わたしのおはなし

めもめも
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夜狐 @minori_1201

@minori1031 (よろしく、と言われても、な) 匙を口に放り込む。ケーキはぱさついていたが、まぁ食べられないほどではない。 「…あちらの本丸は、どうなるんだ」 「分からないけど、閉鎖するか、他の審神者を主として迎え入れるかどっちかじゃない?歌仙君の反応からして多分前者」

2015-08-22 21:38:37
夜狐 @minori_1201

@minori1031 …多分それは、うちの本丸もいずれ辿る運命の筈だ。 (…閉鎖か、新しい主を迎え入れるか) 俺が選んでいいのなら、確かに前者を選ぶんじゃないかと思う。 その時が来るまで、俺が近侍で居る保証もないが。

2015-08-22 21:40:03
夜狐 @minori_1201

@minori1031 俺が失敗作と思しきケーキを食べ終わる頃、彼女の手元に紙袋は二つ用意されていた。 「隣に持って行く分と、…こっちは」 「今日はこれから備品管理室に顔出しですよ、と」 「…ああ」 備品管理室。人間でありながら登録上「備品」扱いの彼女が所属している部署だ。

2015-08-22 21:43:17
夜狐 @minori_1201

@minori1031 不定期な呼び出しの度に彼女は現世にある管理室に顔を出している。前回の訪問は14日前。ああ、これは「初めまして」だな、と、俺は匙を置いて彼女を見遣った。現世に忘れ去られてしまう、という来歴を背負った彼女は、数年単位の知己である筈の担当者からも忘れられている。

2015-08-22 21:45:28
夜狐 @minori_1201

@minori1031 見遣る先の彼女はいつも通りの笑顔だ。――彼女の感情が良く分からない。本当は辛いのを押し殺している、というよりも、「諦めきって、笑う以外に選択肢がない」みたいな風に見えることがある。 …人間観察はそれほどしている方ではないので、あてにはならない印象だ。

2015-08-22 21:47:01
夜狐 @minori_1201

ああん。しかも日数間違えてる。いやん。

2015-08-22 21:52:19
夜狐 @minori_1201

15日です…15日ですよ…

2015-08-22 21:52:35
夜狐 @minori_1201

@minori1031 ただこの笑顔はあまり、好きではない。好悪の自覚が不得手なのではないか、と周りによく指摘される俺でもそう思うくらいなのだから余程のことだ。 腹立ち紛れに目の前の彼女の頭を撫でる。ぐしゃりと乱すと「なぁに」と返す彼女がくしゃりと笑う。こちらの方が余程にいい。

2015-08-22 22:16:43
夜狐 @minori_1201

@minori1031 「…どっちが先だ。備品管理室と、隣と」 「お隣よ。歌仙君に、味見して貰わないと」 味見?その意図を問おうとして彼女の視線が逸れたのでその先を辿り、ようよう俺も察した。冷蔵庫に貼られたメモ。丸みを帯びた文字は彼女のそれではないし、刀剣の誰のものでもない。

2015-08-22 22:19:24
夜狐 @minori_1201

@minori1031 ――ああ。あのメモは。 「1番さん」と彼女が呼んでいたあの女性の残した、ものか。 小麦粉。砂糖。卵。ベーキングパウダーに、お好みでフルーツを。ケーキの材料と手順の記されたそれを彼女は人差し指で撫でて、目を伏せた。悼むように。

2015-08-22 22:20:44
夜狐 @minori_1201

@minori1031 「…あの婆さんの」 隣の本丸の主「だった」。消失したあの人の残したものだったのか。 「1番さんのパウンドケーキ、キミも好きだったでしょ?」 成程。道理で突然、不慣れな菓子作りなんて始めた訳だ。食べ終えた失敗作を思い出して、俺は彼女の頭から手を離し、嘆息。

2015-08-22 22:22:14
夜狐 @minori_1201

@minori1031 「…味が全然違う」 「味見はしてるから分かってるわよ。練習すれば、あの味に近付くかしら」 とりあえずはこの完成品、歌仙君に味見して貰わないとね。彼女は言って紙袋を掲げた。 「俺はこれでも嫌いじゃないが」 「キミは時々悪食ねぇ」 ――フォローの積りなんだが。

