エドゾー論

はきの助教授のエドゾー論
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はきの @hakino_

これは6人の英雄の物語である。科学が敗北し、幻想《オカルト》が闊歩し、それでもなお知恵という武器を手に世界を紐解いた時代を生きた――6人の英雄の物語である。 #エドゾー論

2014-11-18 20:11:34
はきの @hakino_

#1 反復の女衒と黄金時計 #エドゾー論

2014-11-18 20:12:53
はきの @hakino_

木枯らしの吹く季節。人々はコートを着込み、体温を奪おうとする北風から必死に身を守りながら歩いている。時刻は午後6時前後。真っ当な仕事をしている者のほとんどは家路に付き、今夜のご飯は何にしようか、と考えていた。 #エドゾー論

2014-11-18 20:15:03
はきの @hakino_

そんな中、寝ぼけ眼をこすりながらボサボサの頭で歩く男が一人。大口を開けてあくびをする様子はいかにも寝起きでござい、という印象で、事実、男はつい先刻目覚めたばかりであった。 #エドゾー論

2014-11-18 20:16:51
はきの @hakino_

男の名は飛鳥、と言った。性はない。親の顔すら飛鳥の記憶には無く、物心ついた時には既に出会い宿――いわゆる売春施設である――で雑用をこなしながら生活をしていた。彼の生活の拠点は成人を過ぎた今でも出会い宿のままであり、ただ、仕事が雑用から女衒へと変化した程度であった。 #エドゾー論

2014-11-18 20:19:27
はきの @hakino_

知り合いの奴隷業者から譲り受ける。両親が作った借金の形に若い娘を脅し取る。時には《遺跡荒らし》から旧文明のヒューマ・セクサロイドを買い取るなど。幼少の頃から叩きこまれた様々なツテで出会い宿の商品をかき集める。女衒とはそういう職業だ。 #エドゾー論

2014-11-18 20:22:06
はきの @hakino_

故に飛鳥は日が沈んでから仕事に取り掛かる。奴隷商は昼間は通常の営業をしているし、借金持ちも何かしらの仕事をしているだろう。《遺跡荒らし》だって、昼は街の外で旧文明の墓を這いずり回っているものだ。つまるところ、飛鳥が昼にやることは何もない。だから夜に働く。単純な話だ。 #エドゾー論

2014-11-18 20:25:21
はきの @hakino_

飛鳥は表通りを避けるように路地裏を進んでいく。建物と建物の隙間からは孤児が飛鳥の姿を期待を籠めた目で見つめてくるが、飛鳥はそれを全て無視して目的の場所へと急ぐ。今日は、孤児を出会い宿にスカウトするつもりはない。 #エドゾー論

2014-11-18 20:28:44
はきの @hakino_

今日の彼の仕事は新参の奴隷商からの商品の受け取りであった。ヤバい経路から商品を仕入れたものの、中々捌くことが出来ずアシが付きそうになっているという阿呆が経営する店だ。こういう阿呆がいるから、出会い宿は格安で上物を仕入れることが出来る。阿呆だが有り難い取引先だ。 #エドゾー論

2014-11-18 20:32:11
はきの @hakino_

飛鳥は懐から時計を取り出す。黄金色に輝く、装飾の少ない時計だ。機械式の時計のように歯車の音が聞こえることはなく、魔導式の時計のように定期的な充魔を必要としない、お気に入りの時計だ。構造は知らない。借金の形に奪い取っただけの代物の仕組みなど、飛鳥は興味が無かった。 #エドゾー論

2014-11-18 20:34:46
はきの @hakino_

一度確認する。午後6時15分。取引の時刻は6時半であるため、このまま歩けば約束の10分前には到着するだろう。もう一度、時計を確認する。6時16分。よし、と飛鳥は時計を懐に仕舞った。 #エドゾー論

2014-11-18 20:36:25
はきの @hakino_

どうしてこのような事になったのだろう。黒髪の女性はソファーの上で頭を抱えていた。女性の名前は《友》。本名ではないが、数年前の戦争で活躍した功績として、英雄名――英雄と呼ぶに相応しい所業を成した者は、人を超越した証として人の名を捨て、英雄の名を戴く――を拝命していた。 #エドゾー論

