女騎士ハラミを焼く#2 肉の暴力◆2
_灰土地域北部には広大な湿原があり、雪はあまり積もらない。火山灰の土壌に養分は少なく、コケや小さな草が生えるのみだ。霧が立ち込めている。さらさらと水の音。 セリマたちは夜勤を終えた朝から昼まで寝て、午後この湿原へとやってきた。冬らしく動物の影は見えない。 41
2016-01-15 17:47:34_セリマには秘策があった。肉の鎧の特性。金属の鎧と違い、柔軟性があり物理的な衝撃に強い反面、毒に弱い。生きているからだ。その弱点を突く。つまり毒を採取しに来たのだ。並の毒では無理だ。 42
2016-01-15 17:52:42「クロスボウのボルトに毒を塗って、皮膚の下に撃ち込む。それで死ぬか、動きが鈍くなる。それでわたしの勝ち。どう?」 ブーツが湿原にめり込んで靴下までずぶぬれになった技師に向かって、得意そうに言うセリマ。 「で、毒はどこに?」 「石の隙間にいるはず」 43
2016-01-15 17:56:20「今の時期だと冬眠しているんだ。結構珍しい生き物だから、頑張って探そう」 セリマは技師に特徴を伝える。そうして二人で湿原の沢を漁った。石を動かす。水は身を切るように冷たい。霧が次第に濃くなっていく。風が無いのが救いだった。 44
2016-01-15 18:00:19_日没までには見つけたいが、なかなか見つからず3時間が経とうとしていた。辺りはすでに薄暗い。石をいくつもひっくり返す。目的の生き物は見つからない。 しばらく動いていたので背中にじっとりと汗がにじむ。けれども、手先や足先はずぶぬれで引き裂かれたように痛い。 45
2016-01-15 18:04:32_腰も足も疲れてきた頃、不意に技師が話を振ってきた。 「頑張っているね。こんなに頑張って辛い思いをするくらいなら、一思いに戦いに飛び込んだ方がトータルでの不快は変わらないと思わない?」 セリマは何も分かっていない技師に光源の玉があったらぶつけたかった。 46
2016-01-15 18:08:28「それはそれ、これはこれ」 技師は納得いかないようだ。何故この若者は自分にここまで戦いを期待するのだろう、セリマはそう思う。余計なお世話だとも思う。 「どうして沢を漁るのは頑張れるのに、戦いは頑張れないんだい?」 「勝ち負けだ」 47
2016-01-15 18:12:57_セリマは意地になって重い石を持ち上げる。 「わたしは勝ち負けが苦しい。どうせなら絶対に勝ちたい。でも、戦いに飛び込んだら僅かでも負ける可能性が存在するんだ。沢なら、一日中探して見つからなくても負けじゃない。また探しに行けばいい」 重い石の下にも、探し物はいない。 48
2016-01-15 18:16:57「勝つとか負けるとかって何なんでしょう。勝ったら、何が変わるんでしょう。負けたら、何を失うんでしょう」 どうやらこの若い技師は生意気にも自分に説教しているようだ、とセリマは思った。しかし、確かにその答えはすぐには出てこなかった。 49
2016-01-15 18:20:45_セリマは疲れ果てて、大きな石に腰かけて息を吐いた。太陽が湿原の果てに沈んでいくのが見える。気まぐれに、傍の石を片手で拾い上げる。 「決まってるだろう、肉が食えるんだよ、勝者は」 その石の下にいたのは、探し求めていた……極彩色のカエルだった。 50
2016-01-15 18:23:41