1部 7章 3節【青の計画】

入江の魔人シリーズ第11弾 !※注意※! 【水底の贈り物】の続編となっております 続きを読む
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えみゅう提督 @emyuteitoku

幌筵島東十キロの海上に、泊地棲姫は立っていた。島そのものに根付く陸上型深海棲艦でありながら、彼女は海上航行能力を持つ。現代の深海棲艦に対する常識では考えられない力ではあるが、これも旧時代の姫級が持つ機能の一つでしかない。そのたった一つの力でさえ無数の応用法がある。 1

2016-06-28 22:17:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

今では神話のように語られるだけの伝説が実在すると知ったのなら、多くの者はその怪物に挑んだ、最初の艦娘達に感謝するだろう。そして恐怖する、勇気ある者達が命と引き換えに歴史の底に沈めたはずの怪物が、今ここに立っているのだから。 2

2016-06-28 22:18:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

知られるわけにはいかない、こんな恐ろしいものを次の世代に残すわけにはいかない。かつてそれに挑んだ艦娘達と同じ思いを胸に、チクマは泊地棲姫の前に立つ。「そろそろか?」「泊地所属艦ハ皆地下ニイル。半径10キロニ船ハナイ」泊地棲姫は遠く離れた泊地の人員の位置を正確に把握していた。3

2016-06-28 22:20:00
えみゅう提督 @emyuteitoku

チクマはその索敵能力に内心感謝した。決して間違いは起こらない、誰も巻き込むことはないと安心できた。「よっしゃ!それじゃ、いっちょかましてやるか」気合十分と言わんばかりに両手の鉄塊をガツガツと打ち付けるチクマに対し、泊地棲姫は一切の感情の抑揚を見せずに海上に佇む。 4

2016-06-28 22:21:09
えみゅう提督 @emyuteitoku

「分カラナイ。私ハ艦娘デハナイ、オ前モ艦娘デハナイ、何故戦ワネバナラナイ」無機質で、旧い考えだ。泊地棲姫の思考は、人間と艦娘の屍に埋もれた日から何も変わっていなかった。「深海棲艦かどうかなんて些細なことだろうよ。私は仲間を守る、仲間を傷つける奴をぶっ飛ばす。それだけだ」 5

2016-06-28 22:23:07
えみゅう提督 @emyuteitoku

「でだ、こっちからも聞くけどよ。深海棲艦と艦娘の境目って、なんだ?」泊地棲姫はしばしの間をおいて答える。「我ラト同一デアリナガラ、水底ノ意志ニ背ク者、水底ニ返サネバナラヌ者、己ヲ建造シタ神ヲ裏切ル者、ソレガ艦娘」神、その言葉を聞いた途端、チクマは失笑した。 6

2016-06-28 22:24:44
えみゅう提督 @emyuteitoku

「プッハハ、そりゃ丁度いいなぁ!裏切り者は地獄の一番深いところっていうしな。それなら私は艦娘だ」重巡の両目に青い光が灯る。彼女は右腕の艤装を空に向けて掲げ上げた。祈りを捧げるが如きその動作に、泊地棲姫は得体の知れない何か見た。「何ヲスル気ダキサマ!」 7

2016-06-28 22:26:44
えみゅう提督 @emyuteitoku

本来泊地棲姫に感情はない。与えられた機能に合わせて動作するだけの機械だというのに、彼女は焦った。回路が正常に動作しない、正しい対応ができない、泊地棲姫が島に刻み込まれた記憶から呼び出したものは重巡一隻相手には余りにも膨大な戦力、かつて幌筵島を襲った艦艇の幻影が海上に現れる! 8

2016-06-28 22:27:58
えみゅう提督 @emyuteitoku

重巡一、軽巡二、駆逐七による艦隊が実艦の姿そのままで、人の形を持つ重巡に一斉に主砲を向ける。彼女は現れた艦隊を前に一瞬だけ躊躇った。だが、関係ないだろう、どうせこいつらも幻だ、誰も死にゃしない。せっかく久々の本気なんだから…「一発で沈めてやるよ、覚悟はできタカ?」 9

2016-06-28 22:29:23
えみゅう提督 @emyuteitoku

一発デ?コノ私ヲ?!泊地棲姫は焦燥に任せ指揮を執る。「ッテーーー!」号令と共に、呼び出された艦艇達の一斉射撃が重巡へと襲い掛かった!だがもう遅い、重巡はそれを起爆していた。彼女の記憶の中にある、最大の破壊力を持つ兵器の内の一つ。その名は――「第一実験爆弾、エイブル!」 10

2016-06-28 22:33:17
えみゅう提督 @emyuteitoku

地獄から響くが如き衝撃が島を揺すった。「へっ!?ちょ!」江見は情けない声を上げ、膝に乗るアカシが落ちないように抱き寄せた。「やん!皆が居るのに積極的――なんて言ってらんないですよねこれ?!」アカシもワンテンポ遅れて異常な振動に驚いた。地震とは違う地鳴りだ。 12

