『血戦前夜』里見権蔵SS(ダンゲロス流血少女MM番外編)

以前、ダンゲロス流血少女MMというキャンペーンに投稿した「里見晶」というキャラクターの関連キャラクター、里見権蔵の番外編です。
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無知園児 @mutiennji

「転校生? カッカッ! 唾棄すべき山猿だな」 "剣鬼"里見権蔵は、外国産のタバコから濃い黒煙をふかしながら、ふてぶてしく言い放った。 齢70を越えるにも関わらず、猛禽類のごときしなやかかつ巨大な筋肉が、無作法に羽織った黒の和服から覗く。 #血戦前夜

2016-08-14 22:58:20
無知園児 @mutiennji

(熊の前に座っているような気分だ) 木製の仰々しい机を挟んで、広々とした座敷に座る天野義輝は、権蔵から絶え間なく気勢を当てられていた。 それでもなお涼しげな無表情で、姿勢正しい座を崩さなかったのは、この男もまた非凡な勇士であることの証明でもある。 #血戦前夜

2016-08-14 22:59:13
無知園児 @mutiennji

権蔵は、言葉を続けた。 「無限の攻撃力だとか、無限の防御力だとか、体に重きを置くならば人である必要がねえ。癇癪起こしてだだこねる乳飲み子と、まるで変わらんな」 #血戦前夜

2016-08-14 22:59:57
無知園児 @mutiennji

「刀と、そいつを振るう技があれば、人は殺せる。そこに、人ならではの矜持がある。力に任せてただぶち殺すなんざ、無粋の極みよ」 タバコを机上のガラス製灰皿で押し消し、権蔵は歯を見せて薄笑う。その下卑た笑みの奥に、確固たる自信が覗き見える。 #血戦前夜

2016-08-14 23:00:41
無知園児 @mutiennji

「刹那の時、3寸切り込みゃ人は死ぬ。それ以上を求める必要はねえ。俺にとっての剣術は、そういうもんだ」 「失礼ですが、今まで転校生を斬ったことは」 「三度死合った。一度殺して、二度逃げられた」 「流石ですね、里見権蔵様」 #血戦前夜

2016-08-14 23:01:43
無知園児 @mutiennji

権蔵が僅かに眉をひそめた。逃げられたことに関して、流石という言葉を使ったのが良くなかったのだろう。 機嫌を損ねても、得はない。天野は、早々に本題を切り出すこととした。 「近い内、我が主が転校生を呼び出します。それを斬って頂きたい」 #血戦前夜

2016-08-14 23:02:13
無知園児 @mutiennji

権蔵が目を剥いた。その唇は真一文字に引かれ、先ほどまでの緩和した空気は微細もない。 しかし、天野は動じない。里見権蔵という人間は、裏社会では高名な剣鬼だ。気分屋だとは聞いているが、益になる話かどうかも判断がつかないうちに、仕事の依頼主を切り殺すような男ではない。 #血戦前夜

2016-08-14 23:03:09
無知園児 @mutiennji

「呼び出したもんを斬ってくれたあ、どういう了見だ」 「跡目争いですよ。主はもう長くない。遺さざるをえない莫大な財産を、ご子息様と奥さまのどちらが手にいれるかを揉めているのです。旦那様は、肉親同士が争うこの状況を憂い……」 #血戦前夜

2016-08-14 23:03:46
無知園児 @mutiennji

「カッカッカ! それで、どっちもぶっ殺しちまおうってか。なかなか豪気な爺だな。気に入ったぜ」 権蔵がカラカラと声をあげて笑う様子を見て、天野は密かに溜飲を下げた。本当に、一瞬ごとに気分が変わる男だ。 #血戦前夜

2016-08-14 23:04:23
無知園児 @mutiennji

「まあ、隠し子くらい良くある話だがな。で、てめえはどっち側だ。姦通してんのか。懐柔してんのか」 権蔵が、当然のように言い放った。 天野の顔に、初めて動揺の色が浮かぶ。妻子を殺し、主が隠し子に跡目を譲ろうとしていることを、この僅かな会話で察したのだ。 #血戦前夜

2016-08-14 23:05:24
無知園児 @mutiennji

そして、そうなれば天野の利益が減るということも。 「……ご子息は、私を良く慕ってくれております。戦闘用魔人も取り揃えました。転校生さえ抑えれば、奥さまに勝てるはずなのです」 「カッカッカ! 取り繕わないのは悪くねえ。俺は、欲深い奴は嫌いじゃあねえぜ」 #血戦前夜