2015-08-22 22:24:47
夜狐 @minori_1201

@minori1031 残された物、か。 冷蔵庫のメモを改めて見て、俺はまた、眉根を寄せた。歌仙兼定は――隣の本丸のあの女性と心を通わせ、消失した彼女の遠い「帰還」を待つと、例え100年でも待つと決めた彼は、このケーキをどう評価するのやら。

2015-08-22 22:29:38
夜狐 @minori_1201

@minori1031 「ああうん、悪くないけど彼女のとは全然違うね」 ――当たり前だが酷評だった。

2015-08-22 22:30:02
夜狐 @minori_1201

@minori1031 俺の主は、膨れ面をしては見せたものの、歌仙兼定はフォークで刺した一切れをしげしげ眺めながら、不意に微笑んだ。 ――思わずケーキから顔を上げて2度見した。あんな顔するのかあいつ。 「…しかし彼女の残した物がこうして繋がっているのは、悪い気がしないね」

2015-08-22 22:36:01
夜狐 @minori_1201

@minori1031 のこしたもの、と、その単語だけを拾い上げて彼女が眉根を微かに寄せる。――あ、ろくでもないこと考えてるな。とりあえず空いた左手でデコピンをしておく。 「何、国広ちゃん、急に!」 「…また自分が消えた後のこと算段してただろう」 「何で分かったの!?」

2015-08-22 22:37:18
夜狐 @minori_1201

@minori1031 折角のお茶と菓子が不味くなるだろう。俺は大真面目に言ったのだが、歌仙兼定がフォークを片手に大仰に嘆息する。 「お互い頑固な主を持った近侍として苦労するね、と言ってやりたいところだが、せめて僕の居ないところでやり合い給えよ」 「こいつは頑固じゃない。馬鹿だ」

2015-08-22 22:41:58
夜狐 @minori_1201

@minori1031 大体頑固とかそんな言葉が勿体ない。何もかも諦め切ってヘラヘラ笑ってるだけの馬鹿だぞこいつは。そう思ったら腹が立ってきたので彼女の皿の上のケーキも摘まんでおく。

2015-08-22 22:43:04
夜狐 @minori_1201

@minori1031 あ、ちょっと、何するのよ――抗議の声は聞こえていないふりを決め込んだ。 「また来てもいいか」 「ああ。幸い、僕には時間だけは幾らでもある。いつでも来るといい」 「え? 何、国広ちゃん、悩み事? ウチの誰にも言えないようなこと?」 あんたが原因だ。あんたが。

2015-08-22 22:47:02
夜狐 @minori_1201

@minori1031 この本丸の――消失した主を見送り、待ち続ける道を選んだ歌仙兼定でなければ、吐き出せないようなこともあるかもしれない。 尤も、俺の主は、俺が待つことを決して赦しはしないのだろうが。 「なぁに、国広ちゃん。ケーキ返して」 「どうやってだ」 「どうにかしてよ!」

2015-08-22 22:49:06
夜狐 @minori_1201

@minori1031 その後で訪れた備品管理室の担当は、受け取った紙袋の中身に首を傾げていた。 一口味を見て、また首を傾げる。 「美味しくない?」 「…うーん。何だろう」 ――既に彼女の記憶に、「1番」だったあの女性のことは無くなっている。 当然、彼女の作った菓子の味も。

2015-08-22 22:52:35
夜狐 @minori_1201

@minori1031 「変ね。パウンドケーキ、好だし…美味しいんだけど、何か」 ――違和感。 小さな彼女の呟きに、俺の主は目を瞠った。担当女性に記憶が残っている筈がない。何かの錯覚なのかもしれない。 それでも。 「…残るのかしら」 主の呟きは独白だったから、俺は応じなかった。

2015-08-22 22:54:14
夜狐 @minori_1201

@minori1031 そんな些細な、違和感程度のものであっても。 残ってくれるのなら救いではないだろうか。 「…もっと美味しいのを、次は焼いてくるわ」 ――けれども笑う主の表情は、俺の好きではないあの笑顔だった。諦めの。他に選択肢が無くて、仕方なくそうしているだけの笑み。

2015-08-22 22:56:21
夜狐 @minori_1201

@minori1031 矢張り俺には彼女の考えも感情も、良く分からない。分からないが、この笑顔をさせておくのも癪だった。後ろから軽く小突いて、何よう、と口を尖らせて彼女が振り返るのを見て安堵しながら、「今日は何処の呼び出しなんだ」と問いを投げた。

2015-08-22 23:05:26
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