座敷鎮守府「追撃、氷山装甲空母姫」編◆艦これSS◆その3

座敷犬 @zash_dog

ここまでのあらすじ 目覚めたカンナギが提督と木曾に事情を話す。氷山装甲空母姫は彼女の秘書艦、大鳳の成れの果てかも知れない。密かに会話を聞いていた上陸舟艇母船、あきつ丸はペトロパブロフスク・カムチャツキーへの自身の同行を提案する。 #座敷鎮守府

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「偽装座標送信開始」オペレータが告げる。「つるぎ」をはじめとする艦船の座標は全て衛星とのデータリンクによって把握されている。この作戦行動を「大本営」が知った時、何が起こるかを考えればこのような細工は必要不可欠だ。「通信精度良好」取り敢えずは上手く行っているようだ。 #座敷鎮守府

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「菅原提督、トンボ、聞こえるか」木曾がヘッドセットに言う。ナノマシンによる無発声通信を艦娘は使えるが、司令部に居る時を始め彼女は何時も自らの声で物事を伝える。《此方や――菅原。聞こえたわ、通信強度良し》《此方も強力かつ明瞭(ラウド・アンド・クリア)であります》 #座敷鎮守府

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二人は今つるぎの甲板に居る。モニタの位置からして彼女等の正面には今黒い靄が広がっている筈だ。左を向き、同じ物を見る。向こうがまるで見えず、宛ら夜のようだ。吸い込まれているのは可視光だけではない。電波を始めとする電磁波は全てアレに遮断される。内外での通信は不可能だ。 #座敷鎮守府

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「再度確認する、目標は靄内部に存在する敵泊地、及び敵大型深海棲艦の偵察と脅威評定だ」僕が二人に言った事を木曾は確かめるように言う。二人の肯定を聞き、木曾に通信を代わってもらう。「無茶はするな、危ないと思ったら直ぐに撤退しろ」艦娘に何度も言ってきた事だ。 #座敷鎮守府

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《不安でありますか？》あきつ丸が茶化すように言う。船娘一人に死に掛け一人。正直今でも甲板に出て君たちを止めたい所だよ。《いざとなったら私達を見捨てれば良いわ》死なせるものかよ、もう誰も。何を考えているか分からん揚陸艦だろうと、死に掛けの腐れ縁だろうと。 #座敷鎮守府

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《やっぱり、アレから変わったわね、■■――提督》言って、カンナギが軽い苦悶の声を発する。艤装こそ付けていないものの、彼女の体にはミリナノとメディナノが相当量走っている。内側から死に掛けの体を弄られるのを平然と堪える事はできないだろう。そう激しい動きもできない筈だ。 #座敷鎮守府

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頼んだぞ、あきつ丸。《了解であります、提督殿 ――大発！》犬でも呼ぶかのような声。数瞬後水を叩く音が一つ。ディーゼルエンジンの音が外から聞こえる。帝国陸軍の上陸用舟艇、「大発動艇」。母船である彼女の「子」であり、召喚しうる兵器の内の一つ。 #座敷鎮守府

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洋上にその姿が見える。僅かに二人の人影も。カンナギとあきつ丸の反応は既に甲板から消えていた。走馬灯による熱光学迷彩は妖精たちによる未知の技術だ。大発動艇にくっつく二つの僅かな反応も、暫くすると黒い靄に消え――また現れ、此方に近づいてくる。 #座敷鎮守府

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左を見る。黒い靄から飛び出してきた大発動艇。通信が入る。《――噴進機に追われているであります！ 援護を》憔悴した声だ。大発から37mmやら何やらの砲火が黒い靄の先に放たれ――靄から何かが現れる。「戦闘態勢！」見た事のない敵航空機だ。待機中の艦娘達を呼び出す。 #座敷鎮守府

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応答は直ぐに有った。甲板に居た黒潮と響が10cm高角砲で対空射撃を開始。対空電探の反応――8つの内3つを叩き落とす。遅れてつるぎのファランクスとSeaRAMが起動、迎撃を開始するがこれは殆ど意味が無い。空中に炎の華が次々に咲いていくだけだ。 #座敷鎮守府