2016-08-14 23:05:59
無知園児 @mutiennji

天野は安堵からか、僅かに頬を緩めた。 「それでは……」 「報酬」 権蔵は嫌らしい笑みを浮かべ、手のひらを仰向けて差し出した。 「てめえ、まさかこの俺に仕事を依頼するのに、端金で済まそうなんて思ってんじゃねえだろうな?」 天野は、心の中で舌打ちをした。 #血戦前夜

2016-08-14 23:06:55
無知園児 @mutiennji

権蔵は、気分次第で無報酬でも仕事を受ける。 金も物も、この男がその気になれば、手に入らないものなどほとんどないからだ。報酬を要求するのは、ただの嫌がらせだ。 #血戦前夜

2016-08-14 23:07:35
無知園児 @mutiennji

転校生を餌に釣れば、無報酬もあり得るかと思ったが、仕方がない。あまり差し出したくはなかったが、こうなった以上里見権蔵に出し惜しみをしない方がいい。 天野は、背中に回していた細長いアタッシュケースを前に出した。 「どんなものでも斬れる剣に、興味はございませんか」 #血戦前夜

2016-08-14 23:08:24
無知園児 @mutiennji

ピクッと、権蔵の眉が上がる。その皺の深い顔から、笑みが消えた。 「福本剣。かの福本が鍛え上げた、必中必殺の呪いが掛かった業物でございます。振れば、転校生ですら容易く斬ることが出来るこの剣を、前報酬としてお渡しします。無論、後報酬も充分な金額をご用意致します」 #血戦前夜

2016-08-14 23:09:32
無知園児 @mutiennji

天野が、アタッシュケースを開くと、そこには妖しく光る刀が一振り納められていた。素人ですらわかるような、澱んだ気配。悪魔的とすら言える、人を魅了する輝き。 どうやって手にいれたのかはわからないが、しかし間違いなく、本物の福本剣であった。 #血戦前夜

2016-08-14 23:10:46
無知園児 @mutiennji

「権蔵さまの実力であれば、福本剣を振るって転校生を逃がすことなどないでしょう。此度の戦には、是非この刀をお持ちください」 天野が深々と、恭しく頭を下げた。 これが、天野が持つ最大のカードだ。剣の道に生きるものならば、これを見せられて断る選択肢などはないだろう。 #血戦前夜

2016-08-14 23:11:51
無知園児 @mutiennji

色好い返答を、天野は待った。 「おい」 しかし、天野の耳に刺さったのは、想像とは違う、低く鋭いものだった。 顔を上げると、そこには、全身から殺気を溢れ出させ、鬼かと見間違うような、憤怒の表情を面に張り付けた権蔵がいた。 #血戦前夜

2016-08-14 23:13:10
無知園児 @mutiennji

瞬間、天野の全身は金縛りにあったかのように固まった。心中が、緊張の熱と恐怖の寒気に満たされる。御年60を越える天野をして、これほど死を近くに感じたことはない。 なんだ。何で気を損ねたのだ。天野は自問し、死にたくない一心で考える。しかし、答えは出ない。 #血戦前夜

2016-08-14 23:13:49
無知園児 @mutiennji

膝を震わせながら、頭を全力で稼働させる天野に、権蔵は冷たく言い放った。 「俺を嘗めたな」 権蔵が、腰の刀に手を伸ばした。天野にかろうじて見えたのは、そこまで。確実な死を感じたのも、そこ。ここから先は、思考をするにはあまりにも一瞬すぎた。 #血戦前夜

2016-08-14 23:14:44
無知園児 @mutiennji

天野が認識したのは、耳に届く金属音と、身を裂くような風圧。 そして目に写ったのは、畳ごと中腹から切り捨てられた、福本剣だった。 #血戦前夜

2016-08-14 23:16:54
無知園児 @mutiennji

「何でも斬れる刀なんざ、知ったこっちゃねえ。なんでも斬れるのは、俺だ。俺が斬るのだ。刀じゃねえ」 里見権蔵は、畳に埋まった刀を引き抜き、天野に眼前に切っ先を突きつけた。 天野の口から、ガチガチと歯がかち合う音が響く。 #血戦前夜

2016-08-14 23:18:01
無知園児 @mutiennji

「刀を振ったとき、体のど真ん中を通して、天と地に一本の線が通る時がある。そういう時は、なんでも斬れるぜ。もちろんてめえでも、な」 天野は、腰を抜かして涙を流しながら、股間をじわりと湿らせた。歴戦の勇士足る姿は、もはやどこにも感じられない。 #血戦前夜

2016-08-14 23:18:32
無知園児 @mutiennji

そのまま、しばしの間。恐らくは、時間にして五秒もない。しかし、天野にとっては、二時間にも三時間にも感じられる数秒だった。 ふっと、権蔵がニタリと笑った。天野に突きつけた刀を無造作に外し、納める。 #血戦前夜

2016-08-14 23:19:12