氷下の天使#3 天使の眠る場所◆2

流氷の海の下には、天使がいる。地球であったらクリオネのことだが、この世界では本当に天使が眠っている。 その天使の死体を引き上げる仕事がある……ある天使漁師が、交わした5年前の約束。彼女は……目を覚ました、ただ一人の天使だった。 最初↓ #1 ◆1 http://togetter.com/li/939471 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_氷下の天使#3 天使の眠る場所

2016-02-24 17:11:05
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_海へと注ぐ川は相変わらず穏やかで、綺麗なせせらぎだった。川岸にはうっすらと雪が積もり、高い針葉樹は静かに両岸に佇む。  森の空気は澄んでいて、美しい苔のエメラルドグリーンが輝いていた。以前と変わらない、気持ちのよい小道。 71

2016-02-24 17:21:32
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_酒を飲みながら、3人は森の小道を進んだ。盃もないのでラッパ飲みだ。レッドの提げた袋からつまみがどんどん出てくる。 「悪いね、分けてもらっちゃって」 「待ちすぎたんだ。酒の勢いの流れに乗ってもいいさ」 72

2016-02-24 17:25:36
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_レッドは串焼肉を食いながら言う。 「互いに待ってちゃ進まないときもある……流れが来たら、一気に乗らなくちゃな、もったいないぜ」 「ハハ、違いない」  ベルシルムもそのことを考えていた。二人は、互いに待っていたのだ。5年前、先に時を進めたのは彼女の方だ。 73

2016-02-24 17:31:41
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_フィルは水を掻くような手の動きをして言う。 「潜るのは得意だよね、心の中へと潜っていくんです。自分にしがみつくのではなく、相手にするりと入っていくんです」 「それは、教えられなくったって、俺の得意分野だぜ」  もうすぐ彼女が倒れていた場所だ。5年前の絶望は無い。 74

2016-02-24 17:35:47
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「俺は潜るのが得意だ。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。すべて潜っていけばいいんだ。何もかも、潜るようにこなしていけば……いつものようにやれば、それで構わなかったんだ」  ベルシルムは変わることが必要だと思っていた。それに固執していた。 75

2016-02-24 17:40:30
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「海だってそうだ。海の水は変わらない。でも、流れていくことで全てが動いていく。俺は俺のまま、流れていけばいいんだ。街が変わっても、俺は俺のまま、潜っていけばいいんだ」 「背中を押す必要もなく、君は進んでいくね」  フィルは笑って、貝の甘露煮を食べる。 76

2016-02-24 17:45:24
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_以前、天使が倒れていた場所。見覚えのあるその場所には、花が咲き乱れていた。固まって、まるで誰かがうずくまっているようにも見える。 「や、彼女は先に行っているようだぜ」  レッドが指さす。足跡の形に花が咲き、それは森の奥へと続いていた。 77

2016-02-24 17:49:37
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「あいつも進んでいるんだ。待ってるばかりじゃないんだ」  その事実は、ベルシルムを勇気づけた。誰もが進んでいる。それはベルシルムを置き去りにするものではない。共に隣を歩き、進んでいくスピードだ。 「追いかけようぜ、待たせちゃいけない」 78

2016-02-24 17:53:51
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「ああ、負けちゃいられないな」  ベルシルムは力強く森へと分け入っていく。ここから先は獣道だ。森の遺跡は観光として有名な場所でもなく、何か採取できる場所でもない。誰も興味を持たない。ベルシルムと、彼女と、フィルとレッド以外は。  深く、森へと潜っていくベルシルム。 79

2016-02-24 17:59:34
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_やがて、森の奥に日のあたる場所が現れた。そこだけ針葉樹の巨木が無く、石造りの遺跡が苔と蔦まみれで静かに横たわっていた。  本当に静かだった。そして……微かに花の香りがしたのだった。 80

2016-02-24 18:04:33
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_氷下の天使#3 天使の眠る場所 ◆2終わり ◆3へつづく

2016-02-24 18:05:01
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【用語解説】 【遺跡】 遺跡は大きく分けて2種ある。ただの建築物の廃墟と、ダンジョンである。ダンジョンはエシエドール帝国時代に作られた施設で、魔力を集積し、様々な工業製品を空気中から生成する。製品は無造作に床に転がっているため、遺跡に潜り込んで拾いに行く冒険者が後を絶たない

2016-02-24 18:09:01