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不知火と暁が甲板に到着。同じく10cm高角砲で敵機を確実に撃ち落としていく。残り3――が距離を離す。捕捉が追いつかない。《突っ込んでくるで！》黒潮。敵の1機が此方に突っ込んでくる――これはまるで。「提督ッ」木曾が僕に飛び込み、押し倒す。知覚できたのはそこまで。 #座敷鎮守府

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目を開ける。他の伏せたクルー達も起き上がっていく。庇うように乗った木曾は既に退いていた。《間一髪でした》ヘッドセットに入ったのは駆逐艦達とは違う声。――鳥海か。高雄型重巡四番艦。摩耶の妹分だ。姉程ではないが彼女にも対空装備が備わっている。助かったよ。 #座敷鎮守府

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状況報告。ダメコン担当が各所からの報告をまとめ、言う。「三機中二機が構造物に突入した模様。死者ゼロ、しかし負傷者が6人出ています」カンナギとあきつ丸は？「舷側クレーンから3分前に回収。酷く消耗しているようですが怪我はないようです」白い息をつく。艦橋の窓が割れている。 #座敷鎮守府

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その後、黒い靄からのアプローチは無かった。夜の帳が下りる。ブリーフィングルームに二人を呼び出す。木曾には外してもらった――カンナギ曰く「艦娘には堪えるかもしれない」。黒い靄の中は時間すら歪んでいる。出発したばかりの艦隊がほんの数瞬で帰ってくる事もよくある話だ。 #座敷鎮守府

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巻取り式スクリーンを鈎付き棒で下ろし、三人分の椅子を用意する。ホームビデオを見る訳ではない。網膜のナノマシンが捉えた光学映像と鼓膜のナノマシンが捉えた音声、ナノマシンが記憶した情報を複合したファイル。あきつ丸の物だ。彼女が何を見、何を言い、何を聞いたのかが分かる。 #座敷鎮守府

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二人が入ってくる。疲労した様子だが、何が起こったかはファイルだけでは分からない。話してもらう必要もある。コーヒーを淹れ、二人に渡す。リモコンでプロジェクタと端末を操作。ファイルの再生時間は4時間強。さて、何があった。 #座敷鎮守府

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#座敷鎮守府

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全てが漂白され、脱色されたような世界。そこで見、聞いた事を二人は全て話した。侵食された迎撃システム群の警戒網を潜り抜けた事。鎮守府をモノクロにしたような港に上陸した事。人どころか敵の気配一つ感じられなかった事。黒い暗幕の敷かれたドックに進入した事。 #座敷鎮守府

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そして、氷山装甲空母姫を見た事。否、氷山装甲空母姫が「生まれる」瞬間を目の当たりにした事。 #座敷鎮守府

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「この時の自分の拡張現実を見て頂ければ分かるように、ここで5人の艦娘の艤装信号を感知したであります」映像を一時停止させ、あきつ丸が言う。拡張現実情報をオーバーレイ。比叡、榛名、神通、飛龍――そして大鳳。カンナギ、君の艦隊で「――間違えないわ」 #座敷鎮守府

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再開。あきつ丸の視線が全体を撫ぜるようにスクロールしていく。氷山に刺さる龍のような、蛇のような首が8つ。いずれも光を反射しない黒。周囲には丁寧にキャットウォークが備え付けてある。これも黒だ。モノクロの視界に目を痛めながら。 #座敷鎮守府

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「お気づきでありますか」――それぞれの首に艦娘達の艤装が埋め込まれている事か。「生体部位も、でありますよ」一時停止、アップ。肉色の部位。筋繊維、皮膚、指、頭髪――もう良い。艦娘の艤装起動には生体認証を介す必要がある。奴らはそれを死骸の遺伝子情報で突破しているのか。 #座敷鎮守府

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飄々と言ってのけるあきつ丸、表情をしかめるカンナギ。自らの愛する部下達を殺され、その死骸すらこのように弄ばれる心境は想像できない。再生。カンナギが声を上げる。大鳳。キャットウォークを走るカンナギ。それを追うあきつ丸。視界が揺れる。 #座敷鎮守府