エズマメルアの領域・後編【2016加筆修正版】
_メキアは熟練者ではないが、凡愚でもない。空気中の魔力濃度を鼻の粘膜で感じ取り、それが幻影の呪文であることにも気づく。 すぐさま日傘を捨て背中から翼を生やしクレミアを抱きかかえ空へ逃げる! 敵だと判断したのは簡単な理由だ。幻影魔竜がメキアにも分かる魔法を使うわけがない! 24
2016-01-08 23:10:51_次の瞬間、眼下の机に虚空から姿を現わした小舟が数隻衝突し机が粉砕される。 「アーララ……」 クレミアは奇妙なほど落ち付いていた。メキアは状況を察した。盗賊団だろうと推理する。クレミアを抱いたメキアは滞空の呪文で空中に静止した。布で覆面をした盗賊たちに向かって怒鳴る。 25
2016-01-08 23:15:12「あなたたち! ここはエズマメルア様の領域でございます! 命が惜しくはないのですか!?」 小舟の上の盗賊たちは返事をすることなく再び幻影の中に消えた。何隻いる……? メキアは魔法感覚を尖らす。肉眼には粉砕された机と湿原しか映らない。 26
2016-01-08 23:18:20_竜杖吏員は最低限の魔法戦闘訓練を受けてはいるが、もちろん専門ではない。だから護衛を必要とする。 隠者の家には3人の護衛がいる。彼らは戦闘専門の冒険者なので一方的にやられることはないだろう。 そちらに向かって飛ぼうとしたそのとき、風を切る音が響いた! 27
2016-01-08 23:22:46_メキアの太腿に激痛が走る……矢だ! 「あっ、スカートが……かわいくなくなっちゃった」 クレミアはピントのずれた発言をする。実際ちょうちんスカートには穴が開き血が滲んでいる。メキアはそんなことに構っている暇はない。 28
2016-01-08 23:26:33_敵の姿は見えず、彼らは一方的に飛び道具で攻撃できるのだ。 「しっかり掴まって!」 翼を翻しランダムに曲がって飛行するメキア。飛ぶものを射落とすのは相当の腕が必要だが、矢はかなりの数が浴びせかけられた。 的が大きい……メキアの身体に2本、3本と矢が刺さっていく。29
2016-01-08 23:30:50_クレミアには一本たりとも刺さらないように……彼女は大事なエズマメルアの使者だ……メキアはその思いで必死に彼女をかばった。クレミアはメキアをじっと見つめながらしっかりと抱きついている。 隠者の家まであと少し……翼が千切れるほど痛い。深い矢傷は燃えるように。 30
2016-01-08 23:35:22_家が近づく。助けを求める叫びをあげる。もはや言葉になっていなかったが、声の限りを振り絞った。 (どうして助けが来ないの? どうして……) そのとき致命的な一撃がメキアを襲った。翼の付け根に深々と矢が突き刺さり、感覚が消し飛ぶ。 31
2016-01-08 23:38:58_メキアは飛ぶことができなくなり真っ逆さまに湿原へ落ちていく。安静にせねば回復魔法は使えない。 「ごめんなさい……仕事、できませんでした……」 せめて自分がクッションになろうとしっかりと抱きかかえる。だが、クレミアは落ち付いて返した。 32
2016-01-08 23:42:26「いえ、あなたの仕事は十分に見せてもらいました」 クレミアは手に持っていたベルを鳴らす。鼓膜を引っ掻くような、不愉快な音がした。クレミアの笑顔が歪む。愉悦を感じさせる、獰猛な笑みだった。 33
2016-01-08 23:46:21_突然世界が歪む。湿原はクレミアたちを中心に陥没していき、深い深い闇へと落ちていく。幻影の魔法で隠されたはずの小舟が露わになり、次々と深淵へ落下していくのが見えた。 「こ、これは……いったい」 深淵の底に這いずる影……巨大な水竜。これこそ……まさに! 34
2016-01-08 23:50:22_深淵は隠者の家まで到達した。家の中で心配そうに外を見る護衛三人……と、先程の女性。 先程街の方から木道を歩いてやってきたのは、顔をズタズタに引き裂かれた傷跡のある女性だった。フリルのたくさんついた装飾過多な服を着ている。 36
2016-01-08 23:59:05_彼女が本当のクレミアだったのだ。彼女は約束の時間が迫っているにも関わらず用足しに出されていた。 隠者の家でメキアたちを出迎えたのは……クレミアにそれを命じた…… 「あなたがまさか……」 「もちろん。わたしこそがエズマメルアそのひとだ」 37
2016-01-09 00:02:29_メキアは心臓が凍える思いがした。いま自分に抱きついているこの女性こそがエズマメルアなのだ。 隠者の家の長い土台を杖にし、巨大な竜体が置きあがる。深淵を落下していくメキア達は、竜の眼前で静止した。闇へと落ちていく小舟や盗賊たちはそのまま闇へ消えた。 38
2016-01-09 00:06:22_エズマメルアはメキアに抱きついたまま言った。 「わたしは真面目なひとが好きよ、柔らかくて、いい匂いがすればなおのことね」 メキアはどうすることもできず完全に硬直していた。5年も学んだ契約の手順はぜんぶ吹き飛んでいた。 39
2016-01-09 00:10:40_エズマメルアはベルを鳴らす。今度は氷を割ったような音がした。すると……メキアは隠者の家の中、机に座っていた。傷はすべて癒えていた。服にも何一つ汚れや傷が見当たらなかった。 窓の外はいつもの湿原。エズマメルアは幻術を得意とする……それを思い出した。 40
2016-01-09 00:14:48_対面に座るのは……エズマメルアだ。目の前にはサインの書かれた契約書。 「おつかれさま」 「えっ……? あ……」 契約書を見る。メキアの用意した書類に間違いなかった。印章の魔力パターンも同じだ。煩雑な手続き全てが完了した状態で全て目の前に置かれていた。 41
2016-01-09 00:18:35「あ、あ……献上品……」 メキアは契約書をしまい服の中に隠したペンダントを出した。肌身離さず持っていたのだ。緑色の、大きな宝石が綺麗にカットされて輝いている。 42
2016-01-09 00:22:33「えーっと、あの、その……」 「わぁ、翠玉石じゃない。白亜砂漠の? ありがとうねぇ」 上機嫌なエズマメルアに献上品のペンダントを渡す。 「……ありがとうごいざいました!」 やっとの思いでメキアは言葉を繰り出した。そのまま一礼しふらふらと外へ出ようとする。 43
2016-01-09 00:26:26「ちょっと」 エズマメルアの呼び声。 「はいいいいいい!?」 声が裏返り、背筋を伸ばして振り返るメキア。 「日傘、忘れてるよ」 気づけば、左手に日傘が握られている。もはや言葉にならないうめき声のような礼を述べて足早に立ち去るしかなかった。 44
2016-01-09 00:30:46_家の外には護衛たちがいた。街へ帰り、報酬を渡し、帰国の途についた。その辺はもうよくは覚えていない。めちゃくちゃだったが、一仕事終えたのだ。 メキアの最初で最後の大仕事がこれで終わった。彼女はいま竜杖院の魔竜交渉科にいた。後輩に引き継ぐための報告書を書いている。 45
2016-01-09 00:34:25_以前の報告書は全く当てにならなかった。毎回趣向を変えてくるのだ。エズマメルアは相当にふざけた性格をしているが、それに惑わされず真面目に接すること。 その一文を添えてメキアは報告書を書きあげた。 46
2016-01-09 00:38:37