わたしのおはなし

めもめも
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夜狐 @minori_1201

「…貴方も要る?」 問うても答えが無いことは知っていた。 ――彼は本当に捻くれ者だった。その場に膝を折り、私は身を屈めて、視線を合わせるようにした。首を傾げる。 「頑固者」 ――どっちが。 そう返されたような気がして、小さく笑った。ゼリーは彼の分も用意しておこうと決める。

2015-07-31 00:42:42
夜狐 @minori_1201

もう少しだけ。 もう少しだけ、この甘やかな過去の残滓に浸る我儘を許して欲しい。私は胸元のお守りに触れて、目を閉じた。

2015-07-31 00:44:03
夜狐 @minori_1201

ちょっとだけ後日談 「…何だ?」 備品管理室に訪問したところ、担当者は不在の様子だった。襤褸布を被った男性、に見える付喪神がゼリーを匙で掬っている。 「回覧です」 「…あいつなら留守だ。戻り予定は1330」 「あれ?お昼は13時終わりじゃ」 「訪問者で休憩時間がずれた」

2015-08-02 09:50:25
夜狐 @minori_1201

訪問者、と問い返すが応えは無かった。彼は黙々とゼリーを食べながら、空いた手で付箋を一枚毟り取る。 「…用件があれば書いとけ」 素っ気ない対応だった。――それにしても何でここに付喪神が?疑念はあるものの、回覧に付箋をつけて訪問時間と名前を記載する。

2015-08-02 09:59:21
夜狐 @minori_1201

ふ、と思い立って顔を上げる。襤褸の下から覗く翠はどきりとするほどに鮮やかだ。 「ねぇ、備品管理室って、特定の本丸と繋がりがあったりする?」 「…。俺に訊いてどうする」 「必要な情報だから確認してるだけ」 「答える義務が無い」 「刀剣の付喪神が居る以上、否定は無意味じゃない?」

2015-08-02 10:09:46
夜狐 @minori_1201

彼はその指摘に嘆息して、食べ終えたゼリーのカップの上に匙を置いた。ご馳走様、と小さく呟いてるから結構律儀な性質らしい。 「…ここの担当の来歴は」 「ドロップアウト組、って。…あ」 「そういうことだ。俺達は主に従ってここに居る」 主、と呼ぶ時、彼は少しだけ苛立たしげだった。

2015-08-02 10:12:38
夜狐 @minori_1201

1325、5分前行動。大した仕事がある訳でもないけれど、朝みたいに突然「ロッカーからの」訪問者が来ないとも限らない。私の不在時は「不在」の札をかけている筈なのだが、何故か札が外れていた。 「…蛍丸? 獅子王? 博多?」 この手の悪戯をする連中の名を呼んだが反応は無い。

2015-08-02 10:21:33
夜狐 @minori_1201

札、出し忘れたかなぁ。訪問者が居たらまずいなー、と頭をかきつつ卓を見れば、連絡用のファイルと付箋が目に留まった。ファイルに貼付された付箋には訪問者の名前と、訪問時間。例の伝手の件当てにしてます、と一言。 「…5番ちゃんは無理だよなぁ」 情報減衰の問題があるから、無理だろう。

2015-08-02 10:24:18
夜狐 @minori_1201

もう1枚の付箋には、名前も時間も記載は無かった。いかにも神経質そうな細い線の文字で一言。「ご馳走様」とだけ。思い至って冷蔵庫を見れば、先日用意しておいた枇杷ゼリーがひとつ減って、洗ったらしい匙だけ残っていた。あの野郎。 「…顔くらい見せなさいよ」 頑固者め。

2015-08-02 10:26:46
夜狐 @minori_1201

Q.担当さんとこの山姥切国広は何してるんですか A.拗らせてます。

2015-08-02 10:38:26
夜狐 @minori_1201

「私」の記録を見ている。 ――ああ。これは別れの日の記憶か。

2015-08-02 18:48:15
夜狐 @minori_1201

審神者としての力を半ば以上削がれた私の手元には4振りの刀が残っていた。私はこっそり――といっても、上の方は気付いていて目を瞑ってくれたのだろうが――彼らの憑代になっている刀を備品管理室に置かせて貰っていた。さすがに自宅には保管できない。

2015-08-02 18:49:20
夜狐 @minori_1201

他の刀は、それぞれだ。刀解を望んだ者も居たし、元々縁のあった余所の本丸へ移った者も居る。彼らだけは、――どうも私が「彼」の後追いをするのではないかと思われたらしく――私について、現世に来ている。

