ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説50
- akigrecque
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夜中目が覚めると、窓辺にわたしそっくりのものがいた。分身だと思ったとたん、翼を広げて飛んで行った。分身はそれきり戻らなかった。そんなものがいるとは知らなかったし、その後もなにも変わらず生きている。ときどき分身はどこにいるのだろうと思う。空飛ぶ分身のことを思うと、少し心が軽くなる。
2015-09-30 22:04:03子どものころ家族で出かけるときはいつも車だった。運転席に父。助手席に母。後部座席に妹と僕。犬もいた。車は小さな家だった。みんな同じ方を向き、同じ速度で進んだ。時のなかを進むように。犬は死に、妹も僕も家を出た。晴れた空に車が見える。あのころの僕らを乗せた車がずっと遠くを走っている。
2015-10-06 21:18:27廊下を歩いていると、足元に影がよぎった。魚のような影が床を移動していく。見上げると、イルカだった。天井だと思っていたところに水があり、なかをイルカがゆっくりと泳いでいる。遠くに太陽が透けていた。手をのばし、たゆたっている。自分の息の泡がのぼって、ようやく帰ってきたんだ、と思った。
2015-10-11 20:25:11日が落ちて、空が深い緑がかった青になる。星がひとつ輝きだす。いつかは人も消える、星も消える。でもそれは、あったものがなくなるんじゃなくて、なかったものがまたなくなるだけなんだって、だから悲しむことに意味なんかないんだって言い聞かせる。坂道をのぼって、絶対に行き着けない星を目指す。
2015-10-13 18:00:13疲れて、ソファに溶けるように眠ってしまった。目を一瞬閉じただけだと思ったのに目覚めると一時間くらい経っていた。眠っているあいだ身体から離れ、どこか知らない空で雲になっていた気がした。飛んでいたのは海のうえだったか街のうえだったか。こうやって人は少しずつ雲になっていくのだと思った。
2015-10-14 21:34:16秋になるとなぜか終わっていくもののことを思う。一日も一年もいろんなものの命もいつか終わる。はらはらと消えていく。自分もいつかなくなるのだからさびしくない、と思おうとする。いまたしかにここにあるものがはらはらと散っていく。握りしめたくても握りしめることもできず、ただ日を浴びている。
2015-10-23 17:28:48流れていく日々のなかでできることはほんのわずか。そう思いながら泡のような雲を見ている。たとえわずかでもできるだけのことをしようと願う。それでも多くは取りこぼし、悔やんでばかりいる。多くを望みすぎないようにしよう。ほんの少しでもできたら満足しよう。空の底で、いつか雲になる息を吐く。
2015-10-27 20:48:22夜、目を閉じると紐がやってきた。もじゃもじゃからまったそれが今晩はいつになくあたたかく、すんなり身体に溶ける。そうしてまた身体から出ていって、どこかに消える。紐がなんなのかわからないまま、こうして送り出してきた。紐はどこに行くのだろう。海の果てに紐の打ち寄せる浜があるのだろうか。
2015-11-03 01:16:45湖に象そっくりの形の雲が映っている。象がいるから歩いてきた。象がいないならもう歩けない。そう思ったけれど違うのかもしれない。僕の道は象と僕の道だ。僕が歩くうちは、象と僕の道は続く。雲が湖面をすべっていく。水に映った青い空をどこまでも。見えない象といっしょに歩く。象と僕の道を歩く。
2015-11-04 22:40:24少しずつ暮れるのが早くなる。どこまでが秋でどこからが冬か、線引きできない。あなたがいなくなったのもこんな季節だった。好きと憎いは線引きできない。好きと憎いは同じだよ、どうでもよくなれば忘れてしまう。冬という字が好きだとあなたは言ったね。指で宙に冬の字を書く。涙のような点々を打つ。
2015-11-07 08:52:31