【ミリマスSS】灰かぶりの姫

Twitter連載第二弾。この話は、ある物語の後日譚的な位置づけにあります。自分の中で物語のイメージを固めるためにこの後日譚を書きました。
1
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「さぁ今日も大自然を探検だー!行っくぞ~!『とびだせ!動物ワールド』~!!」我那覇響がペット達を従えジャングルへ分けいっていく。ディレクターが響にOKを出した。カメラマンと音声班が機材を片付け始める。次の撮影現場までは車で三十分ほどだ。響はととと、とディレクターに駆け寄った。 1

2015-04-16 20:11:12
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「じぶんどうだった?ちょっと笑顔ぎこちなくなかったかな?」「ううん、モーバッチリOKよ響ちゃん!沖縄の太陽みたいな笑顔だったわよ~!」「そっ、そう?そんなに褒めても何も出ないぞ!」「まつりちゃんはどう?響ちゃん、すっごくいい顔してたと思わな~い?」ディレクターはまつりを見た。 2

2015-04-16 20:12:09
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

台本を熱心に読み込んでいた徳川まつりの反応が一瞬遅れる。ディレクターはウインクをした。「……まつりもそう思うのです」「ほら~、まつりちゃんもそう言ってるじゃな~い!何も気にすることなんてないのよ~?しいて言うなら~もう少しだけそのキレーな歯を見せてくれたらさらにグッド!」 3

2015-04-16 20:12:56
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

まつりは目線を台本に戻す。響の冠番組であるこの番組にゲスト出演するからには、ミスは許されない。 何事も、やるからには完璧に。それがまつりの信条だった。観ている人をあっと言わせるようなインパクトを与えなければ、この業界で生きていけない。私を助けてくれた人たちに恩返しができない。 4

2015-04-16 20:13:35
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

まつりは素早く台本をめくる。響とディレクターはまだ雑談をしている。「まあ、なんたってじぶん、完璧だからなっ!」と響が自慢気に胸を張っている。ディレクターは響の能天気さに苦笑しつつも、彼女の天性の資質、動物への愛の深さを褒め称えている。響は素直に照れ続けている。 5

2015-04-16 20:14:25
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

昼飯時。まつりは侘寂学園の食堂でご飯を食べていた。カフェテリア方式の食堂には数十種類のメニューが常に用意されていたが、まつりが選ぶメニューはいつも決まっていた。コロラドサラダにオレンジジュースにクロワッサン、クリームパン。オリジナルメニューと言えば聞こえがいい。まつり定食だ。 6

2015-04-16 20:15:43
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

隅っこの席で独りメニューを食べるまつりは、真っ白なカッターシャツに映える派手な髪色と食事の地味さが見事に相殺され、目立っていない。灰色のコンクリート壁がまつりを囲んでいる。「お~い、まつり~!」と誰かがまつりに声を掛けた。その“誰か”の正体をまつりは知っている。 7

2015-04-16 20:16:15
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

顔を上げなくてもわかる、彼女たちだ。茜、歩、エレナの三人。過去、散々な事件に彼女らを巻き込んだこともあるのに、三人はまつりを遠ざけようとせずむしろ積極的に近寄ってくる。まつりにはそれが嬉しかったが、同時に、申し訳なくもあった。 8

2015-04-16 20:17:20
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「昨日のテレビ、見たヨ!」とエレナ。「昨日のテレビ……?まつりは毎日色んな番組に出てるのです。エレナちゃんがどれのこと言ってるのかわからないのです」「あーれだよ!響の番組!ゲストとして出てたじゃん!」と歩。「なのです」とまつりは顎を引き肯定する。 9

2015-04-16 20:18:28
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「あれすごかったね!ジャングルから這い出してきた四匹の大蛇がまつりちゃんを締め上げようとしてたとこ!ホントに死んじゃうよコレ!ってヒヤヒヤしたよ!」「マツリが『めっ、なのです』って言った瞬間にしゅるしゅるって地面に降りてとぐろを巻いてマツリの後ろに並んだんだよネ!スゴイ!」 10

