氷下の天使#3 天使の眠る場所◆3(最終話)

流氷の海の下には、天使がいる。地球であったらクリオネのことだが、この世界では本当に天使が眠っている。 その天使の死体を引き上げる仕事がある……ある天使漁師が、交わした5年前の約束。彼女は……目を覚ました、ただ一人の天使だった。 最初↓ #1 ◆1 http://togetter.com/li/939471 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_氷下の天使#3 天使の眠る場所

2016-02-25 17:12:35
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_ベルシルムは遺跡の中で天使を見つけた。死んだ天使ではない。生きて、呼吸している天使だ。かつて、彼女は死霊だった。  今は違う。呼吸する胸が動き、頬には血が通う、生きている天使だ。そして、今まで見たどんな天使よりも美しい天使だった。 81

2016-02-25 17:21:27
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「ごめん、待った?」  待っていないと言うはずだったのに、こちらから声をかけてしまったことに気付くベルシルム。彼女は目を開けて、ゆっくりと起き上がる。遺跡の天井の穴から差す光で、舞台のスポットライトを浴びたように輝いていた。天使ではないのに、人間なのに、神々しく映る。 82

2016-02-25 17:25:54
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「20分だけね」  彼女はそう言ってくれた。花の匂いが舞う。彼女の周りを取り囲むように、白い花が咲いていた。  そして彼女は、どの花よりも可憐に咲いていた。生まれ変わったのだ。彼女は、20分前に、人間として! 83

2016-02-25 17:32:00
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_ベルシルムは目を閉じて言った。 「ありがとう……みんなに、ありがとうを言いたい」  約束は守られた。それは、彼一人ではなすことができなかっただろう。たくさんのひとの流れの中で、たどり着いた場所なのだ。 84

2016-02-25 17:37:39
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「ダメな男だよ。皆に助けられて、流れに乗っからなきゃ……女の子一人、迎えに行けないなんて」  ベルシルムは照れて言うが、レッドが背中を強く叩く。 「何言ってんだよ。流れに乗るのだって、素人じゃできないぜ!」 85

2016-02-25 17:42:25
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_フィルも静かに付け加える。 「僕らはただの流れにすぎないさ。それ自体に意味は無いのです。僕らのやったことって、結局、観光して酒飲んで美味しいもの、食べてるだけじゃないですか」  思い返せば、ベルシルムも不思議に思う。 86

2016-02-25 17:47:28
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_レッドは彼女の手を取り、ベルシルムの手に添えてやった。二人は照れて、なかなか視線を合わそうとしない。 「丁度いい場所だぜ、ここは。古代神秘帝国の礼拝堂だ。結婚式を挙げたりするところだぜ?」  遺跡を見上げるレッド。天使の翼の形に、切り取られた天窓。 87

2016-02-25 17:52:59
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「人類帝国成立より前、古代エシエドール帝国の興る前に、存在した忘れられた文明さ。この遺跡も待っていたんだよ。森の中でひっそりと、流れが来るのを。さぁ、今日はいい日だ! 行こう、フィル」 「ああ」  フィルとレッドは、二人を置いてどこかへと行こうとする。 88

2016-02-25 17:56:41
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「二人とも、どこへ……?」  ベルシルムは不思議に思って聞いた。人間となった娘はそっと彼の隣に寄り添う。 「いや、これからの二人の邪魔をしちゃいけないと思ってね、俺らはただの観光客だし、それに……」  レッドは笑顔で言う。 89

2016-02-25 18:01:42
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「俺たちは、この遺跡を観光に来たんだ。だから、隅々まで見て行かなくちゃ……それが、プロの観光客さ」 90

2016-02-25 18:05:45
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【用語解説】 【神秘帝国】 濁積世の初めに、灰土地域で興った最初の国家。魔法を中心とした国家で、この時代に濁積世で使われた魔法の9割が開発された。しかし、最後は時を超えて現れたスムートハーピィの一族によって滅ぼされることになる。一部の国民は山奥や辺境へと逃げ、後に魔女になる

2016-02-25 18:11:30