- emyuteitoku
- 689
- 2
- 0
- 0
幌筵島北端の入江にある泊地の働きで、島を襲った電波障害及び潮流の変動は解消、平穏を取り戻した。泊地棲姫撃破に当たって発生した巨大なきのこ雲は、江見により「電波障害があったため詳細不明」として片づけられ、煙の大きさに比例する強大な深海棲艦が倒されたという噂だけが残った。 1
2016-07-02 00:25:13幌筵島が呑まれかけていた、きのこ雲と同じ大きさの深海棲艦がいた、その怪物に一人で挑んだ勇者がいた、噂は真実に近い物だった。真相を知らぬ本土の本営も噂の内容を概ね信用していた。唯一異なっているのは、怪物は消えることなく島に留まり、あまつさえ入江の泊地に仕えているということだ。 2
2016-07-02 00:27:08事件後の幌筵島では船の往来が潮流や天候で妨げられることはなくなり、通信機器はどんな環境でもノイズ一つ混じらない。それ自体が明らかな【異常】ではあったが、自分に対し便利な事象に人間はほとんど疑問を持たない。異常に気付く勘のいい者も、それが日常となれば、いずれ忘れていく。 3
2016-07-02 00:28:38泊地棲姫撃破からたったの一週間しか経っていないが、すでにほとんどの人間が歪な日常に疑問を持たなくなっていた。撃破の際にその場にいなかった葛城も、仲間となった泊地棲姫を受け入れていた。だが、疑問は拭い切れない、彼女の疑問は泊地棲姫に対してではなく、他の仲間に対してだった。 4
2016-07-02 00:30:00葛城は事の際に江見の指示で、泊地棲姫撃破直後に本営へ使者として本土に向けて南下。報奨を受けとり泊地へ帰島したころには、泊地棲姫にはヒュウガという名が与えられ、すっかり馴染んでいたのだ。「ヒュウガさん、届け物が来たよ」葛城は小包を片手にヒュウガの部屋となった当直室のドアを叩く。 5
2016-07-02 00:31:42中からの返事は、「はいれ小出の村おこしだ」そう、すっかり馴染んでいるのだ。「はーいはい、入りますよ」葛城はドアを開け、中を覗き込んだ。六畳ほどの部屋に小さな流し台とオイルヒーター、畳が敷かれた小上がりにこたつや段ボール、テレビに漆塗りの小物箪笥、ヒュウガの姿はない。 6
2016-07-02 00:32:41「居ないんなら持っていっちゃうよー」「待て、私はここだ」葛城の冗談にヒュウガはすぐさま反応する。こたつ布団がもそもそと盛り上がりかたつむりの如くヒュウガの顔が出てきた。「人の物を持っていくのは泥棒。反作用式飛行装置軍団でも玉を投げられたらはじき返すのが仕様だ」 7
2016-07-02 00:33:27葛城は特大のため息をついた。アカシ曰く水底の伝説、アカギ曰く無敵の自立兵器、江見曰く究極の防衛施設、チクマですら「今まで戦ってきた中であいつが一番強い」と太鼓判を捺す。だが、当のヒュウガは葛城と出会った時からこの調子なのだ。(これを見て信じろって言われてもなぁ…) 8
2016-07-02 00:35:57「…とりあえず、はいこれ。また無駄な物買ったんでしょ?」葛城はこたつから飛び出すヒュウガの頭の前に小包を置いた。その瞬間段ボールと粘着テープの梱包は消え中身だけが残る。梱包だけがゴミ捨て場に移動したのだ。正に神の所業、葛城はヒュウガに出会ってから何度もそれを目にした。 9
2016-07-02 00:37:19食事中の醤油差しの移動、テレビのリモコンの運搬、そして中身を傷つけることのない梱包開封。「いつも思うけど、もうちょっとマシな使い方ないの?」「何が有意義かは人による。これは私にとって息をすることと変わりない。一挙一動に意義を見出す必要はない」とこたつむりのヒュウガが言う 10
2016-07-02 00:38:37「あーもう!そんな恰好で真面目なこと言わないでよ!」混乱する葛城をよそに、ヒュウガは包みから出した透明なケースの中を眺めていた。「なんなの、それ?」葛城はケースの中に収められた小さな黒い破片を指した。「これはな、真珠を食べる鯨が空の贈り物に生まれ変わる際に溢れた一部だ」 11