2014-11-18 20:40:55
はきの @hakino_

安っぽいソファーは特に何もせずともぎしりと軋む。その音に、部屋の隅にいた男がびくりと震えた。いっそ笑えてくるくらいに挙動不審な男だ。それほどに恐れるのならば、英雄を奴隷になど落とさなければいいものを……。友は情けない気分になり、深く溜息をつく。 #エドゾー論

2014-11-18 20:43:43
はきの @hakino_

友は隣国《ダイス》の軍人であった。ダイスはこの国ではない別の国と長年戦争を続けていたが、友が古代の魔導兵器である《吸する錫杖》を振るい、敵国の拠点である要塞を単身で制圧。この戦果を持って敵国と優位な条件で停戦することに成功していた。 #エドゾー論

2014-11-18 20:47:54
はきの @hakino_

しかし、友はこの《吸する錫杖》を元から持っていたわけではない。戦争に赴く少し前に、この奴隷商から正当な代金を支払って手に入れていた。しかし奴隷商は契約書に細工をしており、この魔導兵器を用いて得た戦果に応じ、追加の代金を徴収する、という契約を知らずに結ばされていた。 #エドゾー論

2014-11-18 20:50:05
はきの @hakino_

如何に英雄となった友をしても、いや、英雄となったからこそ発生した莫大な代金は支払えるものではない。また、別国の商人相手に短絡的な手段に出れば、それを口実に戦を仕掛けられてしまうかもしれない。長年の戦争で疲弊したダイス国はそれを恐れた。 #エドゾー論

2014-11-18 20:52:09
はきの @hakino_

もし、仮に、友が友自身の力で英雄となったのならばこの限りではなかっただろう。英雄とは単騎で戦局を変える物。人類の到達点と呼ばれる最高戦力であるからだ。しかし、友の英雄たる力の源は魔導兵器《吸する錫杖》。だからだろう。国は、友をリスクを負ってまで守ろうとはしなかった。 #エドゾー論

2014-11-18 20:54:23
はきの @hakino_

その事情は友も心得ているし、納得もしている。だから錫杖も国に寄贈し、財産も処分して身一つでこの国に来ていた。ただ、予想外だったのはこの商人があまりにも詰めが甘く、英雄たる友をまさか奴隷にしようとしていたことだった。 #エドゾー論

2014-11-18 20:56:18
はきの @hakino_

借金を返せない場合、通常、財産を全て差し押さえられ、それでも足りない場合は数年か十数年かの強制労働をさせられるものだ。悪徳な場所なら出会い宿に売られるかもしれない。だが、その程度だ。奴隷はそれらとはまったく扱いが違う。 #エドゾー論

2014-11-18 20:58:23
はきの @hakino_

強制労働でも出会い宿でも、そこで働く人間には基本的人権という物が保証されている。これは旧文明時代の名残であり、ほぼ全ての国で通じる概念だ。しかし、奴隷にはそれがない。食べ物を与えなかろうが、嬲り殺しにしようが、一切お咎め無し。それが奴隷であった。 #エドゾー論

2014-11-18 20:59:32
はきの @hakino_

友は再び溜息を付く。まったくこの商人は詰めが甘い。他国の人間を奴隷にしようとしたこともそうだし、自らの扱う魔導兵器が――どこから見つけて来たのか知らないが――どの程度の力を持っているのか把握してないこともそうだ。 #エドゾー論

2014-11-18 21:01:23
はきの @hakino_

挙句、英雄を奴隷にすることを今更ながらに恐れ、友を出会い宿の女衒に引き渡し、少しでもマシな扱いにしようとしている。阿呆である。そこまでするならいっそ、解放すればいいものを。個人用の魔導兵器として妥当な程度の代金は既に得ているのだから。 #エドゾー論

2014-11-18 21:02:48
はきの @hakino_

ドアがノックされる。友が部屋に備えられている時計を確認すると、午後6時20分を示していた。恐らくは、友を出会い宿に引き取るための女衒が到着したのだろう。友は三度目の溜息を飲み込み、ゆっくりとソファーから立ち上がった。 #エドゾー論

2014-11-18 21:04:45