ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説44
- akigrecque
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空き地に鳩がいる。首を動かし、地面をついばんでいる。子どものころ、翼あるものになりたかった。そんなことを思い出す。どこもかしこも春の匂いでいっぱいで、空も遠くまで春なんだろう。鳩よ、春はどうだい? 今日はわたしも空に連れて行ってくれないか。膝を抱え、日なたの小さな風景を見ている。
2015-03-28 10:46:47砂利道を歩きながらあの人のことを思い出す。損ばかりしてる人だった。運ってやっぱりあるんだな。いつもそう笑っていた。桜は咲いたのにまた寒くなったね。寒の戻りと言ったって、春になったんだ、冬には戻らないよ。あの人の声を思い出す。あたたかい手のひらを思い出す。はらはらと花が舞っている。
2015-04-07 23:10:31自分がひとりだと気づいたのは、こんなふうに桜の咲く夜だった。大学進学でひとり暮らしになったころ。机に茶碗がひとつ、皿もひとつ。外から花見の声がして、ひとりだと思った。はじめて真実を見たようで、ひりひりして、でもどこかでそれでいいと感じた。僕は大人だ。窓から乗り出し、夜空を仰いだ。
2015-04-08 22:00:10知らないことは無数にあって、すべて聞くことはできない。聞いたところでなにも受け取れない。もしたしかなものがあるとすれば、それはすでに手の届かない場所にひっそりとしまわれている。そして桜を見るたびに、あの日もきれいに桜が咲いていたと思い出すのだ。手をのばしひらひら振って見せるのだ。
2015-04-09 22:03:23まぶしくてまぶしくてまぶしくて目を閉じる。まぶしくてまぶしくてまぶしくて世界もぱたんと閉じてしまいそうで、子どものころ庭で仰ぎ見た蝶や、芝生や白樺やあの部屋の窓がよぎって、すべてつかのまの夢のようだと。きっとあの人もそう感じていたのだと。まぶしくてまぶしくてまぶしくて目を閉じた。
2015-04-10 09:40:30最近窓の外の景色がやけにきれいに見えるんだよ。外を歩くこともままならないのに、目を閉じるとこれまで行った場所がありありとよみがえる。もう一度あそこに行ってあの風にあたりたい。心が燃えるようだ。なにもかも今ほど美しく見えたことはない。夢のなかで旅をしている。終わらない旅をしている。
2015-04-13 09:33:03白いむくむくした生き物に包まれていた。どこまで続くかわからないくらい大きくて、温かい。それがなんなのか、どんな形で、どれくらいの大きさなのか、そもそもなぜこんなものに包まれているのかわからないまま、まどろんでいる。きっと答えが出ないと目覚められない。そう思いながらまどろんでいる。
2015-04-14 22:35:24団地のことを思い出していた。幼いころに住んでいた古い団地を。父とふたり、夕暮れの道を歩いた。父とも母とも、手をつながなくなって何十年経っただろう。幼いわたしも若い父母ももうどこにもいない。団地もない。夕暮れの道を歩いている。手のひらの記憶をたどれば、あの団地に行き着けるだろうか。
2015-04-22 18:04:49空から瓢箪がぶら下がっている。水のようなものが詰まって、たぷうんたぷうんと揺れている。見ていると世界というものがわからなくなる。手をのばし、瓢箪を揺らす。どこからぶら下がっているのか、なんでぶら下がっているのかわからないまま、瓢箪を揺らす。あるのかないのかわからない瓢箪を揺らす。
2015-04-24 09:30:41いつからか耳のなかに小さな貝が住んでいる。夜になると耳の奥にさあさあと波の音が響き、目の前に海が広がっている。耳の奥の海に引き込まれ、遠くまで行ってしまいそうになる。春のあたたかな夜には貝が大きく息を吐き、海の果てに蜃気楼が立つ。ゆらゆら揺れる向こうの街に船で渡っていきたくなる。
2015-05-01 17:34:42