2015-08-02 18:50:18
夜狐 @minori_1201

その日はそのうちの1振りの「嫁ぎ先」(と獅子王はよく茶化していた)が決まったところだった。元々縁のあった審神者の一人と面談して、彼も「あん人ならええよ、うまくやれるったい」と応じてくれたので、明日にも手続きを済ませよう、ということに決まり。ささやかなお別れ会を開いていた。

2015-08-02 18:52:12
夜狐 @minori_1201

彼の好きな郷里のお菓子と、何故か「嫁ぎ先」の本丸からはバームクーヘンも送られて来たのでそれも合わせて、さて紅茶か珈琲か、と私が思案しているとロッカーから控えめなノックが聞こえた。ノックをするのは「1番さん」の方である。「5番ちゃん」はどうも変な音がすることが多い。

2015-08-02 18:53:39
夜狐 @minori_1201

(5番ちゃん、何で毎回あんな…どこかぶつけてるみたいな音がしてるんだろう) 「私」は記録を見ながら首を傾げたが今はそれよりもこの日の記録だ。 映像を回す。

2015-08-02 18:54:30
夜狐 @minori_1201

「あら、あら。パーティ?」 「…博多の行き先が決まったので。ええと…」 「…『初めまして』、かしら?」 「いえ。あの。思い出しました。…ぎりぎり周期内だったみたいですね、『1番』さん」 呼べば初老の女性は「あらあら」と嬉しそうに笑った。隣の近侍――歌仙兼定も少し安堵したようだ。

2015-08-02 18:55:41
夜狐 @minori_1201

「しかし『周期内』か。減衰周期が随分と安定してしまったんだね、主」 「そうね。…もう、終わりが近いものね、私は」 彼女の言葉の意味は分からなかった――当時の私には分からなかったが、どこか不穏なものを孕んでいることは理解が出来たから、首を傾げて言葉を促す。

2015-08-02 18:57:11
夜狐 @minori_1201

1番さんはにこにこ上品に笑うだけだ。それから隣の近侍に「ほら歌仙、お土産を」と促せば、歌仙兼定が手にした紙袋を差し出してくれる。中を覗くと、1番さんお手製のクッキーとパウンドケーキだ。それを渡した歌仙兼定は、インスタントの紅茶を淹れようとしている蛍丸を見て顔を顰めた。

2015-08-02 18:58:50
夜狐 @minori_1201

「私達も同席して構わないかしら」 1番さんの言葉に、私は微笑んで席を引いた。どうぞ、と促して彼女が座る。所作は誰かに仕えてもらうことに慣れた人間のそれで、この人はどういう来歴なんだろうか、とぼんやりそんなことを思う。 歌仙兼定は蛍丸からティーポットを奪っていた。

2015-08-02 19:00:37
夜狐 @minori_1201

1番さんのパウンドケーキを博多が食べるのもこれで最後か。そう思ったので彼の分だけ厚めに切り分けておいた。 「ばっちゃん、いつもありがとな」 「婆ちゃんのケーキが食べられんくなるとは辛かとねぇ」 ラム酒の効いたパウンドケーキを切り分ける獅子王と、それを頬張る博多が笑う。

2015-08-02 19:48:23
夜狐 @minori_1201

「いえいえ。…そう、博多君も余所に行ってしまうのね。担当さん、寂しくなるのではない?」 「そうね。本丸を退いてから、ずっと傍に居てくれたから。…苦労かけたね、博多」 「よかよか、気にしとらん。…それに、主がこっちで生きるって決めたとなら、俺達は邪魔になるったい」

2015-08-02 19:51:22
夜狐 @minori_1201

彼の言葉は真理でもあり、私は虚を突かれて目を伏せた。私がもう審神者ではない以上、そう、彼らの存在にはもう意味が無い。 それでも傍に居てくれたのは、矢張りそれだけ心配をかけていたのだろう。 一先ずは「後追いはしない」と確信できたからこそ、博多は出ていくことを望んだのに違いない。

2015-08-02 19:52:29
夜狐 @minori_1201

「博多は厳しいね」 私が苦笑すると、博多も苦笑した。 「たまに様子ば見に来てもよかね?」 それでもそう付け加えられた辺り、私はまだ彼らに相当な心配をさせているらしい。 ――そんなに、私は危なっかしいだろうか。 1番さんや5番ちゃんに比べれば余程安全な人生、歩んでる積りなんだけど。

2015-08-02 19:55:37
夜狐 @minori_1201

その1番さんは紅茶を飲み終えて、博多と私のやり取りに目を細めていたが、やがて腕時計を見て目を伏せた。 「ああ、ごめんなさい、もう時間?」 私が言えば、彼女はまだ大丈夫、と告げて、それから言葉を探すように間を置いていたが、 「…主がここに来るのはあと1回だ」 近侍が口を挟んだ。

2015-08-02 19:57:31
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