画家と騎士#2 【2014加筆修正版】
(前回までのあらすじ:職もなくぶらぶらしていたミェルヒは、クレンツと言う男に乗せられて亡霊退治の仕事を引き受ける。目的の廃墟に足を踏み入れたミェルヒとクレンツ。しかし、そこにいたのは売れない画家のエンジェだった。そこへ、亡霊騎士レイオンが姿を現す)
2014-12-03 21:16:28剣は騎士に近づくにつれ急激に速度を落とし、もう少しで鎧に触れるという所で空中で静止する。「や、やべぇ、こいつは…つえぇ…」 金縛り状態で剣を振りおろす姿のまま動けなくなったクレンツは、額に脂汗を浮かべた。どれだけ力を込めようとも、姿勢が固まったまま動けないのだ。 34
2014-12-03 21:22:55「エンジェ……お金を持って来たよ……また絵が描けるね……」 洞窟の奥から響くような声が聞こえた。動けないクレンツを無視し、エンジェに歩み寄る騎士。そして手を差し伸べる。すると、血ぬられたコインが次々と赤錆の装甲に覆われた手のひらからあふれ出した。 35
2014-12-03 21:32:27「こいつ……街で人を殺して……金を奪ってやがるんだ……」 クレンツは金縛りから解放されて、脱力し膝をついた。剣が床に落ち、大きな音を立てる。全身の力が抜け、赤子のように床を這うクレンツ。彼はもはや戦うことはおろか剣を握ることさえできない。汗が大量に噴き出し顎から滴った。 36
2014-12-03 21:41:51「レイオン……どうして……」 エンジェは絶句する。ミェルヒは勇気を振り絞り、騎士とエンジェの前に立ち塞がった。「エンジェに手を出すな……」 その声は震えていた。「エンジェ……苦しかったろう……これでもう大丈夫だよ」 ミェルヒは破れかぶれになって騎士に殴りかかる。 37
2014-12-03 21:47:45拳は真っ直ぐ騎士に向かっていく……が、やはりその拳は減速し、空中に静止する。「エンジェ……」 騎士が、ミェルヒの喉を掴んだ。凄まじい力で彼の喉を締め上げる! 「……!っが! ぐぇ……」 ミェルヒの首が千切れるのは時間の問題だった。エンジェは、涙を浮かべて、叫んだ。 38
2014-12-03 21:51:35「レイオン! やめて! お金は、もう必要ないの……」 騎士はミェルヒを開放した。ミェルヒは大きく咳をして、膝をついた。「そんなことはない……おまえはまだ……」 「いいの。お金は十分にあるの。私を認めてくれたパトロンがいるの」 エンジェは目に涙を浮かべながら言う。39
2014-12-03 21:57:02「嘘だ……」 「本当だよ! 本当だってば……だから……」 「じゃあ、パトロンとは誰のことだ……」 「……っ」 「言え。エンジェ。本当にそんな人間が存在するなら、言うのだ。いないのだろう。強がりはよせ」 エンジェは言葉に詰まった。所詮、騎士をなだめるだけの嘘だったのだ。 40
2014-12-03 22:01:11そのとき、喉をさすりながらミェルヒが立ちあがった。「エンジェのパトロンは、僕だ」 「……えっ」 エンジェは驚いてミェルヒを見る。「彼女が絵を描けるように、僕が頑張る。レイオン、あなたはもう休んでいいんだ」 騎士の肩に手を乗せ、ミェルヒは力強く言った。 41
2014-12-03 22:04:02騎士は黙ってミェルヒを見る。嘘をついているか、心を見ているのだ。だが、これは彼が本当に心から思っていることだった。「エンジェと初めて会ったとき、僕は彼女の絵の先をみたいと思った」 「彼女に、砂糖のいっぱいかかったコヌミク・クッキーを腹いっぱい食わせてやりたいと思った」 42
2014-12-03 22:09:11「そして……いいや、とにかく、彼女はもう心配いらないんだ、レイオン」 騎士の兜の奥、黒くぼんやりとした肉体から、赤い蛍のような光が零れだした。「君は、名前は何と言う」 「……ミェルヒ」 「ならばミェルヒ。わたしはお前を呪ってやる。お前が本当にエンジェを幸せにして……」 43
2014-12-03 22:12:13「そしてエンジェの絵が皆に認められるまで、お前を呪ってやる!!」 騎士の鎧の隙間から赤い燐光を帯びた黒い霧が噴き出す! 黒い霧はミェルヒを包み込み、そして消えた。あとには、騎士のつけていた、赤錆の鎧だけが残された。赤錆の鎧は、力なく倒れ、床にバラバラに散らばった。 44
2014-12-03 22:16:17「……」 「……」 「…………!?」 部屋の三人は、呆然とその場に立ちすくんでいる。クレンツは、気まずそうに、最初に口を開いた。「亡霊は消えた……依頼成功。よかったな、ボウズ」 「え……僕は……どうなるんだ……」 「えーっと、あの、えーっと」 エンジェも気まずそうだ。 45
2014-12-04 21:30:17エンジェはミェルヒをちらりと見て、ウィンクした。「私のパトロン様……になるのかな……よろしくねっ」 ミェルヒは呆然と呟く。「僕は確かに君には幸せになってほしいと思った……」 「さ、ギルドに行こう! ボウズ、お前は今日から騎士だぜ!」 クレンツがぎこちなく笑う。 46
2014-12-04 21:36:14「なんか、あんまり考えたくないんだけど、気苦労が一気に増えたような……考えちゃダメだ」 「ほ、本当に呪われたと決まったわけじゃないかもよ!」 エンジェは必死にフォローする。試しにミェルヒは、エンジェを見捨てていつもの生活に戻ることを考えてみた。 47
2014-12-04 21:43:01ミェルヒはほんの少し考えてみただけだった。一瞬で体中に激痛が走り、彼は七転八倒する! 口からは黒い霧が噴き出す! 「わかった! わかったレイオン! わかったから!」 のたうつミェルヒを見て、ちょっと申し訳なさそうな顔をするエンジェ。脂汗が止まらず、ぎこちない笑顔だ。 48
2014-12-04 21:46:45「絵が売れるよう……が、頑張ります……」 「あ、明日から大変だぞ……」 それから、ミェルヒとエンジェの生活は始まった。クレンツは、呪われなかったことをいいことに、何のフォローもせずまた別の街に行ってしまった。その後の彼の行方は分からない。そして、2年が過ぎた。 49
2014-12-04 21:53:57相変わらずエンジェの絵は売れないし、二人の生活は苦しかった。しかし、ミェルヒは一応騎士として食っていけるほどにはなった。レイオンの鎧をつけていると、不思議と力が湧くのだ。戦うたびに、ミェルヒは強くなっていく。最初はぎこちなかった二人も、2年が過ぎすっかり打ち解けていた。 50
2014-12-04 22:01:29