2015-04-16 20:26:34
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「あれってなんか仕込んでたの?元々しつけてたとか?」「れっきとした野生のヘビさんなのです」「へェ~っ!やっぱすごいな~まつりは!さすがはウミウシを飼い慣らしてるだけある!」「あの頃が懐かしい気がするよね……」茜がふっと空を仰いだ。歩が「あの頃?」と訊く。 11

2015-04-16 20:28:43
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「まつりちゃんが缶コーヒーのBOSSのCMのイメージキャラクターに大抜擢されて、劇場デビューしたときのこと」「そんなに前のことじゃないヨ?」「感覚的な話だよ!茜ちゃんは感覚を大切にすると決めたのだ!」と茜はふんぞり返る。 12

2015-04-16 20:30:32
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

まつりの目の前で昔話に盛り上がり始めた三人の声を聞きながら、まつりはクロワッサンを食んだ。香ばしい生地がサクサクと音を鳴らす。オレンジジュースを喉に通して口元をナプキンで拭ったまつりは、手に持っていたパンかすの乗った皿を白いプレートに乗せる。 13

2015-04-16 20:31:43
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「まつりちゃんの底知れないポテンシャルだよね!なんてったって……ウ~ン底知れないっ!」「……三人はもうランチ、食べたのです?」「へ?」と歩が返す。「あぁ、もう授業中に食べたよ」「悪い子なのです」「昼休みに“なかあて”しようと思ったんだよ!だから早弁して……」 14

2015-04-16 20:32:45
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

歩は言い訳を切る。「でもさ、人数少ないとと中の人の運動量がキツいことになるから、どうせならまつりも誘おうって話になったんだよ!」「……まつりを?……そう言ってくれたらもっと早く食べたのです、というか、先に言って、なのです」「じゃあ参加するってことでOKなのか?」「なのです」 15

2015-04-16 20:33:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「じゃあ行こう、グラウンド!エミリーが先に言ってボールとコート確保してくれてるはずだから!」「久々に氷山の底を見せてあげるのです。……血がたぎるのです」「ちょ、あんまりマジになったらシャレになんないから程々にね?茜ちゃんも手心加えるから!」茜は焦ってまつりを宥める。 16

2015-04-16 20:34:58
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

まつり定食を食べ終えたまつりはプレートを片す。まつり茜歩エレナの四人はグラウンドへと飛び出していく。今から始まる“なかあて”がグラウンド全体を巻き込む阿鼻叫喚の殺人ドッジボールへと変化するのは、その五分後の話だが、ここでは割愛する。 17

2015-04-16 20:35:58
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

週末、まつりは街へ出た。繁華街を歩くまつりは、灰色のパーカーを着てそのフードを深々と被っている。あの事件以降、まつりを覚えている人はほとんどいないものの、ごく稀に記憶が残っている人がいるのだ。ごくごく稀に、だが。 19

2015-04-16 20:37:33
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

そういう人に掴まれば、小一時間は質問の嵐に遭う。なぜあなたはここにいるんですか、あの後どうして私たちは、彼らはどこに、あなたは誰。その質問攻めが苦なので、まつりは人の集まる場所ではなるべく目立たないようにしていた。 20

2015-04-16 20:38:37
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

レンガ敷の道路をまっすぐ進んで行く。道路沿いにはきらびやかな衣装やアクセサリーを売る店、カラオケに喫茶店、レストランなどがずらりと並んでおり、どれにも多くの人が行列を作っていた。まつりは脇目もふらずどんどん先へと進んで行く。まつりの目的地はこの道のまだまだ先にあるのだ。 21

2015-04-16 20:39:41
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

繁華街の隅の墓地。まつりの目的地はそこだった。冷たい石が整列している墓地を進んでいくまつりの脳裏に、あの事件が蘇る。冷たいコンクリート。倒れていく。無感情にそれを踏みつけるーーーーまつりはいつの間にか止まっていた足を無理やり進めた。思い出しても、今更後悔してもしょうがない。 22

2015-04-16 20:40:41
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

墓地の奥の奥のそのまたさらに奥、鬱蒼とした茂みの中に真っ黒な石碑が立っている。まつりはその前に立ち、黙祷した。草木がさわわと揺れ、その合間から光がこぼれている。まつりがPに頼み、製作許可をもらったこの石碑には、まつり一人では抱えきれないほどの哀しみと怒りが詰まっている。 23

2015-04-16 20:41:47