2016-06-28 22:34:58
えみゅう提督 @emyuteitoku

そこまで大きな揺れではないはずなのに、壁の軋みが止むまで皆身動きできなかった。普段は落ち着いた振舞いを見せるアカギですら、呆けた顔で天井を見ている。天井から舞い落ちる小さな埃を吸い込んだ五月雨が「しゅん」とくしゃみをする。「すみませんつい…」「いや、おかげで緊張が解けた」 13

2016-06-28 22:36:22
えみゅう提督 @emyuteitoku

江見は膝の上のアカシを床に放り出し、地下倉庫の出口の階段へ走った。「こんなところにはいられないなぁ!私は外に出るぞ!」「江見さん!そのセリフわざとでしょ!」アカシの突っ込みに押し出されるように、江見は階段を上がり、鉄の戸を肩で押すように開いた。 14

2016-06-28 22:38:20
えみゅう提督 @emyuteitoku

彼を最初に出迎えたのは、廊下に散らばった無数のガラス片だ。廊下の窓という窓が全て砕け散っている。江見はパキパキとガラスを踏みながら窓辺に向かった。彼の目に吹き飛んだガラスは見えていない、彼が視界に収めているものは、水平線近くから高々と立ち上る、巨大な雲だった。 15

2016-06-28 22:39:44
えみゅう提督 @emyuteitoku

コグランとの会話の中で脳裏をよぎった、資料でしか見たことがない光景が、あの水平線に存在している。「なるほど…なるほどなぁ!ハーハーハァ!元より筑摩ではないのは百も承知だったが、いやはやそうか、それが君の正体か!」江見はチクマの本当の名に行き着いた。 16

2016-06-28 22:41:15
えみゅう提督 @emyuteitoku

その重巡は、ある大戦で誰よりも多く戦った。どこへでも行き、どんな作戦にも参加した。幾度となく砲弾を受け、何度損傷しても、戦うことを止めなかった。彼の国はその苦労に報いるため、星を滅ぼしうる光の奔流を、二度も浴びせた。だが、それでも彼女は沈まなかった。 17

2016-06-28 22:43:20
えみゅう提督 @emyuteitoku

深海棲艦が水底より引き上げた彼の国の最高傑作、凡そ考えうる限りでの最強のカードを江見は引き当てていた。彼女ほどの練度、頑強さがあれば、人類の汚点を扱う資格は十分。あの光を物ともしない彼女ならば、悪魔の心臓を飲み込むことができる。「そうだろ?ソルトレイクシティ」 18

2016-06-28 22:45:10
えみゅう提督 @emyuteitoku

太陽はずいぶんと前に水平線へ沈み、その灯りを消した。雲はないが月がなく、星の光では地上を照らすに弱すぎる。代わりに埠頭を照らすのはコンクリートの地面に置かれている一斗缶を半分に切った即席のたき火だ。廃材が燃える炎に照らされる埠頭に、やはり泊地棲姫はいた。 20

2016-06-28 22:47:28
えみゅう提督 @emyuteitoku

だが、その姿は、惨憺たる有様だ。欠損しているわけではない、そもそもの形が造られていない。砂嵐のようなノイズが倒れ伏した泊地棲姫の体を所々覆っている。彼女は島そのものが損傷しなければ傷つかない、幾度幻影を殺しても何度でも蘇る。…はずなのに、彼女の体は不完全な形であった。 21

2016-06-28 22:48:42
えみゅう提督 @emyuteitoku

「オ…のレ…艦娘ゴとキ…が」泊地棲姫はさざ波の響きのような、か細い声を出す。「お、生きてたか。強いな、お前。今までで一番だ」泊地棲姫が何とか絞り出した微かな言葉を、チクマの声がたやすくかき消した。彼女は艤装を両脇に置いて、逆さにした一升瓶のケースに腰を掛けている。 22

2016-06-28 22:51:11
えみゅう提督 @emyuteitoku

同じ場所で、同じ爆発に巻き込まれたというのに姿は対照、武器を手放し仮の椅子でくつろぐチクマと、体は砕け像を保てない泊地棲姫。「何故、コんな…」泊地棲姫はノイズだけで構成される腕で体を起こそうとする。だが、砂嵐はすぐに揺らめき形を保つことができず、彼女は再び地に伏せる。 23

2016-06-28 22:52:24
えみゅう提督 @emyuteitoku

「オのれ…おのれぇ…!私は滅ビぬ、全ての艦娘を水底に、返すまでは…」泊地棲姫は怨嗟を吐き出しながら何度も立ち上がろうとする。雲散を繰り返す体は、形を成しつつある。おそらく日が昇る頃には元の姿を取り戻すだろう。そうなる前に、「じゃあもう一発いくか」チクマは艤装を手に取った。 24

2016-06-28 22:53:59