2016-07-02 00:40:48「ごめん…聞いた私が悪かった」げんなりと肩を落とす葛城の背後でドアが開く。「ヒュウガいる?ちょっとお話しあるんだけどいいかな?」訪問者は江見悠、彼もまた話が通じにくい相手だ。「げっ…提督か」「葛城も来てたのかい?内緒話したいから、席をはずしてくれないかな」 12
2016-07-02 00:41:57それは葛城にとって願ってもない申し出だ。「言われなくても出ますよーだ。付き合っていられないもの」葛城は江見の横をすり抜け、最後に舌を見せてからドアを閉めた。侮蔑の表現だが、江見もヒュウガも、気にする様子はない。それよりも大事なのは秘密の作戦――ではなくまずはケースの中身。 13
2016-07-02 00:43:13「ほう!その材質、さてはスーツの一部だね?」「流石は江見提督、お目が高い。これは三重県を襲った汐を噴く蛙が戦艦大和三隻分の重さを得る過程で発生した欠片だ。煌めく円盤の入手含めて現場監督が逆立ちしている」「ハーハーハァ!これで着任祝いの報奨金を見事使い切ったわけか!」 14
2016-07-02 00:44:14「ああ、これでオケラだ。土の中にいてはテレビが見られない。何か食べる物が欲しいところだな」「ああ、いいとも丁度その話をしに来たんだ」ヒュウガの不可思議な言葉を前に、江見は難なく会話を成立させる。「ヒュウガのおかげで、この泊地はあらゆる場所の電波を感知できるようになった」 15
2016-07-02 00:46:36「情報に対する設備は完璧、だとすれば次は純粋な戦力の拡充が望まれる」「現時点では足りないというのか?」ヒュウガは無表情で首を傾げる。「チクマのことかい?あれは駄目だ。規模が大きすぎるし、調整ができない。何より私の言うことをあまり聞いてくれない。戦略的な価値が低いんだ」 16
2016-07-02 00:48:15「そこでだ、戦艦が欲しい。伊勢型より長門型よりも、とびっきり強力なやつがね」「大和型か。設計図があれば近しいものは量産できるぞ」「いや、大和型よりももっとだ。艦娘ですらない戦艦が欲しい」江見の要求は狂気そのもの、それを聴くヒュウガも正常にあらず。だからこそ会話が成り立つ。 17
2016-07-02 00:49:43江見は平和を望んでいた、彼が思う平和は単なる妄想であると彼自身が一番よくわかっていた。だが、島に巣食う怪物と悪魔の心臓が手中にある今ならば、欠けたピースを集めることができる。妄想は夢へ、そして夢は現実へ。「北方深海棲艦中枢、ウナラスカ泊地と通信できるかい?」 18
2016-07-02 00:51:10北方に住まう深海棲艦は数か月前存亡の危機にあった。各防衛線はたやすく破られ、アルフォンシーノ列島の制海権のことごとくを失った。北方の制海権が奪われれば、中部海域までもが包囲される。深海棲艦の危機に、小さくか弱い戦力を率い、艦娘という絶望に立ち向かった英雄が居た。 20
2016-07-02 00:52:39それまで敗北主義者として蔑まれていた四つ手の駆逐は、目前まで迫っていた戦線を瞬く間に切り崩し、北方に巣食う艦娘を一掃、全ての制海権を奪い返し、戦線を逆に幌筵島目前まで押し上げた。連戦連勝、一度本営に見捨てられたウナラスカ泊地は深海棲艦の誇りとまで評された。 21
2016-07-02 00:55:09深海棲艦の裏の急所になり得る北の海を護り切ったウナラスカの英雄。その功績を称えるため、敬意と畏怖を込めて彼女は【バックマスター】と呼ばれるようになった。彼女はウナラスカ島とそこに住まう仲間達を愛し、本営からの招致を断り現在もウナラスカ泊地副官として北の海に留まっている。 22
2016-07-02 00:56:47そう、バックマスターは副官なのだ。本来権力を持つはずの長官は――その日予定外の通信を受けマスターの下へ走っていた。彼女は剥がれかけたタイルの廊下をスリッパで踏み、コンクリートの壁のひび割れに時折目を向けながらぺたぺたと足音を鳴らす。手には黒い電話機が抱えられている。 23
2016-07-02 00:58:50急ぎすぎたためか小さな足がもつれ姿勢が崩れる。その体を角の生えた二つの球体が支えた。「あっと…ごめんね」小鳥のような声が己の艤装に礼を言った。転びかけた拍子に廊下に叩きつけられ砕けた黒電話を拾い上げ少女は再び走る。砕けたはずの黒電話はいつの間にか元に戻っていた。 24
2016-07-02 01:00:03