タマネギの形をした涙#3 25年後の君に◆3(終)
_旧都ナィレンの高層建築物が朝日を浴びて輝き、無数の鳥は喜びの歌を騒がしく歌う。栄華を極めた科学文明の墓標。今ではそれに憧れるものもなく、人々は粗末な小屋に住み背丈にあった暮らしを楽しんでいる。 ナィレン外周部、木造のボロアパートに鼻歌が流れた。 81
2016-02-11 17:16:08_エンジェは熱いシャワーを楽しんでいる。今日の水道は水量も安定しており、ボイラーの調子も良い。 熱を浴びながら、タマネギ開発者のおっさんのことを考えていた。彼の続報はニュースにもならない。社会的成功は無い。 82
2016-02-11 17:21:05(でも、傍に寄り添えた気がする) 彼は犠牲にはならなかった。世界の残酷さに傷つけられても、誇りを取り戻すことができた。その、手助けができた。 彼の薄汚れた白衣は、世界の悪意の中でも輝いていた。 83
2016-02-11 17:25:48_エンジェはシャワーを終え、身体をタオルで拭き、いつもの服に着替えた。ちらりと窓を見る。変態と目が合うことは無かった。 鏡の前に立つと、いつもの作業着……ネズミ色・ボロボロ・ワンピースが酷く汚く見える。 84
2016-02-11 17:30:09_キャンバスの前に立つ。売れるかどうかも分からない、描きかけの絵。パレットと筆をとる。自分の信じた色。売れやしない色彩。 それが現状だ。エンジェはそんな日々を、もう何年も続けている。それはいつまで続く? いつ終わる? 85
2016-02-11 17:34:44_絶望と苦しみをパレットの上の絵の具にかき混ぜて、キャンバスにぶつける。栄光で塗り固めた絵ではない。エンジェの、黒い感情の塗り込まれた絵だ。 エンジェはそれが好きだった。自分らしいと思う。ありのままの、自分を表現した絵だと思う。そして、それは自分にしか描けない。 86
2016-02-11 17:39:18「エンジェ、調子はどうだい」 赤錆びた鎧をガチャガチャ言わせながらミェルヒが部屋に入ってきた。非常に邪魔臭いが、しょうがない。アーティファクトである鎧に呪われているのだ。 それは、エンジェが画家として大成するまで解けることは無い。 「調子はぼちぼち」 87
2016-02-11 17:43:38_ミェルヒは、この呪いを疎ましく思ってはいないだろうか? エンジェは急に不安になる。 「25年たったらさ……きっと呪いも解けてるよね。その時も、一緒にいれるかな」 「呪いなんかなくたって、僕らは一緒にいれるさ」 エンジェの筆が揺れる。 88
2016-02-11 17:47:57_エンジェは静かに作業途中の絵を見ながら言う。 「25年後も……絵を描いていられるかな」 「25年後も、50年後だって、僕が隣にいて、君は絵を描いているよ」 振り返り、涙を浮かべた目でミェルヒを見るエンジェ。 89
2016-02-11 17:51:50_涙は零さなかった。彼女は目をつむり、涙を心に押し込め、かき混ぜた絵の具で青いタマネギをキャンバスに描く。 ミェルヒは笑った。ナィレンの朝は25年前から変わることなく、きっと25年後も変わらないであろう。 90
2016-02-11 17:55:32【用語解説】 【タマネギ】 灰土地域の中東部、乾燥した荒野が広がる地方原産の作物。球根の保存と流通が簡単なため、竜の国を超えて翡翠台地まで広がった。一方、北境界高地を超える流通ルートが無かったため、ドラゴンハーピィの帝国やアヅマネシア連邦には届かず、その地方では長ネギを食べる
2016-02-11 18:01:02