【亡霊図書館《一》】第二章・三つの物語
- HenatyokoKiller
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白く細い指先が、羊皮紙の上で、羽ペンを躍らせる。 【第Ⅱ章〝三人のお姫様と、三人の王子様〟】 『永遠の幸せが、約束された物語の、はじまり、はじまり……』
2015-01-26 22:19:03赤ずきんと黒き機械仕掛けの王子様
ザラリと捲れる、羊皮紙の世界。 幾度となく繰り返された、この、脳髄を掻き乱すような浮遊感が、二人きりの物語の幕開けを告げる。 天井は、月の無い夜空へ。 壁は、鬱蒼とした深緑の木々へ。 羊皮紙の床だけは変わらずに、新たなインクを走らせている。 ここは、赤ずきんの、森。
2015-01-26 22:20:08他の子供達より大柄な機械仕掛の王子様の横に並ぶには、10歳にしては華奢で小柄なニーナはアンバランスで。 彼の大きな右腕に、しがみつくように手をつないだまま、森に佇んでいた。 初めてだった。ニーナの『幸せ』を知ってなお、逃げることも、拒むこともしなかった、王子様(狼さん)は。
2015-01-27 08:11:57朧げな記憶の中。 顔の無い、何人もの『狼さん』。 浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。 だけど今、目の前にいる『彼』は。 顔が見える。声が聞ける。手を繋げる。 ……目を逸らしたら消えてしまう、幸せな夢のような気がして。 ニーナはまばたき一つせず、彼の赤い瞳を見つめていた。
2015-01-27 08:26:51「……ねぇ、狼さん。狼さんのお手ては……どうして、こんなに……おおきい、の?」 フワ、と花のような微笑みを浮かべ、抵抗されないなら、彼の右腕を、自分の細い両腕で、ぎゅ、と抱き込む。 ……黒(D)は、知っているだろうか。 それは、白(ニーナ)を彩る、赤(ものがたり)の一節。
2015-01-27 08:40:10白く、細い指先が、羊皮紙の上で、羽ペンを躍らせる。 ザラリ。 また、一頁。世界が捲られる。 三つの物語の章は、残り二頁。
2015-01-27 22:00:04王子と姫が、各々の寓話へと姿をくらませる。下へ落ちるような上へ昇るような、奇妙な感覚に包まれながら、黒の王子はユーグの言葉を反芻する。「幸せを、つくる……俺が……?」否定の意志というわけではないけれど、実感があるわけでもない。疑問だけが自分の中で反響した。
2015-01-27 22:44:41――気が付けば、月の明かりすら届かない闇夜の森に居た。暗がりだけが広がる世界。影には何かが潜んでいるようでもあったが、夜に鳴き声をあげる虫や獣の気配は皆無であり、何も存在しないようにも感じられる。
2015-01-27 22:51:58暗がりで、ふたりきり。行くあてがあるわけでもないのに、歩は自然と何処かへ向かう。己が先導しているのか、それともこの少女に導かれているのかは分からなかった。
2015-01-27 22:52:03そう、少女が居る。気が付けば手を繋がれていた。ただし機械で膨れ上がった歪な右腕は、少女の手では覆いきれない。繋ぐというよりも、ぺたっと触れているだけか。あるいはしがみつくにも近いか。
2015-01-27 22:53:24「……通常の人型を保っていては、戦うために必要な機械質量を確保できない。圧縮した機械質量を、体内に詰め込めるだけ詰め込んでいる。その副作用により、右腕がこのように肥大化している。それが理由だ」腕のことを訊かれれば、淡々と報告して。
2015-01-27 22:59:21「……」執着すら感じる、少女の眼差し。片時も離さずにこちらを見つめて。見上げて。「……前方を注視しろ。この暗がりでは、普通の人間にとっては視界が悪い。転ぶぞ」少女を見向きもせず、冷たい声音が気遣いをひとつ。
2015-01-27 23:01:56「……ふみゅ……ニーナ、覚えた。」 実際のところは一文字も理解出来ていないその頭で、神妙に頷き。 「……じゃあ……狼さんの隣は……どうして、こんなに……安心、するの……?」 ……抱きしめたDの右腕に、ぷに、っと、ほっぺをくっつける。
2015-01-27 23:53:54なのに、どうして。 「……誰にも、食べられないで……一人で、壊れるのは……イヤ、で……怖い……はず、なのに……」 怖い。森が怖い。闇が怖い。機械の腕の鋭利な棘が、怖い。 全て、全て……右耳のペリフェラルが、心地良い期待感へと、変換(コンバート)していく。
2015-01-28 00:04:12「……ぜんぜん……怖くない、の。……なんで……かな」 ピキ、ジジジ…… ニーナの右耳の黒いピアスが、夜の森の闇の中に……微かな、電子の灯りを灯している。
2015-01-28 00:07:34ーーガサ。……パキン。 森の小道を歩く二人の、右側。 草むらが、不自然に揺れる。 「……ぁ……」 振り向いたニーナの金色の瞳に映るのは。 まるで影絵のように真っ黒な、狼の、群。
2015-01-28 14:19:21ニーナは一瞬、ビクリと肩を震わせ、怯えたように、Dの腕を握る手に力を込める。 ……しかし。 右耳の黒いピアスに、正常な駆動を示す、ほのかな青緑の灯りが灯り。 少女のシナプスより転送される『恐怖』のシグナルは、プログラムされたシステムによって忠実に『期待感』へと変換されて。
2015-01-28 14:22:50『……るるるるる……ぐるるるるる……』 低い唸り声が、空気を震わせる。 一匹、また一匹。草むらから、少しずつ踏み出しては、距離を詰めてくる。 ニーナは、躊躇いもなく、Dの腕を離し。 狼の群れへと、腕を伸ばす。 「……ニーナのこと……食べてくれる、の……?」
2015-01-28 14:26:40赤の衣を纏う少女が、黒の機械仕掛けとともに森を進む。赤と黒が寄り添うさまは、赤の姫が黒の騎士と共にある、そういった御伽噺の光景にも見えるのかもしれない。
2015-01-28 15:30:18「……」なぜ安心するのか。黒の騎士の返答はない。腕に接触する少女の頬の柔らかさや温もりを、認識すらしていないかのように。ただ前を向いて、歩くだけ。けれど、怖いはずなのに怖くないという、矛盾した言葉を訊けば。
2015-01-28 15:32:47「……なるほど」右腕にしがみ付く少女を、ちらりと見下ろして。相槌、ひとつ。「感情と感覚。認識と行動。相互同調に齟齬が見受けられる。洗脳、あるいは催眠の類か……」話しかけているわけではない。思考を口にし、確かめているといった風。
2015-01-28 15:32:52「しかし、俺の世界にある技術情報だけを参照して結論付けるのは推奨されない。おまえの運命が何であり、どのような仕組みであるのかを判断するには、圧倒的に情報が不足している――」そういった思考に横槍を入れるかのように。気配、物音。
2015-01-28 15:41:29「――敵性存在を認識」立ち止まる。ニーナが気付くよりも早く、敵の出現を察知する。「俺たちを御伽噺に導いた<嗤う誰か>の仕業か、あるいはそれ以外の何かか」出現には前触れがなかった。近づいてくることを感知できなかった。まるで、急に影の奥の暗がりから、沸いて出たような。
2015-01-28 15:41:34