あきつ天龍帝都奇譚 第一幕 その一

艦これで大正パロ風のSSを書いてみました 第一話ということで大正浪漫成分は薄めですが、何卒よろしくです
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あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

大正。 激動と波乱に満ちた明治期を乗り越えた先、わずか十五年の間存在した時代を人々はそう呼んだ。 短命の時代であった。 だがしかし、命短しとばかりに輝いていたのもまた事実。

2015-03-13 21:03:20
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

人々の間には自由と解放、そして躍動の感情が溢れるとともに、大衆の文化が華やかに開き、それを存分に謳歌した時代であった。

2015-03-13 21:05:21
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

…そして、光あるところに影があるように、世間を揺るがす様々な騒動も同時に起きた時代である。 果たしてその時、帝都は平穏無事であったのか? それはありえない。

2015-03-13 21:07:16
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

なぜならまさに今、帝都には深い闇が、深淵からの魔の手が迫っているからだ。 ただでさえ、帝都は魔が密かに蔓延る都市でもあるというのに…。

2015-03-13 21:10:08
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

時に大正十年、場所は帝都東京日本橋。 ここより物語を始めるといたしましょう。 では。

2015-03-13 21:11:29
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

二月末 帝都の日本橋、その一角に西洋風のお屋敷がある。 大きさはさほどでもなく、むしろかなり小さな部類に入る。 住めても三人がせいぜいと言ったところか。

2015-03-13 21:15:20
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

しかし、漆喰と煉瓦で作られたそれからは、粗雑な雰囲気などまるで感じられない。 外壁の色も、黒を基調とした暗く落ち着いた色調で整えられており、中々に洒落ている。 さらに、簡素ながら鉄製の門も構えており、もっとよく観察すれば、小庭があるのも伺い知れる。

2015-03-13 21:18:56
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

…もっとも、この屋敷の存在はほとんど知られていないので、拘るのは無意味だったとも言える。 外観が小さく地味なせいもあるが、明治の初めならいざ知らず、都市化の進んだこの大正に大々的な注目を集め浴びることは無いからだ。 人で賑わう往来から外れた場所にあるのも原因だろう。

2015-03-13 21:23:19
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

そんなわけで、人の気配も薄いこの屋敷へわざわざ尋ねてくる者などいないのだった。 否、いないはずだった。 なぜなら今、この屋敷の門前に一人の少女が佇んでいたからである。

2015-03-13 21:25:07
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「このお屋敷、だよね?」 所々にツギハギの見える和装に身を包むその少女、歳はおそらく、尋常小学校を卒業するかしないかといったところだろうか。 しかし何故ここを尋ねてきたのだろう。 手には風呂敷も何も持っておらず、お使いで来たわけでもなさそうだからだ。

2015-03-13 21:29:08
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「聞いた話だとここで合ってるはずなんだけど…でも、どうしよう」 少しまごついているが、この屋敷に用があるのは間違いなさそうである。 しかし、見知らぬ見る家、しかも初めて訪れる家に入ろうとする勇気は中々湧くものではない。 困りかねた少女であったが、そこへ突如声をかける者が現れた。

2015-03-13 21:34:17
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「嬢ちゃん、こんなとこで何してんだ?」 現れたのは、右手に香ばしさ漂う新聞紙の袋を抱えたすらっと背の伸びた美人であった。 だが、どこかその姿は妙だ。

2015-03-13 21:36:17
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

会社勤めの人が着けているのをよく見かけるネクタイ、寒さを防ぐためなのかしっかりとした生地の白いシャツ、そしてその上に着込んでいるのは紺のチョッキ。 下に履いているのはスカートと呼ばれる袴だが、その丈はやけに短い。 その代わりなのか、靴下は随分と長い。

2015-03-13 21:39:20
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

そして極め付けに、左目の眼帯。 この女性の格好は、異様にしか見えない。 それを見て何か言おうとするも、今までに見たことの無い姿のせいで言葉が上手く紡げない。 口をパクパクさせ、忙しなく視線を移すうちにようやく出てきた。 「え、あ、あの、貴方は…?」 聞かれた女性は答える。

2015-03-13 21:43:53
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「ああ、俺か? そうだな…名前は天田お龍(あまだ おりょう)だが、気軽に"天龍"って呼んでくれ」 女性はそう名乗ると、手に持つ袋からたい焼きを少女へと差し出した。 「い、要りません…」 ただ、その冷ややかとも妖艶とも取れる眼差しに一抹の不安を感じ、少女はそれを拒絶した。

2015-03-13 21:48:30
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「ありゃ、そうか。 で、嬢ちゃんは?」 「わ、私の名前ですか?」 天龍は軽く肩を落としたが、すぐに調子を戻して会話を続けてきた。 「いや違う。 ここになんか用があって来たのかと思ってな」 左親指で屋敷の方をくいっと指し示し、少女は目的を思い出した。 もう諦めかけていた事を。

2015-03-13 21:54:06
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「でも、こんな見ず知らずの私を上げてくれるはず無いですよ…」 「んなこたぁない、歓迎してくれるはずだぜ」 「でも…」 「さ、着いてきな」 「…え?」 「俺、ここに住んでんだよ」 そう言い残し、天龍はさっさと門をくぐって中へと入っていく。 後には少女が一人ポツンと残された。

2015-03-13 21:56:51
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「…あ、ま、待ってください!」 ようやく状況を理解したのか、少女は転けそうになりながらもその後を追うのだった。

2015-03-13 21:59:03
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

…さて、なぜ少女はここを訪れたのか? 実はつい最近、少し気になる噂を聞いたからだ。

2015-03-13 22:01:48
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

失せ物尋ね人、探します。 この屋敷の主がそんな頼みを引き受けてくれるという話を。

2015-03-13 22:03:04
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

噂の中で、この屋敷はこのように呼ばれていた。 "津洲探偵事務所" どうやら、ここで間違いないらしい。

2015-03-13 22:04:05
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

_ 応接室兼書斎のソファにて、彼女は本を読んでいた。 名は"津洲あき (つしま あき)"という。 一応歴とした女性なのだが、上着はなぜか男物の詰襟である。 十八の子女が着ることなど決して無いはずの代物なのだが、彼女はスカートと合わせて見事に着こなしていた。

2015-03-13 22:10:03