。我ながら往生際が悪い。 先輩として好きっていうんじゃないの? いつからそういう気持ちになったの? 勘違いや早とちりじゃなくて?
2014-10-16 13:05:29後輩として、尊敬と親愛だけで傍にいれたほうがいいだろうって思ってるよ。いつからなんてわからない。合宿の時には特別だった気がするし。 勘違いや早とちり、でもないと思う。多分。本気で人を好きになった経験がないからよくわかんないんだけど。 ―――気持ち悪い、は、まあ仕方ない。
2014-10-16 13:25:50片方だけの靴下を洗濯籠に入れてしまう。 こういう所、他の人が知ったらヤだな。 靴下をよく片方なくす所だとか、雨の日には寝起きの髪が爆発してていつも半泣きでスタイリングしてるのだとか、すぐ格好いい映画俳優のマネしたがるとこだとか、そういう、森山さんのこと可愛いなって思う所。
2014-10-16 13:35:44森山さんのことを理解したいと思った。支えたいと思った。すごく強い気持ちで。 それをとっさに後輩らしい敬愛にすり替えたのは、オレがいくじなしだからだ。 ―――気づいてたよ。だいぶ前から。 オレが『好き』って言葉に隠してたのは、本当の『好き』だって。
2014-10-16 13:48:26好きだと口にして、あわよくばちょっと意識してくれたらって考えてて、でも相手がヒいたり戸惑ったりしたら、特別な意味じゃなくて後輩の好きって意味です、って逃げ道を用意してたこと。 「あ、昼どうしよう」 本人が寝ている横で色々考えていたことが急に恥ずかしくなり、時計に目をやる。
2014-10-16 13:56:46次の授業までは余裕があるが、料理してたら森山さんも起きてしまうだろう。一緒にお昼作ってもいいけど、寝ているのならこのまま寝かせててやりたい気もする。 ん? そういえば、朝森山さんと一緒に毎日食べてるけど、朝から授業があるオレと違って、森山さんには早起きする理由がない。
2014-10-16 14:06:46早く出るオレに合わせて今まで起きてくれたんだろうか。 生活時間や、食事の味付けの違い。 そういう、根っこの部分がかみ合わない人間が一緒に暮らすのは難しい。オレは実家にいた頃からの早寝早起きの習慣が続いていて、夜更かしすることはめったにないけど、森山さんは朝が弱い人だ。
2014-10-16 14:17:14森山さんは、オレとの同居は楽しい、喧嘩をしないのは伊月ができた人間だからだ、とよくオレを褒めてくれるが、本当は森山さんのほうが、オレに気を遣って色々譲ってくれてるのだろう。 「森山さんのばか……」
2014-10-16 14:26:00後輩のオレなんかに気を遣うことなんてないのに。 もっと自分勝手にしてていいのに。 朝もゆっくり寝てていいのに。 森山さんは薄着で寝ていて、見てて寒そうだったのでサイズの大きいオレの上着を部屋から取ってきて肩からかけた。起きない。 髪を触ってみた。―――起きない。
2014-10-16 14:35:52「……うう……」 人の気配を感じて、オレは目を覚ます。ヤバい、ここどこだ?あ、リビングか。今日の部活のフォーメーションの確認してたらそのまま寝ちゃったらしい。 「あれ、伊月。帰ってきてたのか?」 目をこすりながら顔をあげたら、いやに近くに伊月の顔があった。
2014-10-16 14:50:21「き、……森山さん、今の、聴いて……!?」 「ん、なにが?」 伊月は真っ赤な顔を真っ青にして飛び退るようにオレから離れる。 「何でもないです!聴いてないならいいです!それじゃっ!」 「へ、……あの?」 そしてそのまま、逃げるみたいに部屋を出て行った。
2014-10-16 15:01:14