わたしのおはなし

めもめも
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夜狐 @minori_1201

「私」の話をしようと思う。消えてしまう彼女達をこうして、無為に記録するためにも。 すぐに情報減衰の影響でこの記録は消えるだろう。私の記憶からも消える。前回は12日だった。今度はどれだけ保つだろうか。会う度周期は短くなる。そう長くは保たないのだろう。

2015-07-29 15:05:16
夜狐 @minori_1201

先だって、1番さんはとうとう、管理簿から名前を消された。何が起きたのかは尋ねなかった。思い出せる今のうちに書くけれど、お茶目なお婆様。私にいつも手土産にお菓子をくれた。子供じゃないんだよと、隣にいた鮮やかな髪色の付喪神は窘めていたっけ。 彼はどうしているだろう。

2015-07-29 15:08:01
夜狐 @minori_1201

3番さん、4番ちゃんの姿も見なくなって久しい。残ったのはこれでとうとう、あの子だけになった。5番ちゃん。最近は見る度明るくなるようで、嬉しいけれど、切なくもなる。 お人形みたいだった彼女が笑うようになった契機が、残り時間を宣告されてからというのはいかにも皮肉だった。

2015-07-29 15:12:25
夜狐 @minori_1201

「私」の話をする。 思い出せる範囲で例のサーバに残っている監視カメラの映像を出してみた。あの子は見たらどんな顔をするだろう。最初のうち、ロッカーから出るのは5番ちゃんが先だ。その後に彼。大体そこで管理室で暇を持て余す私に会って、それから――ああ。初めましてと。そう言うのだ。

2015-07-29 17:52:50
夜狐 @minori_1201

二度目の遭遇。一瞬、彼が戸惑っていることに今更気付いた。「初めまして?」と不思議そうに。でも、5番ちゃんは笑って人差し指を唇に当てる。いいのよ、これはそういうもの。彼女の諦めの笑顔は、ああ、私には見慣れたもののはずなのに。(記憶は周期で消えていくのだ。)

2015-07-29 17:55:13
夜狐 @minori_1201

三度目は砂時計の落ちきる前だ。私はロッカーから出て来た彼女に、久し振りと告げる。目を見張って、5番ちゃんは恥ずかしそうに笑って、あとから出て来た彼の被っている布を少しだけ、引っ張った。嬉しかったんだろう。彼が5番ちゃんの頭を撫でよう、として手を止めたのが映っていた。

2015-07-29 19:47:05
夜狐 @minori_1201

四度目、五度目、六度目。周期によるが、初めまして、と、久し振り、の回数は半々か。この頃は3週間くらいが目安だった。それを超えると「初めまして」。 ――気付いたのは七度目。周期は17日。 私は彼女に「初めまして」と告げた。 彼女は珍しく、瞬きをする程の間、表情を消した。

2015-07-29 19:53:58
夜狐 @minori_1201

――隣の彼は今度はちゃんと、5番ちゃんの頭を撫でていた。偉いぞよくやった。

2015-07-29 19:54:52
夜狐 @minori_1201

「私」は気付いた。彼女も気付いた。 時を経て彼女が終わりに近づけば、それだけ周期は短くなるのだ。考えてみれば当然のことだった。だけど一瞬の沈黙の後、彼女は笑った。いつも通りに。彼に頭を撫でられて、それに勇気を得たように。 笑って、言うのだ。 初めまして!

2015-07-29 19:59:11
夜狐 @minori_1201

――「私」の話を、しようと思う。 彼女の記憶を失う前に。彼女を思い出せるうちに。 彼女と彼が、私のような悔いを得る前に。

2015-07-29 20:02:37
夜狐 @minori_1201

それが果たして何度目の訪問だったのかは忘れたが、私もいつでも管理室に居る訳ではない。閑職ではあるが。 ある日の記録。ロッカーから飛び出してきた彼女は、たまたま居合わせた別の審神者に不審者とでも判断されたか、危うく刃を向けられそうになり、後から飛び出した彼に庇われている。

2015-07-30 00:14:03
夜狐 @minori_1201

その後の訪問からだ。ロッカーから出てくる順番が、変わった。先に彼。後から彼女。最初の内のぎこちない距離感は、気付けば彼が手を伸べて、5番ちゃんがその手を取って段差を跳ねる程度になっている。 私はそれを見て、「初めまして」を言う。 周期は、15日。彼女の刀剣は、また増えた。

2015-07-30 00:15:33
夜狐 @minori_1201

それを見て「私」は胸元に提げたお守りを握った。冷たく硬いそれは、果たして私を守るものなのか、縛るものなのか。問う視線を向けた先、飄々とした小柄な付喪神は、パイプ椅子の上で足を揺らしている。私を見返す、何を考えているか知れない薄緑の瞳。どうかした? ――彼に問うても、答えは出ない。

