『この先DANGEROUS』『関係者以外立入禁止』『最悪死ぬ』少女は小学三年生なので、看板に書かれている文字の全てを読めたわけではなかった。だが、おおよその意味はわかったし、なにより赤と黄色を効果的に使った剣呑な配色が雄弁に主張を述べていた。
2016-06-26 16:23:15少女は満足そうにうなずき、柵を昇りだした。肩には灰色の毛布を、マントのように装備している。垂直シャフトのみで構成された柵は手がかりが少ないが、登り棒と比べれば簡単だった。やがて少女は柵の頂上まで辿り着き、忍者返し機構も器用にクリアすると、灰色のマントを翻し柵の内側に消えた。
2016-06-26 16:46:12新幹線は、我が国が誇る最強の交通機関である。イノシシは新幹線に勝てるだろうか。勝てない。ヒグマは新幹線に勝てるだろうか。勝てない。では、シカは? ……いかに霊獣であるシカであろうとも新幹線には勝てないだろう。いや、ライオンだろうとゾウだろうと、新幹線に勝つことはできない。
2016-06-26 18:07:54地上最強の生物となる。それが、幼き港河真為香の抱いた、身の丈に余る大それた野心であった。新幹線を倒すことができれば、自分こそが地上最強になれると真為香は考えて命懸けで構内に侵入したのである。
2016-06-26 18:49:09軌道上に居る真為香に、運転手が気付いた時には手遅れだった。手遅れになるまで気付かなかったことを、彼の不注意として責めるのは酷である。猛スピードで走る新幹線の運転席から前方の障害物を発見するのは難しい。ましてや、その侵入者が保護色となる灰色の毛布を被って潜んでいたとなれば。
2016-06-26 19:07:33(きた……!)新幹線接近による振動を感じ取った真為香は、被っていた毛布を取り払い立ち上がった。左足を前に、右足を後ろに広い間隔で開き自然体で腰を少し落とす。広げて前に突き出した左手は照準だ。新幹線の姿はまだ爪よりも小さい。車両の足元に火花が散るのが見える。
2016-06-26 19:21:40勝負は一瞬。少しでもタイミングが狂えば真為香は新幹線に轢き殺され、史上初の新幹線マグロとして歴史に汚名を刻むことになるだろう。真為香は息を止め、急ブレーキの火花を散らしながら向かってくる巨大な鉄の塊に意識を集中した。
2016-06-26 19:42:50「ひかり」……それは、物理上最速の存在であり、地上最速の鉄道であった新幹線に与えられた名である。だが、この世界には「ひかり」よりも速い物がある。物理法則を越え、光速をも凌駕するもの。その名は「のぞみ」という。
2016-06-26 19:50:13強い意志の力、すなわち「のぞみ」は時として物理法則すらも超越する。常識を破壊し、己の認識を世界に押し付ける能力。それが『魔人』の能力である。強い想いがあれば、人は、新幹線にだって勝てる。
2016-06-26 20:19:46けたたましく鳴き叫ぶブレーキ音。しかし新幹線は急に止まれない。真為香との距離が急速に詰まってゆく。その距離百メー……、三メートル!「ぜえぃっ!」気迫の叫びと共に真為香は全身の力を載せた右拳を突き出す! タイミングは完璧! 新幹線の鼻先に真為香の小さな拳が炸裂する!
2016-06-26 20:33:34グシャアッ! 全身に響き渡る激突音と共に、真為香は新幹線が潰れる確かな手応えを感じた。ふわりと宙に浮くような高揚感……いや、違う。本当に飛んでいる! 新幹線との激突反動で弾き飛ばされたのだ。やっぱり新幹線には勝てなかったよ! 新幹線は真為香の拳では些かも怯まず急制動を続ける。
2016-06-26 20:49:07鮮血の尾を引きながら宙を舞う真為香は、平行に同じ方向へ飛んでいく物体に気付いた。回転しながら飛ぶ、その棒のような物体は、千切れ飛んだ真為香自身の右肘から先であった。そして真為香は、完膚なきまでにまでに己を叩きのめした新幹線を振り返った。
2016-06-26 20:56:27(新幹線って……素敵……!)それが、真為香の初恋であった。そして真為香は、新幹線の高架を逸れ、その下に広がる大きな河の中にざぶんと飛び込んだ。
2016-06-26 21:01:47