とあるブラック鎮守府の #1

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とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

私が生まれてはじめて聞いた音は、那智の鼓動だった。

2015-03-05 00:16:51
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

暗い、見知らぬ部屋。誰の物かも分からない布団の上で、私は那智を押し倒し、抱きついている、ようだった。なんでよ。まったく皆目見当も付かない。必死に思い出そうとしても、「自分は深海棲艦と戦う為に、艦娘として生まれた重巡「足柄」である」「目の前にいるのは姉妹艦の「那智」である」てね。

2015-03-05 00:26:29
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

私の脳みそには、知識だけしか入ってないのだろうか。 「ええと……」  声は、出せるようだ。  腕に力を入れて、起き上がり、那智の顔を見つめた。凛としたクールジャパンな顔つきに、影が落ちていて、どぎまぎする。なんでこんな人、押し倒したんでしょう。私は。

2015-03-05 00:32:33
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

「あなた、那智よね。あの、なんで、私達こんな……ひゃ!」  氷のように冷たいものが頬を撫でてきたので、びっくりして声をあげてしまった。視線で追うと、那智の手が私の頬を掴んでいるようだ。 「ああ。足柄は、もう大丈夫か」  大丈夫か? この状況が、大丈夫じゃないんですけど。

2015-03-05 00:42:33
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

「あ、うん。た、多分?」  とにかくこの状況を打破したい。身体を密着させながら話し合うなんて、ご免だ。姉妹艦とはいえ、相手は女性。意識せず過ごすなんて無謀中の無謀。途中から何を話しているかさえ、分からなくなる! 自信がある! 「そうか。それはよかった」  那智は嬉しそうに言う。

2015-03-05 00:49:36
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

「出会い系は程々にな。そんなもので足柄の良さが分かる女は見つからん」  出会い系。聞き慣れない系の言葉だ。頭の中で反復しても、意味が分からない。曲がり角、カッティングパイをせず突っ走り、出会い頭に射撃されることを、出会い。そんなミスをしそうな人達のことを系。略して出会い系とか。

2015-03-05 01:03:48
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

「う、うん。分かった。あと、そろそろ離れてくれると……」 「いいか。約束だぞ」 「う、うん。約束するから、手を……」 「約束だからな」  那智の押しが強い。情けなくも目を反らし、頷くことしかできなかった。

2015-03-05 01:10:36
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

「人恋しいのなら、私の胸をいくらでも使わせてやるから」  ここまで念押しされると、罪悪感を覚える。これ以上覚えているふりをしても、事態が良くなる気もしない。心配そうに私を見ている那智に、 「あのね。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……。言っている意味が分からない」  と言った。

2015-03-05 01:15:58
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

は、と那智が驚いたように呟く。私は構わず続ける。 「今さっき、目覚めたのよ。自分が足柄で、那智が那智ってことぐらい分かるけど、出会い系とか、私の良さが分かる女性とか、まったく分かんない……」  那智の手が、私の頬からゆっくり離れた。 「本当か?」  彼女の声は、少し震えている。

2015-03-05 01:21:47
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

黙って頷くと、那智は深く息を吐いた。もしかして出会い系は、出撃に、戦闘に関する重要なことなのだろうか。いや! そんな重要なこと、忘れるはずがない。なんたって、私は飢えた狼こと重巡足柄。箸を持つ手を忘れても、戦いの知識だけは、絶対に! 「よかった!」  がくん、と視界が揺れる。

2015-03-05 01:24:35
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

火薬の臭いがした。何事かと体勢を整えようとして、自分が那智の胸の中にいることに気づく。立ち上がろうとしても、那智の腕が私をしっかり押さえて、させてくれない。見た目より柔らかい身体と、手からは想像もつかない那智のあたたかい熱に包まれ、頭の中がグルグルグル、回転してグルる。

2015-03-05 01:26:34
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

「えっ、なに!?」 「混乱状態だったとはな! そうか。さすが、私の妹。私は信じていたぞ」 「んにゃ! ちょ、へ、変なところ触らないで!」  ハっと気づけば、那智の頬をグーで殴っている自分がいた。

2015-03-05 01:27:08
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

硬い骨の感触が、否応なく伝わる。ごき、と戦場以外ではあまり聞きたくない音がした。那智の腕から脱出した後、彼女の肩を揺さぶってみる。 「な、なち……?」  分かっちゃいたけど、反応なし。那智は殴られた姿勢のまま一ミリも動かない。那智の首に手を当て、脈を測ってみる。

2015-03-05 01:28:34
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

とくん、とくんと振動が伝わってきた。ほっとしながら、鼻元に手を近づける。よし大丈夫。息もしている。最悪の事態は回避できたらしい。かといって、喜んでいい状況なワケでもない。断じて。着任早々、艦娘、それも姉妹艦を怪我させたとは、不祥事もいいところ。事態の隠蔽、もとい解決を図りたい。

2015-03-05 01:29:24
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

艦娘は、高速修復材があれば元気百倍なんとかマンになる。それが手に入れば、那智の怪我も治るだろう。布団から飛び上がり、周囲を観察する。こじんまりとした六畳半程度の部屋には、布団と本棚、時計、机と椅子。必要最低限のものしか置かれていない。うん。やっぱり、見覚えのない部屋だった。

2015-03-05 01:30:23
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

もしかして那智の部屋、なのだろうか。本棚に近づいて、一冊だけ手に取る。「那珂ちゃんファーストメモリアル」と書かれた軽巡「那珂」の写真集。いや……これは……那智が持っているとは、些か考えにくいんですけど。  本を戻し、腕を組んで考える。

2015-03-05 01:30:51
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

おそらくここは鎮守府で、この部屋から出れば、艦娘達と会うことになるだろう。いや、今は夜だから、誰とも会わずにすむかもしれない。どちらにしても、よ。この部屋の位置を覚えて、無事に帰ってこられるとは思えなかった。ぶっちゃけ、結構な方向音痴な艦娘なのよ、私。記憶がそう囁いている。

2015-03-05 01:31:49
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

……あれ、でも、私、今生まれてきたんだから、記憶なんてないはず。艦だった頃。前世の記憶なんだろうか。もやもや考えても、霧を掴むような気分になるだけだ。 「あー、駄目ね」  思わず、口に出して言ってしまう。

2015-03-05 01:32:23
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

ともかく本能が「ここから出ない方がいい」と、警告している。理由なんて、まったく分からない。根拠もない。だけれど、信じたほうがいいような気がする。他人には理解してもらえなさそうな感覚が、荒れ狂う波のように押し寄せてくる。

2015-03-05 01:32:59
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

私は椅子を布団の近くまで運び、腰掛けた。ギシリと音がなる。  那智の顔色を窺うと、気絶している割には、安かな表情で、寝ているような雰囲気だった。思い切りぶん殴った気がするが、肌も青くなっていない。見たところ、軽傷どころか、傷ひとつないように思える。

2015-03-05 01:33:28
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

どうして私は那智に抱きついていたんだろう。どうして那智は、あんなに喜んでいたんだろう。分かるはずがないことを、もう一度考えてみる。

2015-03-05 01:48:01
とあるブラック鎮守府の足柄さん @lsasigara

カチリカチリ、時計の針が動く音だけが、耳に届いた。

2015-03-05 01:48:14