2015-07-30 00:18:14
夜狐 @minori_1201

「問うべきならば彼かしら」 「違うって、分かってる癖に。あれは主と俺の知ってるアレじゃないよ」 分かっている。――否応なしに。「初めまして」を、言う度に。咽喉に痞える、悔いと疑問。生きている私が言うべきではないだろうが、強いて表現するならそれは「心残り」。 分かっているのだ。

2015-07-30 00:20:06
夜狐 @minori_1201

「私」の話を――っと。 否。私の話をしようか。

2015-07-31 00:00:52
夜狐 @minori_1201

備品管理室の奥から欠伸。小さな身体が伸びをして、私は彼を嗜める。見えない人には見えないけれど、ここは「そういう人」の多い部署なのだ。気を付けて。 「私用で勝手に管理室に俺を安置してる人が良く言うよね」 「全くだ」 笑う声が同調する。やれやれ今日は賑やかな日だ。

2015-07-31 00:02:12
夜狐 @minori_1201

「今日は誰も来ないの?」 「何だ、つまんねーなー、折角起きたのに」 「私は話し相手として退屈な訳?」 「…主はなぁ」「主だしなぁ」 「もう私は貴方達の主じゃないわよ、蛍丸、獅子王」

2015-07-31 00:03:55
夜狐 @minori_1201

ならさっさと「嫁ぎ先」を見つけてくれよと、金の鬣の獅子は茶化して笑う。蛍丸は勝手に冷蔵庫を開いて私の名前の書いてあるゼリーを取り出して、「他の無いのー」と宣う。この野郎のマイペースは昔から変わらない。 昔から変わらない。

2015-07-31 00:05:50
夜狐 @minori_1201

私は卓に頬杖をついた。昔話は嫌いだ。胸元のお守りをまさぐり、あと二振り、管理室に安置している刀を見遣る。目を伏せた。一振りは意地でも顕現する気は無いのだろうが、多分、こちらに耳を傾けては居るのだろう――全く、捻くれ者め。

2015-07-31 00:10:18
夜狐 @minori_1201

「…今日は訪問者の予定はないわ」 「ロッカーからは誰も来ない」 蛍丸の言葉に私は眉根を寄せた。そうだ、彼女達は、ロッカーから来るんだった。ロッカーから――その言葉への反応が自分でも鈍くなっているのが分かる。つまり。 「…何日経った?」 「10日だな。そろそろヤバイか?」

2015-07-31 00:11:31
夜狐 @minori_1201

「まだ覚えてるわ。5番ちゃんと1番さん。1番さんは次に来た時にパウンドケーキ持って来てくれるって約束してるの」 「覚えていない約束をするんだから、彼女らも大概捻くれてるよ」 獅子王の言葉は全くその通りだが、無為な約束をそれでもしたがるのは、彼女達なりの祈りではないかと思っている。

2015-07-31 00:13:06
夜狐 @minori_1201

覚えていて欲しいのだろう。本音の部分では。だけど1番さんは静かに、5番ちゃんは笑顔で、諦めと共に私に言うのだろう。初めまして、と。 忘れたい訳ではない。私は彼女達が、そう、好き、なのだろう。机の上で、備品として預けられた古いトイカメラを指で撫ぜる。掌に収まる小さな玩具。

2015-07-31 00:23:16
夜狐 @minori_1201

この中には、私が現像できない最後の写真が納まっている。彼の。そこまで考えて思い出すのをやめようと私は目を瞑る。思考を断ち切る。首の後ろ、項の辺りに触れた。 「…あの子達は」 「俺達がどうこう言える立場じゃないだろう」 「ドロップアウト組、だもんねー」

2015-07-31 00:25:25
夜狐 @minori_1201

ああ。それを言われると反論は出来ない。それでも。抗うようにそれでも、と思ってしまうのだから、やっぱり私は彼女達が好きなのだろう。柔らかく心臓が動いている。止まったはずの歯車は、私が生きて時間を動かす限り、カメラの中で止まったままの思い出を置いて残酷な等速で動いて行く。

2015-07-31 00:27:04
夜狐 @minori_1201

「…枇杷ゼリーでよければあるわよ」 「わぁい!」「俺も!」 誤魔化すように、私は二人に告げた。それから棚の間に隠すように納められた一振りを見遣る。もう一振りの短刀は、と見ればいつの間にやら冷蔵庫を漁る中に混ざっていた。相変わらずのちゃっかり者だ。

2015-07-31 00:36:43
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