在京キー局現役アナウンサーが語る「テレビでは語られない震災報道の裏側」
- Nofun_Nolife
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#hope100 始まりました、HOPE100。今日は某局アナウンサーの方の被災地トークイベント。実名は非公開、だからこそ聞けるお話し。心して伺います。
2011-05-17 19:32:35#hope100 オウム心理教麻原逮捕など、様々な取材を経験。今までの取材の中で一番心に残っていたのは阪神大震災。もちろん、今回の震災が起こるまでは。
2011-05-17 19:40:50#hope100 呆然と立ち尽くす被災者の方々。カメラが回っているとか関係なく、母親を助けて欲しい、と被災者の方々は報道陣に詰め寄る。それが現実。
2011-05-17 19:42:45#hope100 そこで立ち止まる。ここで取材を進めるのか、それとも救援活動をするのか、立ち止まる。自分たちは人としてどうすべきなのか、の葛藤が始まる。自分たちは何をしにきたのか。結論は取材をし、放送をするため、救出活動をすることではない。謝りながら、取材を続けた。
2011-05-17 19:44:35#hope100 あの時の取材を判断が正しかったかどうか、今でも阪神大震災発生の日に思い出す。そして、その時はもう二度とないだろう、と思っていた。しかし、今回の東日本大震災が起きてしまった、
2011-05-17 19:45:49#hope100 目を瞑りながら、アナウンサーの方が訥々とお話しなさる雰囲気が鬼気迫るものがあります。正直な初見をお知らせいただきましたが、つぶやけません。
2011-05-17 19:48:34#hope100 阪神大震災の時は悲しいながらも炊き出しなどの人の動き、活気を感じた。しかし、今回は被災地がシーンとしていた。その情景が目に焼き付いている。
2011-05-17 19:51:00#hope100 救出活動と捜索活動の言葉をマスメディアは厳密に使い分けている。テレビというのは真実を伝えると同時に希望を伝えるメディアでなければならないという使命感を持って報道している。
2011-05-17 19:56:03#hope100 2004年、中越地震の時の奇跡的な救出劇。シビアに現実を伝えることだけがマスメディアの使命ではない、とその救出劇を体験して心に決めた。しかし、今回の被災のレベルはそのような希望を打ち砕くのにあまりあるものだった。
2011-05-17 19:58:51#hope100 ごめんなさい、私だけ生きちゃって、ごめんなさい。…アナウンサーとして、人として、まともに声をかけられなかった。
2011-05-17 20:04:38#hope100 遺体が並びまくる惨状。道に停車する車のドアを開けまくる被災者の方。誰かがいるかもしられないから、車をみたらドアを開けるんだ…阪神大震災の被災者 は感情を露わにしていた。しかし、今回の被災者は自分なんて、まだいい方なんです、とレポーターへ伝える。
2011-05-17 20:07:03#hope100 東北の方々の気質、耐える、我慢強い気質に政府は助けられている。忘れられないのは東松島の惨状。震えがくるほどの惨状。
2011-05-17 20:08:06#hope100 一部の方々を、助けるべきなのか、それとも報道陣として多くの人々のために情報を伝え続けるべきなのか?苦悩した。そして、安否確認放送が開始された。テレビにできることとは何なのか?それが 被災者発信型の放送。苦渋の決断。
2011-05-17 20:19:27#hope100 現地に入り込んでいるクルーと東京デスクとの心情的なギャップ。復興なんて、話ができる状態じゃない。しかし、前向きな報道をせよ、というデスク側の指示。一週間で、そんなことを話せる状況ではとてもじゃないけどない…、できるわけがない。
2011-05-17 20:24:36#hope100 被災地ではトイレにいかないことしか考えていなかった。だから、食べ物、飲み物を取らず、4,5キロ痩せた。被災地での笑顔にも気をつけていた。別れ際の笑顔。そして、頑張ってください、といわない。
2011-05-17 20:31:26