虚構の展覧会に、選ばれしものたち#1 動き出すアトリエ◆1
_目の前には、エンジェの自信作がある。誰に評価されたわけでもない、エンジェの目に映る絵。少しだけ、誇らしい絵。エンジェは絵を前にして呟く。 「悪くないね」 展覧会に出品するには、不足の無い立派な絵に見えた。エンジェの服もまた、展覧会にふさわしい晴れ着。 1
2016-03-19 17:11:39_今日はエンジェのデビューの日だった。エンジェは想像の中で、自分の姿を旅立つ若鳥に例えた。苦労も、挫折も、半人前。ただ、自信だけは無限の宇宙の果てまで届く。 「悪くないね……」 もう一度呟き、ぶるっと身を震わせた。自室の暖炉は蜘蛛の巣が張っている。火をつける金もない。 2
2016-03-19 17:17:54_友人のミェルヒがシャツに赤錆の兜姿で現れた。 「もうそろそろ出発しようよ」 「ええ」 二人は、エンジェの絵を布でくるんで大切に運んで行った。展覧会の会場まで。二人の歩く道は、期待と不安で舗装されていた。 3
2016-03-19 17:25:53_一瞬の道のりだった。ここに来るまで。部屋で絵を描いていれば、それで幸せだった。エンジェはそうやって何年も閉じこもって過ごしていた。 幼虫がゆっくり草をはみ、一見無意味な成長を続けるように、エンジェは部屋の中で成長していた。そして、いま、蛹から羽化するとき。 4
2016-03-19 17:31:37_エンジェの親戚の霊が、ミェルヒに課した呪いは重かった。エンジェが画家として大成するまで、ミェルヒの呪いは解けない。その出来事は丁度2か月前の話だった。 「後悔していない?」 絵を持ちながら、エンジェはミェルヒに問う。 5
2016-03-19 17:36:49「何度聞かれたって、答えは『後悔していない』だよ」 赤錆の兜の中からミェルヒの声。彼はとっさに霊と交渉してしまった。エンジェを支えると約束してしまった。 「君の絵は僕の心を動かした。君の絵には誰かを動かす力があるんだ。お金を稼ぐ力でも、称賛される力でもないけど……」 6
2016-03-19 17:42:46「ちょっと! お金だって稼げるし、皆から称賛される絵なんだから! きっと……」 エンジェはそう言って笑った。この2ヵ月、大きく状況が変わり、二人は翻弄されることとなった。 そう、全ては2か月前、エンジェの屋敷の中で……。 7
2016-03-19 17:47:03話は2か月前に遡る。赤錆の騎士の霊が浄化され、全ては決着したかに思えた。しかし、ミェルヒは赤錆の鎧と深く繋げられてしまったようで、鎧から離れることができず、エンジェの大きな屋敷に半ば同棲状態になっていた。 今日も屋敷にエンジェの奇声が響く。 8
2016-03-19 17:52:56「イヒヒ! やはり私は天才なのだ~」 そう言ってミェルヒの部屋に転がり込んで床で手足をバタバタさせる。作業の息抜きに構ってほしいのだろう。 ミェルヒは赤錆の鎧の整備を中断して彼女の隣に座る。 9
2016-03-19 17:58:24「天才だって、部屋に閉じこもってちゃ誰も知らないままだよ。エンジェ、何か自分を売り込む方法、考えた?」 エンジェが売れてくれないと、ミェルヒの呪いがいつまでも解けない。釘を刺したつもりだったが、エンジェはそんなこと分かっているとばかりに、腕を組んで笑ったのだった。 10
2016-03-19 18:03:05【用語解説】 【赤錆】 赤錆鉱石から精製される金属。空気に触れると一瞬で錆びてしまうが、赤い錆のコーティングによってそれ以上腐敗しない。鉱石はとにかく大量に産出するのが特徴で、世界中で手に入り、加工も容易で、日用品などに広く用いられる。採取できる地層が深すぎるのと、脆いのが欠点
2016-03-19 18:08:53