【覚え書き】北上さまが審神者になったようです
10代半ばの少女のなりをした主、と言っては失礼か。この本丸で、刀剣男子――つまり僕達、刀の付喪神を次々と権現させ、戦へと赴かせる「審神者」である彼女は、ともすれば緊張感のない、いつもの飄々とした口調で僕に言ったのだ。
2015-04-26 20:35:00兎も角今日は散々だった。戦場に出れば傷を負い、生前の悔いを残したまま、本丸で奇跡的に出会えた相手には素気無く拒まれ続け。手入れが終わり、せめて平静を取り戻すまでの間は誰にも顔を合わせまいと出向いた庭の桜の下のささやかな静寂も望めそうにない。
2015-04-26 20:51:26「一度死んだらそれまでだなんて、ちょいと侘しすぎやしないかい?」下弦の月を見上げ、彼女は眩しそうに目を細める。それはまるで、どこか懐かしい風景を思い浮かべるかのような表情で。
2015-04-26 20:56:10「……それは、さ」相変わらずの主に比べて、今夜の僕のなんと格好悪いことか。「僕をなぐさめる為に言ってくれてるのかな?」決まらない台詞に、彼女は可愛らしい鼻をそびやかしてふふんと笑う。「自惚れるんじゃないよ」柳に風とばかりのゆるい口調。「あたしは本当のことを言ってるんだけどなぁ」
2015-04-26 20:45:37「まぁ、あたしも最初はそんなお伽話、信じちゃいなかったんだけどねぇ」三つ編みにまとめた後ろ髪が、白い着物の背中で跳ねる。「最初は?」「そう。あの時はね、余裕なんてなかった。自分のことだけで手一杯でさ。時代もサイアクだったし」
2015-04-27 00:45:45「つまり、君は」「んー……まぁ、その、そうね」肩を竦めて、彼女は僕を振り返る。その表情はいつもの飄々としたものではなく、やや青ざめた真顔だった。「あんま、よくない兵器積んでた。もしそれを使ったら、二度と会えない気がしてたんだけど……使わずに済んだ。それでも会えなかったけどね」
2015-04-27 00:52:16「でさ」ため息混じりに言葉を繋ぐ。青ざめて見えた顔色は月明かりの所為か。「次に目覚めた時には、やたら身体が軽かったんだ」この少女の姿をした主は、もしかすると僕等と似たような経験を辿ってきたのだろうか?「あちゃー、って思ったけどね。だけど、彼女がそこに“いた”んだ」「“いた”?」
2015-04-27 01:01:06「そ。違う海の底に沈んだ筈なのにね。何の因果か大湊、ってヤツよ」真顔はふにゃりと笑顔に崩れて、僕はなんだか当てられているような気になってきた。「いい時代だったよぉ。東京オリンピックに高度経済成長。世の中に活気が溢れてた。身体がちっちゃくなったことを除けば、言うことなしってヤツよ」
2015-04-27 01:09:05そこで彼女はもう一度ため息をついて、雲の掛かる月を見上げた。「真面目にふたりでオツトメして30年弱。さすがに寿命には勝てなかったけど、もうこれで思い残すこともないかなあと思ったんだ」
2015-04-27 01:12:11「だけどね」小柄な主は目を閉じて、その両腕を夜空に広げてみせる。まるで、僕達付喪神が権現した時のような、夢見るような面持ちで。
2015-04-27 01:16:36艦娘時代入れると2度も大井っちと巡り合っていて、三度目の正直を叶えようとする審神者北上さまと、一度死んでいる所為で色々とあの子に踏み出せない、あんまり格好良くない燭台切くんのおはなしでした。
2015-04-27 01:24:27